上 下
68 / 93

領地会議

しおりを挟む
 重たい足をどうにか前に進めながら、彼女の名前を必死に叫んだ。
 銅像のように突っ立っている人たちをかき分けて、奥の断頭台へと走った。
 空がどんよりと世界を暗くする。法衣を着た者達が断頭台で立っている。
 一人の女性を囲むように。
 俺の妻であるソフィーが断頭台の前で、貧相な服で顔を伏せている。
 全てを諦めたように生気がない。

 声を出そうにも、まるで世界から声が消えたかのように声が全く出せないのだ。
 彼女はゆっくりと足を進めて自分から首を捧げる。
 そして法衣を着た男が、粛々とギロチンの刃を――。

「ソフィー!」


 叫んでからすぐにここがベッドだと気付いた。
 汗だくになってしまい、久々に息が乱れている。
 寝ぼけることはないので、すぐに先ほどのが夢だとわかりホッとした。

「ん……」

 声が聞こえて横を見ると、ソフィーが気持ちよさそうに寝ていた。
 悪夢のせいで声が出てしまったため、起こしてしまったかと思った。
 だが彼女は起きなかった。

 魔女はある一定の年齢を越えると魔女の破壊衝動に飲まれてしまう。
 彼女はまだ魔女の力が残っており、いつ破壊衝動に飲まれるか分からない。
 俺が側にいればその力を押さえ込めるが、やはり魔女の始祖であるガハリエを倒さねば、その因果から脱出したとはいえないだろう。

 さっきの悪夢は彼女が魔女だとバレた場合に起きる最悪の状況だ。
 そんなことは絶対にさせない。

 彼女の頬に軽くキスだけして、俺はベッドから起き上がる。
 まだ外は暗いが、ガハリエとの決戦も近いため休んではいられない。
 今以上に鍛えて、必ず彼女を救ってみせる。

 ~~☆☆~~

 暑い季節から涼しい季節に変わり、過ごしやすくなってきた。
 もうすぐ社交の時期ではあるが、今年だけはそれを自粛する流れとなった。
 理由はやはりどこの地域でも不作が続いてしまったことだ。
 私達の領地は対策を行っていたため余裕があるが、他の領地で甘く見ていたところは大きな打撃を受けていた。
 対策を行うため、領地会議が緊急で決まり、私はお父様と一緒に出席する。
 国王陛下が各領地に協力を申し出る。

「みなも凶作によって苦しいとは思う。だがこういうときこそ、国で一丸になって乗り越えたいと思う」

 しかし現実問題、どこも余裕が無い。私の領地も他領より余裕があるだけで、決して安心できるほどではないのだ。
 そうなるとどこの領地も厳しかろう。
 するとリオネス王太子殿下が挙手をして発言を求めた。

「陛下、発言をお許しください」
「許す。申してみろ」

 リオネスが何を発言するつもりか、一瞬こちらを見たことで察せられた。

「各地で凶作が来て大変な最中であります。ですがグロールング領だけほぼ無傷というのがあまりにも不可解です。グロールング公爵、もしや悪魔か何かと取引をして、こうなることを知っていたのではありませんか?」

 今度は別の角度からいちゃもんを付けてきた。
 国王陛下もそれに対しては叱咤する。

「口を慎まぬか! 今は協力しなければならないときに協調を乱すな!」
「陛下、これは何も憶測で言っているのではありません。これをご覧ください」

 リオネスは何枚かの紙を国王陛下へ渡した。

「これはなんだ?」
「グロールング領の税の情報です。それを辿ると不可解な事がありました。急にこの領地だけ他領から保存の利く食料を買い集め、さらに新種の野菜の種を取り入れてます。予期していなければここまで都合良く準備できるでしょうか!」


 会議に集まっている領主達がざわつく。まさかわざわざそんなことを調べられると思っていなかった。良くない流れに嫌な予感がする。
 だがお父様も反論する。

「それは単純にクリストフ君が我が家に婿養子として来たからに過ぎない。彼の国でも同じように凶作への備えをしていたと聞いて、私も取り入れようとしただけです」
「それにしては動きが早すぎる。それにそういったことをするのなら、まず国のために情報の共有を行うべきではありませんか? 自領だけ良いという考えは、剣の称号を持つに相応しくない」

 お父様とリオネスはそれから何度も口論を広げる。
 そして最後にまたリオネスは私への悪意をさらけだした。

「そういえば魔女の伝承で一つだけ面白い話がありましてね。未来を見通す力を持った魔女がいたと。そしてその力を私利私欲に使い、国をおかしくしたとね。クリストフ猊下もその力でたぶらかしたのでしょ? それに私と婚約破棄をしてから人が変わったようですし。領民からもそういった声が聞いてます」
「わたくしの潔白はもうすでに聖女様によって明らかになりました。彼の国の聖女様の御言葉を批判するような言動は控えるべきだと思います」

 挑発に乗ってはいけない。だけどやはり私が急に人が変わったように感じる人は一定数いる。
 それに税の証拠まで出されたら、せっかく消えかかった噂が再熱してもおかしくない。

「リオネスよ、それまでにしろ。話が進まない」

 ようやく元の話に戻ったが、嫌な気持ちが残ったままだ。
 家に帰りながらお父様にもなぐさめられる。

「心配するな。お前は私がこの命に代えても守る」
「お父様……」

 お父様の功績はこの国でも随一なので、いくら王族でも蔑ろにはできない。
 だけどリオネスは何かをしようとする怖さがあった。家に戻ると少しばかり緊張した雰囲気を感じ取った。

「いつもなら誰かしら騎士の子達が通るのに、どこにもいませんわね」

 訓練を頑張っているのだろうか。他にも家の使用人達も外で作業している者がどこにもいない。
 ちょうどクリストフが外行きの恰好をして家から出てきた。

「どこかへお出かけですか?」
「ああ、少しだけ私の別宅へ遊びに行こうかとおもってな」

 彼が遊びに行くとは珍しい。だけど仕事ばかりして心配が多かったので、私としてはありがたい。
 ずっと私の側にいては彼も疲れるだろうから、たまには一人になりたいのだろう。

「そうだったのですね。寂しいですが、お気を付けてください」
「何を言っておる。其方と一緒に行きたいのだ」

 そう言った彼の後ろから荷物をまとめたリタが出てくる。どうやら私の身支度もすでに済んでいるようだった。

「でもこれから領地会議の……」
「それは私に任せて、たまには二人で遊んできなさい」

 お父様に遮られ、どうやら私以外でもう決まっていたようだ。
 何やら怪しいと思ったが、クリストフが私の手を握った。

「たまには夫婦で遠出をしよう。嫌か?」
「嫌ではありませんが……はあ……仕方ありませんね」

 どういった理由か分からないがとりあえず彼と供に馬車へ乗るのだった。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

百崎千鶴
恋愛
「結婚してください……」 「……はい?」 「……あっ!?」  主人公の小日向恋幸(こひなたこゆき)は、23歳でプロデビューを果たした恋愛小説家である。  そんな彼女はある日、行きつけの喫茶店で偶然出会った32歳の男性・裕一郎(ゆういちろう)を一眼見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。  ――……その裕一郎こそが、前世で結婚を誓った許嫁の生まれ変わりだったのだ。  初対面逆プロポーズから始まる2人の関係。  前世の記憶を持つ恋幸とは対照的に、裕一郎は前世について何も覚えておらず更には彼女に塩対応で、熱い想いは恋幸の一方通行……かと思いきや。  なんと裕一郎は、冷たい態度とは裏腹に恋幸を溺愛していた。その理由は、 「……貴女に夢の中で出会って、一目惚れしました。と、言ったら……気持ち悪いと、思いますか?」  そして、裕一郎がなかなか恋幸に手を出そうとしなかった驚きの『とある要因』とは――……?  これは、ハイスペックなスパダリの裕一郎と共に、少しずれた思考の恋幸が前世の『願望』を叶えるため奮闘するお話である。 (🌸だいたい1〜3日おきに1話更新中です) (🌸『※』マーク=年齢制限表現があります) ※2人の関係性・信頼の深め方重視のため、R-15〜18表現が入るまで話数と時間がかかります。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...