66 / 93
間話 交流戦終わり
しおりを挟む
酸素をいくら取り込んでも足りない。ずっと息が苦しくて肩が上下に動く。
レオナルドの予想以上の実力に苦戦していた。一撃一撃が重く、さらにこちらの弱点を突いてくるため、苦戦を強いられている。
せっかくの千載一遇のチャンスもモノに出来なかった。
だけどまだ負けたわけではない。クリストフの声が私の最後の活力を取り戻してくれた。
「おやおや猊下も人が悪いですね。これほど苦しんでいる奥方にまだ戦えとは」
レオナルドの挑発を無視する。私は頭の中でどうやって勝つかと考えていた。未来の私はどうやって彼に挑んだのかを思い出す。
「私も鬼ではありません。すぐに決着を付けますよ!」
レオナルドは攻撃を仕掛けてくる。嵐のような乱舞でトドメを刺しに来た。
「騎士の遊びとは違うのですよ! 父上から傭兵の戦いを学んだ私に勝てる者などいません!」
ステップを踏んで攻撃を避ける。体力がどんどん消費していき、目が見えづらくなってきた。
そしてリングの端まで追い詰められた。
「これでお終いだ!」
勝ちを確信したレオナルドの最後の攻撃。だがここで相手の気が緩んだことを見抜いた。
大振りの剣を体の回転で避け、相手の剣の腹を叩いて弾いた。
「同じ手ですか! だが武器が無くとも先ほどやられたことを忘れたのですか!」
こちらの攻撃を見破ったとばかりに焦る様子すら見せない。
天才と言われるだけあって技術は大したものだ。
だからこそ私は剣を相手へ――放り投げた。
「!?」
剣を簡単に両手で掴んだレオナルドは思考が停止しているようだった。
だが突然の状況でも、すぐに私へ意識を戻した。
だがもう遅い。
手が塞がった相手の後ろへ回り込み、地面を蹴って空へ舞う。
相手の首を腕で固めて締め上げて、地面へと倒した。
「ぐぐぐ!」
完全に決まり、もがいても動けない。息ができなくて苦しんでいるのが伝わる。
これが決まらなければ負ける。精一杯の力を込めて相手が力尽きるのを待った。
「ぐおおお!」
だが暴れすぎて持ち堪えられない。失敗した。体力の限界を超えてしまっていたのだ。
手が緩んだ隙に力ずくで私を吹き飛ばした。
「きゃあ!」
地面を転がり、うつ伏せになって止まった。もう全てを出し尽くし、武器も奪われたらどうすることもできない。
レオナルドの焦った声が聞こえてきた。
「い、今のは危なかった。ここまでお転婆な女性は会ったことがありませんよ。だけどこれで私の勝ちです」
私の木刀を手にして歩いているのだろう。足音がどんどん近づいてくる。
私に出来ることはもうほとんどない。降参しようと右手を挙げようとしたら、何かにコツンと当たった。
目の前まで来たレオナルドが木刀を振り上げた。
「では約束を守ってくださいよ!」
最後のチャンスが来た。落ちていた敵の木刀を拾って振り落とされた剣を受け流した。
偶然にも弾き飛ばした木刀が近くにあったのだ。
「なっ!」
油断したレオナルドは体勢を崩し、剣を戻す時間は無い。
「強かった……でもあの人以外に負けたくないのよ!」
剣を素早く戻し、無防備になった相手の頭を横から叩いた。
「それまで! ベアグルント領の勝利!」
掠れていく景色の中で、審判の声が耳に響く。
次の試合もある。
ここで倒れたら――。
ハッと目を開けると、天井が見えた。そこは医務室であるとすぐに分かった。私はベッドで寝ているのだ。
――どうなったの? 試合は――!
起き上がると肩をそっと支えられた。
「無茶をするな。酸欠で倒れていたのだぞ」
クリストフが心配そうに見つめる。だけど今は自分のことより試合が大事だ。
「試合はどうなりましたの?」
ふと、彼の後ろに立っている新人二人の悔しそうな顔が見えた。
それで敗北したことに気付いた。
「残念ながら敗退だ」
「そうでしたか……」
「だが二人を褒めてやってくれ。初勝利を飾ったのだからな」
「えっ!?」
私が倒れた後はラビットが次鋒で勝ち、大将戦は負けるもレンがしっかりと勝利を収めたらしい。
「そうしますと、負けた理由は人数不足?」
「左様だ」
つまり私が気絶したせいで次の戦いに出場できなかったのだ。
クリストフが出場する手もあっただろうが、あまりにも実力に差がありすぎるので、彼一人で優勝してしまって、かえって誰も楽しめない大会になってしまう。
「ごめんなさい。わたくしのせいで迷惑を掛けてしまいました……」
「そんなことありません!」
落ち込んでいる私の気持ちを吹き飛ばすほど大きな声で新人二人から叫ばれた。
少しだけびっくりしてしまい、新人二人も口を押さえた。
なるべく声を抑えてレンが喋り出す。
「ソフィア様があれほど死に物狂いで勝利をもぎとってくれて、自分が恥ずかしくなったんです」
「僕もそうです。ずっと恰好ばかり気にしていました。でもソフィア様の試合を間近で見て奮い立ってんです。僕たちなんかよりずっと騎士でした」
もしかして悔しそうな顔をしていたのは次の試合に出れなかったことではなく、自分たちの不甲斐なさに対してだろうか。
するとクリストフが代わりに答える。
「そうだな。もし其方らに力があればソフィーが倒れることもなかったであろう。しっかりと覚えておくのだ。主の代わりに剣と盾になる者こそが騎士であると」
クリストフの言葉に二人は大きく頷いた。
「だが最後の試合は見事だった。今後を期待する。励め」
「はい!」
クリストフに締めてもらい、二人には大会の運営の補助をお願いした。
色々と問題が多かった交流戦だが、成長した二人を見て無駄では無かったと思えた。
そして私が起きた知らせを聞いて、問題となっていたレオナルドがやってきた。
「まずはご無事であったことに安心しました」
「ええ。さっそく本題に入りますが。今回はわたくしの勝利ということでよろしいですね?」
「もちろんです。ただ猊下との約束がまだ残っております」
レオナルドの目がこちらを注意深く見る。体力が無いため初戦で試合を組む代わりに、条件付きで彼の失態を無かったことにして、勘当された家に執り成す約束をしたのだ。
「もちろんだ。私が約束したからには守ろう。だが条件付きというのを忘れるでない」
「もちろんです! どんなことでもします!」
レオナルドは元気よく答える。だけどこの調子だとまた何か問題を起こすに違いない。結局、私では改心させられなかった。
するとタイミング良くノックする音が聞こえた。
「お見舞いに来ましたよ!」
「アベル!?」
クリストフの友人兼大神官のアベルがバスケットを手に持って入ってきた。
机の上に果物を置いた後に、じーっとレオナルドを見た。
「へえ、あんたがレオナルドか。たしかに男の敵って感じだな」
「し、失礼な。どなたですか!」
アベルの顔を知らないのは当然だろう。アベルも自己紹介する。
「挨拶が遅れたな。大神官のアベルだ。上司命令でお前の面倒を見ることになったんだ。性根をたたき直せってね」
「はい?」
事態について行けていないレオナルドは呆けたような声を出す。
それにクリストフが補足する。
「其方の条件は至って簡単だ。三ヶ月の間、私が行った修行をやってもらう。ただそれだけだ」
「そういうことですね。ではこの方が私の指導係と」
レオナルドは察しよく理解したが、アベルは首を振った。
「いいや、俺はお前が死なないようにサポートするだけだ。これからお前にはたくさんの魔物がいるクリストフ大司教代理の私有地である無人島に一人で過ごしてもらう」
「む、無人島!? 一人と言うことは身の回りのことをする従者は?」
「連れて行けるわけないだろ。お前一人で生活するんだ。朝は修練、昼は勉学、夜から朝まで魔物の巣で生活だ」
それって眠る暇すらないのではないだろうか。
流石のレオナルドも顔を青くする。
「そ、そんなの人間が耐えられるわけないじゃないですか!」
私もそう思うがそれを真っ向から反論するのがクリストフだ。
「可能だ。私は三年過ごしたのだ。三ヶ月程度こなせなくてどうする」
それは参考になるのだろうか……。
おそらくは全てを無くしてから、死に物狂いで努力したときだろう。
哀れなり、レオナルド。
「良かったな。これまで誰も一ヶ月持たなかったが、お前には三ヶ月過ぎなければ帰還させてはならないと命令されているんだ。何でもするんだろ?」
「うっ……」
「じゃあ早速行くぞ!」
「お、お待ちを! く、首が絞まって――!」
レオナルドの襟を掴んで無理矢理にひきづっていく。まさか荒療治で彼の性根をたたき直そうとするとは思わず、同情だけする。
「任せておけ。たびたび様子見をする。この機会に己を見つめ直すのも良い薬だ」
「はは……」
もしかして私も反省してなかったら同じ目に遭っていたのだろうか。
嫌な想像をしてしまい、考えないようにしようと心に決めた。
交流戦の優勝はブリジットの領地だった。チーム一丸となって圧倒的勝利だった。
ただ本人は優勝に納得していないようだが。
「今回は運が良く私達の勝利でしたが、次はソフィアさんの騎士が万全であることを望みますわ」
私も悔しいので、次こそはこちらも万全な状態で挑みたい。閉会式もつつがなく終わり、そのまま宴会を開く。
舞踏会は明日開くが、今日は訓練場を使って騎士達で交流を図る。
一般にも開放したため、学習塾の子供達が会いに来てくれた。
なんだか目をキラキラさせている気がする。
「ソフィア様、あんなすごい動きできるんですね!」
「俺もできるのかな!」
矢継ぎ早に質問攻めに遭ったが、少しでも格好よかったと思ってもらえたのは良かった。
「これこれ、お前達。ソフィア様もお疲れなのですよ」
「これくらい大丈夫です。皆さん、騎士達は格好よかったですか?」
しゃがみ込んで彼らと目線の高さを合わせる。
子供達は大きく頷いて、「はい!」と力強く答えた。騎士の試験は難しいが、今日の試合で少しでも目指すきっかけになってほしい。
未来の騎士の卵達の将来が楽しみだ。
次の日の舞踏会も終わり、ようやく忙しい二日間が終わった。
試合は負けたが、領地にたくさんお金も落ちたので、成功と言えるだろう。
眠る準備を整え、部屋に軽食とお酒を運んでもらう。今日はクリストフと久々にお酒を飲むので、少しだけ気合いが入っていた。
それと、ブリジットからもらったチョコの効果に少しだけ興味がある。
そわそわと彼が来るのを待っていると、部屋をノックする音と供に入ってきた。
「待たせてすまない」
「いいですよ! 今日もお疲れ様です。座ってください」
彼は椅子に座ったので、ワインの栓を開ける。彼が手に持つワインへお酒を注ぎ、次に彼に瓶を渡して私のグラスに注いでもらった。
乾杯をしてから一緒にワインをあおる。
「それでブリジット殿のチョコはどれなのだ」
「こちらですね」
箱を手に持って彼に見せた。
「早速、食べよう」
「もうですか!?」
「ああ。そなたの反応が早く見たいのでな」
「それならクリスも一緒に食べてくださいね」
頷く彼はチョコを二つ手に取った。一気にそんなに食べるのかと思ったら、一つは私の方へ差し出す。
食べさせてくれるというのなら、私は口を開けた。
一口サイズなので口の中に入り、すぐに溶けていく。味は普通より甘いだけのチョコのため、効能を知ってなければバクバク食べてしまいそうだ。
「美味しいですね」
「ああ。では効果が出るまで楽しもうか」
ゆっくりと彼と談話していたが、なかなか効いてこない。
「何も変化ありませんね」
「そうか?」
「もう少し食べてみましょうか」
「むぐっ!」
一気に二つチョコを取って、次は彼の口へ運ぶと驚かせてしまった。
なんだか少し色っぽい目つきにドキッとしたが、気にしない振りをした。
私も同じく二つほど口にした。
だがやはり何の効果もない。
……んー、小さいから効果も少ないのかな?
ちょっとだけがっかりしてしまった。だけど、彼との時間は過ごせているので、大きな目的は達成していると言える。
「ソフィー……」
急に彼から呼ばれたと思ったら、彼の顔が異様に紅潮しているのが分かった。
「あ、あれ?」
どうしたのか聞く前に彼が私を引き寄せてきた。
「其方はなんともないのか?」
「ええ……クリスにはもしかして効いてます?」
彼は返事をする前に顔を首元へ近づける。くすぐったく、彼の様子がおかしい。
すると彼は私を抱きかかえて座り直す。
「そういえば其方には神聖術を掛けているから、媚薬には耐性があるかもしれんな」
そういえばいつも耐えがたい快楽がやってくるため、それのせいで媚薬類が効かないのかもしれない。
しかし彼には思った以上に効果抜群のようだ。
「あれだけ無理矢理に食べさせたのだ。責任は取ってもらうぞ」
「えっと……お手柔らかに……」
彼はそう言いながらも優しくキスをするだけだった。いつもよりスキンシップは多く、それでいて口数も多かった。
もう少し楽な姿勢になりたいから、ワインだけベッドに持っていく。
すると彼のスキンシップはどんどん激しくなっていく。
ちょっと意地悪な顔でずっと焦らしてくるのだ。
何か口にしようとするたびに、それを防ぐようにキスをされる。
「綺麗だ……今日は朝まで寝かさん」
「えっ!?」
いつもよりワイルドなクリストフと夜を明かす。
普段がマイルドだと表現するのなら、今回はまるで野獣と言って差し支えないだろう。
それほど後半の彼は乱れに乱れていたが、私はそれ以上だったと言えるだろう。
お昼に二人で一緒に目を覚ますと、彼は頭を押さえていた。
「すまん……途中から意識が飛んでしまった……何か変なことをしなかったか?」
それはもういっぱいされた。いつもなら絶対に彼がしないことをされ、やめて!、と言っても全く手加減してくれない。
底なしの体力に付き合わされて、それはそれは大変だった。
だが――。
「ソフィー?」
返事をせずに色々と昨夜のことを思い出していた。
ぞくぞくと体がうずいてきた。
「何もありませんでしたよ。強いて言えば昨日のクリスの方が優しかったかもしれませんね」
正直なところ、どちらの彼も甲乙付けがたい。たまにならいつもより激しい彼もまたいいと思えた。
まだチョコも余っているが、ブリジットにまたお裾分けしてもらえないかそれとなく聞いてみよう。
「そうか。それは安心した」
彼もホッとした顔で安心する。彼が知らない彼の一面を私だけ知っているという優越感を感じていたが、別の日にそれは大きな間違いだと気付いた。
「うぅ――……」
一緒のベッドに寝ている彼にうなって見せたが、面白そうに笑うだけだった。
「覚えていたのに記憶が無いフリをするなんてずるいです」
「其方が言ったのであろう。あの時の俺の方が優しかったとね」
――言ったけども!
何も反論できない。それに別に嫌なわけでもないためやめてほしいわけでもない。
結局は彼を出し抜く事は出来なかったことだけが悔しい。
そして少し時が経ち、ある人物が訪問してきた。
「ソフィア様、本日はお日柄も良く、こうしてまたお会いする日を楽しみにしておりました」
そう言うのは、白い法衣姿をした坊主の青年だった。
「えっと……どなたでしたっけ?」
「はは、無理もありませんね。わたくし、レオナルドは己を見つめ直し、生まれ変わったのですから」
無垢な爽やかな笑顔で答えられ、信じられないものを見ているようだった。
あれから三ヶ月の間、本当に神官修行をして、あまりにも過酷な修行のストレスで髪が抜けてしまい、悟りを開いたらしい。
人の性格を完全に変えるほどの苦行とは一体どんなだったのだろうか。
「今思い返すと、昔の自分は忘れたいほど最低な人間でした。ですが、ソフィア様とクリストフ猊下のおかげでやっと目を覚ますことができました。このご恩を返すため、どうか私を貴女様の騎士団に入隊させて頂きたい。もちろん下働きからでも構いません!」
私の代わりにクリストフが答える。
「いいだろう。私が預かろう。だがもし前のようなことを起こせばその時は容赦はせぬ」
「ありがたき幸せ! このレオナルド、全身全霊を持って応えます!」
暑苦しいほど気合いを入れるレオナルドは、最初は皆から嫌われていたが、徐々に打ち解けていく。
これで一見落着……なのかな?
レオナルドの予想以上の実力に苦戦していた。一撃一撃が重く、さらにこちらの弱点を突いてくるため、苦戦を強いられている。
せっかくの千載一遇のチャンスもモノに出来なかった。
だけどまだ負けたわけではない。クリストフの声が私の最後の活力を取り戻してくれた。
「おやおや猊下も人が悪いですね。これほど苦しんでいる奥方にまだ戦えとは」
レオナルドの挑発を無視する。私は頭の中でどうやって勝つかと考えていた。未来の私はどうやって彼に挑んだのかを思い出す。
「私も鬼ではありません。すぐに決着を付けますよ!」
レオナルドは攻撃を仕掛けてくる。嵐のような乱舞でトドメを刺しに来た。
「騎士の遊びとは違うのですよ! 父上から傭兵の戦いを学んだ私に勝てる者などいません!」
ステップを踏んで攻撃を避ける。体力がどんどん消費していき、目が見えづらくなってきた。
そしてリングの端まで追い詰められた。
「これでお終いだ!」
勝ちを確信したレオナルドの最後の攻撃。だがここで相手の気が緩んだことを見抜いた。
大振りの剣を体の回転で避け、相手の剣の腹を叩いて弾いた。
「同じ手ですか! だが武器が無くとも先ほどやられたことを忘れたのですか!」
こちらの攻撃を見破ったとばかりに焦る様子すら見せない。
天才と言われるだけあって技術は大したものだ。
だからこそ私は剣を相手へ――放り投げた。
「!?」
剣を簡単に両手で掴んだレオナルドは思考が停止しているようだった。
だが突然の状況でも、すぐに私へ意識を戻した。
だがもう遅い。
手が塞がった相手の後ろへ回り込み、地面を蹴って空へ舞う。
相手の首を腕で固めて締め上げて、地面へと倒した。
「ぐぐぐ!」
完全に決まり、もがいても動けない。息ができなくて苦しんでいるのが伝わる。
これが決まらなければ負ける。精一杯の力を込めて相手が力尽きるのを待った。
「ぐおおお!」
だが暴れすぎて持ち堪えられない。失敗した。体力の限界を超えてしまっていたのだ。
手が緩んだ隙に力ずくで私を吹き飛ばした。
「きゃあ!」
地面を転がり、うつ伏せになって止まった。もう全てを出し尽くし、武器も奪われたらどうすることもできない。
レオナルドの焦った声が聞こえてきた。
「い、今のは危なかった。ここまでお転婆な女性は会ったことがありませんよ。だけどこれで私の勝ちです」
私の木刀を手にして歩いているのだろう。足音がどんどん近づいてくる。
私に出来ることはもうほとんどない。降参しようと右手を挙げようとしたら、何かにコツンと当たった。
目の前まで来たレオナルドが木刀を振り上げた。
「では約束を守ってくださいよ!」
最後のチャンスが来た。落ちていた敵の木刀を拾って振り落とされた剣を受け流した。
偶然にも弾き飛ばした木刀が近くにあったのだ。
「なっ!」
油断したレオナルドは体勢を崩し、剣を戻す時間は無い。
「強かった……でもあの人以外に負けたくないのよ!」
剣を素早く戻し、無防備になった相手の頭を横から叩いた。
「それまで! ベアグルント領の勝利!」
掠れていく景色の中で、審判の声が耳に響く。
次の試合もある。
ここで倒れたら――。
ハッと目を開けると、天井が見えた。そこは医務室であるとすぐに分かった。私はベッドで寝ているのだ。
――どうなったの? 試合は――!
起き上がると肩をそっと支えられた。
「無茶をするな。酸欠で倒れていたのだぞ」
クリストフが心配そうに見つめる。だけど今は自分のことより試合が大事だ。
「試合はどうなりましたの?」
ふと、彼の後ろに立っている新人二人の悔しそうな顔が見えた。
それで敗北したことに気付いた。
「残念ながら敗退だ」
「そうでしたか……」
「だが二人を褒めてやってくれ。初勝利を飾ったのだからな」
「えっ!?」
私が倒れた後はラビットが次鋒で勝ち、大将戦は負けるもレンがしっかりと勝利を収めたらしい。
「そうしますと、負けた理由は人数不足?」
「左様だ」
つまり私が気絶したせいで次の戦いに出場できなかったのだ。
クリストフが出場する手もあっただろうが、あまりにも実力に差がありすぎるので、彼一人で優勝してしまって、かえって誰も楽しめない大会になってしまう。
「ごめんなさい。わたくしのせいで迷惑を掛けてしまいました……」
「そんなことありません!」
落ち込んでいる私の気持ちを吹き飛ばすほど大きな声で新人二人から叫ばれた。
少しだけびっくりしてしまい、新人二人も口を押さえた。
なるべく声を抑えてレンが喋り出す。
「ソフィア様があれほど死に物狂いで勝利をもぎとってくれて、自分が恥ずかしくなったんです」
「僕もそうです。ずっと恰好ばかり気にしていました。でもソフィア様の試合を間近で見て奮い立ってんです。僕たちなんかよりずっと騎士でした」
もしかして悔しそうな顔をしていたのは次の試合に出れなかったことではなく、自分たちの不甲斐なさに対してだろうか。
するとクリストフが代わりに答える。
「そうだな。もし其方らに力があればソフィーが倒れることもなかったであろう。しっかりと覚えておくのだ。主の代わりに剣と盾になる者こそが騎士であると」
クリストフの言葉に二人は大きく頷いた。
「だが最後の試合は見事だった。今後を期待する。励め」
「はい!」
クリストフに締めてもらい、二人には大会の運営の補助をお願いした。
色々と問題が多かった交流戦だが、成長した二人を見て無駄では無かったと思えた。
そして私が起きた知らせを聞いて、問題となっていたレオナルドがやってきた。
「まずはご無事であったことに安心しました」
「ええ。さっそく本題に入りますが。今回はわたくしの勝利ということでよろしいですね?」
「もちろんです。ただ猊下との約束がまだ残っております」
レオナルドの目がこちらを注意深く見る。体力が無いため初戦で試合を組む代わりに、条件付きで彼の失態を無かったことにして、勘当された家に執り成す約束をしたのだ。
「もちろんだ。私が約束したからには守ろう。だが条件付きというのを忘れるでない」
「もちろんです! どんなことでもします!」
レオナルドは元気よく答える。だけどこの調子だとまた何か問題を起こすに違いない。結局、私では改心させられなかった。
するとタイミング良くノックする音が聞こえた。
「お見舞いに来ましたよ!」
「アベル!?」
クリストフの友人兼大神官のアベルがバスケットを手に持って入ってきた。
机の上に果物を置いた後に、じーっとレオナルドを見た。
「へえ、あんたがレオナルドか。たしかに男の敵って感じだな」
「し、失礼な。どなたですか!」
アベルの顔を知らないのは当然だろう。アベルも自己紹介する。
「挨拶が遅れたな。大神官のアベルだ。上司命令でお前の面倒を見ることになったんだ。性根をたたき直せってね」
「はい?」
事態について行けていないレオナルドは呆けたような声を出す。
それにクリストフが補足する。
「其方の条件は至って簡単だ。三ヶ月の間、私が行った修行をやってもらう。ただそれだけだ」
「そういうことですね。ではこの方が私の指導係と」
レオナルドは察しよく理解したが、アベルは首を振った。
「いいや、俺はお前が死なないようにサポートするだけだ。これからお前にはたくさんの魔物がいるクリストフ大司教代理の私有地である無人島に一人で過ごしてもらう」
「む、無人島!? 一人と言うことは身の回りのことをする従者は?」
「連れて行けるわけないだろ。お前一人で生活するんだ。朝は修練、昼は勉学、夜から朝まで魔物の巣で生活だ」
それって眠る暇すらないのではないだろうか。
流石のレオナルドも顔を青くする。
「そ、そんなの人間が耐えられるわけないじゃないですか!」
私もそう思うがそれを真っ向から反論するのがクリストフだ。
「可能だ。私は三年過ごしたのだ。三ヶ月程度こなせなくてどうする」
それは参考になるのだろうか……。
おそらくは全てを無くしてから、死に物狂いで努力したときだろう。
哀れなり、レオナルド。
「良かったな。これまで誰も一ヶ月持たなかったが、お前には三ヶ月過ぎなければ帰還させてはならないと命令されているんだ。何でもするんだろ?」
「うっ……」
「じゃあ早速行くぞ!」
「お、お待ちを! く、首が絞まって――!」
レオナルドの襟を掴んで無理矢理にひきづっていく。まさか荒療治で彼の性根をたたき直そうとするとは思わず、同情だけする。
「任せておけ。たびたび様子見をする。この機会に己を見つめ直すのも良い薬だ」
「はは……」
もしかして私も反省してなかったら同じ目に遭っていたのだろうか。
嫌な想像をしてしまい、考えないようにしようと心に決めた。
交流戦の優勝はブリジットの領地だった。チーム一丸となって圧倒的勝利だった。
ただ本人は優勝に納得していないようだが。
「今回は運が良く私達の勝利でしたが、次はソフィアさんの騎士が万全であることを望みますわ」
私も悔しいので、次こそはこちらも万全な状態で挑みたい。閉会式もつつがなく終わり、そのまま宴会を開く。
舞踏会は明日開くが、今日は訓練場を使って騎士達で交流を図る。
一般にも開放したため、学習塾の子供達が会いに来てくれた。
なんだか目をキラキラさせている気がする。
「ソフィア様、あんなすごい動きできるんですね!」
「俺もできるのかな!」
矢継ぎ早に質問攻めに遭ったが、少しでも格好よかったと思ってもらえたのは良かった。
「これこれ、お前達。ソフィア様もお疲れなのですよ」
「これくらい大丈夫です。皆さん、騎士達は格好よかったですか?」
しゃがみ込んで彼らと目線の高さを合わせる。
子供達は大きく頷いて、「はい!」と力強く答えた。騎士の試験は難しいが、今日の試合で少しでも目指すきっかけになってほしい。
未来の騎士の卵達の将来が楽しみだ。
次の日の舞踏会も終わり、ようやく忙しい二日間が終わった。
試合は負けたが、領地にたくさんお金も落ちたので、成功と言えるだろう。
眠る準備を整え、部屋に軽食とお酒を運んでもらう。今日はクリストフと久々にお酒を飲むので、少しだけ気合いが入っていた。
それと、ブリジットからもらったチョコの効果に少しだけ興味がある。
そわそわと彼が来るのを待っていると、部屋をノックする音と供に入ってきた。
「待たせてすまない」
「いいですよ! 今日もお疲れ様です。座ってください」
彼は椅子に座ったので、ワインの栓を開ける。彼が手に持つワインへお酒を注ぎ、次に彼に瓶を渡して私のグラスに注いでもらった。
乾杯をしてから一緒にワインをあおる。
「それでブリジット殿のチョコはどれなのだ」
「こちらですね」
箱を手に持って彼に見せた。
「早速、食べよう」
「もうですか!?」
「ああ。そなたの反応が早く見たいのでな」
「それならクリスも一緒に食べてくださいね」
頷く彼はチョコを二つ手に取った。一気にそんなに食べるのかと思ったら、一つは私の方へ差し出す。
食べさせてくれるというのなら、私は口を開けた。
一口サイズなので口の中に入り、すぐに溶けていく。味は普通より甘いだけのチョコのため、効能を知ってなければバクバク食べてしまいそうだ。
「美味しいですね」
「ああ。では効果が出るまで楽しもうか」
ゆっくりと彼と談話していたが、なかなか効いてこない。
「何も変化ありませんね」
「そうか?」
「もう少し食べてみましょうか」
「むぐっ!」
一気に二つチョコを取って、次は彼の口へ運ぶと驚かせてしまった。
なんだか少し色っぽい目つきにドキッとしたが、気にしない振りをした。
私も同じく二つほど口にした。
だがやはり何の効果もない。
……んー、小さいから効果も少ないのかな?
ちょっとだけがっかりしてしまった。だけど、彼との時間は過ごせているので、大きな目的は達成していると言える。
「ソフィー……」
急に彼から呼ばれたと思ったら、彼の顔が異様に紅潮しているのが分かった。
「あ、あれ?」
どうしたのか聞く前に彼が私を引き寄せてきた。
「其方はなんともないのか?」
「ええ……クリスにはもしかして効いてます?」
彼は返事をする前に顔を首元へ近づける。くすぐったく、彼の様子がおかしい。
すると彼は私を抱きかかえて座り直す。
「そういえば其方には神聖術を掛けているから、媚薬には耐性があるかもしれんな」
そういえばいつも耐えがたい快楽がやってくるため、それのせいで媚薬類が効かないのかもしれない。
しかし彼には思った以上に効果抜群のようだ。
「あれだけ無理矢理に食べさせたのだ。責任は取ってもらうぞ」
「えっと……お手柔らかに……」
彼はそう言いながらも優しくキスをするだけだった。いつもよりスキンシップは多く、それでいて口数も多かった。
もう少し楽な姿勢になりたいから、ワインだけベッドに持っていく。
すると彼のスキンシップはどんどん激しくなっていく。
ちょっと意地悪な顔でずっと焦らしてくるのだ。
何か口にしようとするたびに、それを防ぐようにキスをされる。
「綺麗だ……今日は朝まで寝かさん」
「えっ!?」
いつもよりワイルドなクリストフと夜を明かす。
普段がマイルドだと表現するのなら、今回はまるで野獣と言って差し支えないだろう。
それほど後半の彼は乱れに乱れていたが、私はそれ以上だったと言えるだろう。
お昼に二人で一緒に目を覚ますと、彼は頭を押さえていた。
「すまん……途中から意識が飛んでしまった……何か変なことをしなかったか?」
それはもういっぱいされた。いつもなら絶対に彼がしないことをされ、やめて!、と言っても全く手加減してくれない。
底なしの体力に付き合わされて、それはそれは大変だった。
だが――。
「ソフィー?」
返事をせずに色々と昨夜のことを思い出していた。
ぞくぞくと体がうずいてきた。
「何もありませんでしたよ。強いて言えば昨日のクリスの方が優しかったかもしれませんね」
正直なところ、どちらの彼も甲乙付けがたい。たまにならいつもより激しい彼もまたいいと思えた。
まだチョコも余っているが、ブリジットにまたお裾分けしてもらえないかそれとなく聞いてみよう。
「そうか。それは安心した」
彼もホッとした顔で安心する。彼が知らない彼の一面を私だけ知っているという優越感を感じていたが、別の日にそれは大きな間違いだと気付いた。
「うぅ――……」
一緒のベッドに寝ている彼にうなって見せたが、面白そうに笑うだけだった。
「覚えていたのに記憶が無いフリをするなんてずるいです」
「其方が言ったのであろう。あの時の俺の方が優しかったとね」
――言ったけども!
何も反論できない。それに別に嫌なわけでもないためやめてほしいわけでもない。
結局は彼を出し抜く事は出来なかったことだけが悔しい。
そして少し時が経ち、ある人物が訪問してきた。
「ソフィア様、本日はお日柄も良く、こうしてまたお会いする日を楽しみにしておりました」
そう言うのは、白い法衣姿をした坊主の青年だった。
「えっと……どなたでしたっけ?」
「はは、無理もありませんね。わたくし、レオナルドは己を見つめ直し、生まれ変わったのですから」
無垢な爽やかな笑顔で答えられ、信じられないものを見ているようだった。
あれから三ヶ月の間、本当に神官修行をして、あまりにも過酷な修行のストレスで髪が抜けてしまい、悟りを開いたらしい。
人の性格を完全に変えるほどの苦行とは一体どんなだったのだろうか。
「今思い返すと、昔の自分は忘れたいほど最低な人間でした。ですが、ソフィア様とクリストフ猊下のおかげでやっと目を覚ますことができました。このご恩を返すため、どうか私を貴女様の騎士団に入隊させて頂きたい。もちろん下働きからでも構いません!」
私の代わりにクリストフが答える。
「いいだろう。私が預かろう。だがもし前のようなことを起こせばその時は容赦はせぬ」
「ありがたき幸せ! このレオナルド、全身全霊を持って応えます!」
暑苦しいほど気合いを入れるレオナルドは、最初は皆から嫌われていたが、徐々に打ち解けていく。
これで一見落着……なのかな?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,291
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる