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異端審問②

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 紅茶を二人分注いで、一つをヒューゴの方へ置いた。彼は箱からクレープを取り出して、小皿に置いてくれた。

「貴女がおすすめしたクレープが気になりまして。お好きなのでしょ?」

 クレープを皿に置かれてもすぐには食べずに彼の真意を探る。もしかするとこのクレープに毒が入っているかもしれないからだ。

「どうして先ほどは助けてくださったのですか?」

 てっきりこの人はリオネスの味方をするとばかり思っていた。
 だがヒューゴは答える代わりに、注いだばかりの紅茶を飲んだ。

「ふむ。良い味だ」

 彼は自分のクレープを手に取って、一口だけ食べた。そして私をひと睨みする。

「死にかけた時にどうしてもやり残したことがあると強く痛感したよ」

 もしかすると私を殺すことだろうか。彼の来訪の理由が読めない。ごくりと緊張から喉が鳴った。

 美味しくなさそうに二口目を食べた。

「私には生きがいがある。それを終えるまで絶対に死ねない……とね。昔に誓ったことを思い出しました」
「それは……全ての魔女を殺したいということですか?」


 彼は三口目を食べようとして止まった。静かにこちらを観察している。

「何か勘違いをされていますね。私の生きがいは美味しいスイーツを食べ歩くことです」
「……えっ?」

 呆けている私を無視して、クレープをまた食べ始める。
 もしかすると本当に甘党なのだろうか。急に力が抜けたので自分もクレープを手に取った。

「ではご馳走になります」

 口に含んだ瞬間に甘さが口に広がった。
 クリームだけかと思ったら、刻まれたリンゴも入っているため、しゃりしゃりして美味しい。

「美味しい……やっぱりここのクレープは絶品」
「ええ。良いお店を紹介いただきました」

 独り言のつもりが彼が答える。先ほどの緊張はどこへやら、いつのまにか和やかな雰囲気になった。


「私は別に魔女を殺したくて、殺すわけではないのですよ」

 唐突に切り出された。クレープを食べる手を止めて彼の話しに耳を傾けた。

「だが誰かがやらねば被害が出る。たとえ少数の犠牲が出ようとも、二次災害だけは許してはならない」

 強い決意のこもった目に迫力を感じた。

「誰かに恨まれてもですか?」
「見逃したら別の者に恨まれるだけですよ。私のようにね」

 ヒューゴはクレープを食べ終えて、椅子に背中を預けた。

「年の近い仲の良い子がいた。その子が魔女だと知っていても私は黙っていました……そのせいで結果的に私の領地は大きなダメージを受けましたよ。領民からしばらくの間はひっきりなしに嫌がらせを受けてしまいましたね」

 ヒューゴは静かに天井を見上げた。その目は悲壮ではなく、ただ無表情になっている。


「私がその子を殺しましたが、その子の体はすでにひどい暴行の痕がありましたよ。そして先日の始祖の話を盗み聞いて確信しました。あの者がそれを引き起こしたとね」

 クリストフの領地も、あの男の実験で魔女の力を暴走させたと言っていた。
 その実験は文字通りひどいことをしていたのではないだろうか。

「今も部下達に追いかけさせております。絶対にあの男は逃がしはしない。あの男が死ねば、もう魔女狩りなんぞしなくとも済むのでね」


 席を立った彼は背を向けて喋る。

「では後ほど会いましょう。もし今回の異端審問が間違いであった場合には、後日お詫びをさせていただきます」

 この人はきっと快楽的に魔女を殺しているわけではないのだろう。だけどやはり先日の一件はまだ許すことができない自分がいた。
 返事をする前にヒューゴは部屋から出て行く。
 結局のところ、私を助けてくれた理由が分からず仕舞いだった。
 入れ違うようにアベルがやってきた。

「よっ、ソフィアちゃん! あれ? 誰か来たのか?」
「はい。ヒューゴ司祭が来られました」
「なに!? 大丈夫だったか!」

 先ほどあったことを伝えると、アベルは頭を抱えた。

「まさか殿下が勝手に入るなんて……後で通したやつを叱っておきます」
「気になさらいでください。おそらくは何かしらで脅されたのでしょうから」

 今のリオネスは何が何でも私を断頭台に送りたいようだ。
 おそらくは私への執着とクリストフへの嫉妬がぐちゃぐちゃと混ざってしまったのだろう。
 特にクリストフにはプライドを傷付けられているだろうから。

「とにかくソフィアちゃんが無事だったのは。ヒューゴ司祭のおかげだったんだな。それでも恐かったろ? あの人おっかねえからな」
「そうですね。甘い物好きなのは似ているのですけど……」

 なんにせよ、あの人も魔女の被害者なのだから元凶はガハリエということだ。今もなお追跡しているらしいが、未来でも逃げおおせた男を本当に捕まえられるのだろうか。
 色々と気になることも多いが、とりあえずまずはすべきことは一つ。

「おっと。あんまり話している時間もなかったんだった。ソフィアちゃん、心の準備はいい?」

 また緊張が少し戻ったが、それでも行くしかない。

「はい。行きましょう!」

 自分に喝を入れてアベルと供に異端審問を受けにいく。
 緊張のためか、廊下を一瞬で突っ切ったような感覚になる。
 するとどんどん騒々しい音が聞こえてきた。
 祭壇のある部屋には多くの人々が詰めかけていたのだ。

 部屋に入った瞬間に一瞬だけ静寂になった。
 来ているのはほとんどが貴族の人たちで、どうやら早く情報を知りたい者達が、噂の真偽を確かめに来たのだろう。
 その中にはリオネスもいた。不機嫌そうに腕を組んで睨んでいる。なるべくそちらを意識しないように、祭壇の前で微笑んでいる聖女セリーヌだけに注目した。
 彼女の後ろにはヒューゴもまた居た。
 アベルと供に彼女の前に向かった。すると彼女は話し出す。

「本日はお越しくださりありがとう存じます。先日は大司教が失礼いたしました。国を代表して謝罪をさせていただきます」

 セリーヌは頭を下げてすぐに頭をあげる。

「ただ噂も看過できないほど広まっているため、貴女の潔白を示す上でも本日は招集させていただいております」


 周りには記録を取っている人もいるので、今回のことは公式に残るということだ。
 隣に立つアベルはもしもの時に私を捕らえる役目があり、セリーヌの後ろにいるヒューゴは彼女を守るためにいるのだろう。

「わたくしもこの噂を鎮めたいと思っていましたので、お忙しい時間を割いてくださったセリーヌ様へ格別の感謝を捧げます」

 ドクンと心臓が高鳴る。もう後戻りはできない。どうか見破られないでくれと心の中で祈った。
 すると彼女は私の腕を取った。それに全く反応できなかった。あまりにも自分が無防備だったせいか、彼女の動きに注視していなかったのだ。
 心臓が止まったように思えるほど、急に体中が寒くなった。
 がやがやとした声が完全に止まった。そしてセリーヌの声だけが響く。

「彼女から魔女の力は感じられません。セリーヌの名において彼女の潔白の証明といたします」

 ――そんなにあっけないの!?

 もっと色々と手順を踏むかと思って、気構えていたため、急にホッとしてしまった。
 だがそれに異論を唱える者もいた。

「ふざけるな!」

 傍聴席にいたリオネスが騒ぎ出す。
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