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魔女の自白

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 馬車に乗って一人で手紙に書かれていた場所へと向かう。あれほどクリストフから一人で出歩くなと口を酸っぱく言われていたのに、これでは帰ったら叱られるだろうなと思う。
 だがリタの病気を治すにはこうするしかない。

 組織が絡んでいると思っていたのに、どうしてリオネスがこんな手紙を寄越したのだろうか。
 だがリタはこれを私へ見せずに隠していたのは、おそらく自分の命より私を優先したからに他ならない。もしかすると未来でも彼女は同じように脅迫されていたのかもしれない。
 私のせいで二回も彼女を殺してなるものか。

「お嬢様、到着しました」


 御者の声で窓の外を見た。思った以上にさびれた場所で、人が去った区域のため、空室の家ばかりがあった。
 この場所を指定したのは、騒いでも誰にも気付かれないためだろう。
 護身用に持ってきた剣を強く握る。もしもの時は戦わないといけないのだから。

 教会の前で辺りを念のため探る。人が手入れをしなくなったせいで、雑草が生い茂っており、教会も薄汚れが目立っているため、不気味さが漂っていた。
 私が気づく範囲に人はいない。
 大きく息を吐いて、覚悟を決めてから教会のドアを開けた。

「遅かったね」

 声が聞こえてきた。まだお昼のため、部屋の明かりが無くとも教会内ははっきりと見える。
 祭壇の前で立っているのは、私の元婚約者であるリオネス王太子だった。

「お久しぶりです、殿下。本当に貴方がリタに呪いを掛けたのですか?」
「そう結論を急がないほうがいい。僕の話をまず聞くべきだ、そうだろ?」

 有無を言わせない圧を掛けてくる。早くリタを救いたいが、彼の顰蹙を買って、約束を反故にされては一人で来た意味もなくなる。少しでも心証を良くしないといけない。

「失礼いたしました。大事な人が倒れてしまい、焦ってしまいました」

 頭を下げて謝罪をした。彼は頷く。

「その気持ちは分かるよ。僕だって最初に聞いた時はかなり動揺したさ。君が忌まわしき魔女の末裔って聞いてさ」

 彼はゆっくりと歩いてくる。そして目の前まで来た彼は、私のアゴを持ち上げた。

「わたくしには何のことか分かりません」
「とぼけたって無駄だよ。君の腕にその証が無くとも、その服の下はどうかな?」

 彼の手が服に伸びようとした時、反射で避けてしまった。
 まさか人目が無いとはいえ、非常識すぎる彼に怖さを感じた。

「わたくしはもう殿下の婚約者ではありません。むやみに触るのはやめてください!」

 だが彼は今度は強く私の顔を掴んだ。

「あまり苛立たせないでくれ。僕はただ真実が知りたいだけなんだ。証拠だって父上と君の父君の話を盗み聞いて知っている」

 彼は力ずくで近くの長椅子の上に私を倒した。容赦なくぶつけるので腰を思いっきり打って痛みに悶絶した。
 しかし回復する間もなく、彼は私の髪を引っ張った。

「僕が君を教会へ差し出さないのは気まぐれだと思ったほうがいい。それともここで裸にして、辱めた方が其方も少しは被害者面が出来るか! 言わなければ君の大事な侍従の命は無いと思え!」

 これはもう脅迫だ。自分を守るかリタの命を優先するかの究極の選択だ。

「僕だって鬼ではない。君がもし自分から自白するのなら、この服を脱がすつもりはないよ。だけど言わないのなら――」


 彼の手がとうとう服に到達した。彼は実力行使をやめるつもりはない。このままでは私も魔女として突き出され、リタの命も奪われる。
 選ぶべき道は一つしかなかった。

「言いますから……だからリタの命だけは救ってください……」

 にやりと彼は笑う。その言葉を待っていたかのように。さらに彼は問いただしてくる。

「なら認めるのだな、魔女と? ならあの男も君のことを知っていて隠していたそういうことだな!」

 彼とはクリストフのことだろうか。だがクリストフまで一緒に罰せられる必要は無い。

「クリスは関係ありません……私が魔法で彼の気持ちを歪めただけです……」

 ありそうな嘘を吐いた。だがそれでリオネスは満足せず顔を歪めて、掴んでいる髪ごと私の顔を椅子へと叩きつけ、さらには上から押さえつける。
 口の中に血の味が広がっていく。

「そんなことが聞きたいんじゃない! 僕を馬鹿にしたあの男を――」

 バンッと教会内の至る所からドアを開ける音が聞こえてきた。
 そして大勢の足音も聞こえてくる。それはリオネスも予想外だったようで、抑える力が弱まった。

「おい、まだ尋問は終わっていない! あと少しで――」

 彼の言葉を遮るように拍手が鳴った。顔を少し上げてその人物を見ると、昨日市場で出会ったヒューゴ司祭であった。


「リオネス王太子殿下、素晴らしき手腕です。あとは我々にお任せください。これでクリストフ司祭の容疑も晴れましたね」

 笑顔を向けるヒューゴとは違い、リオネスは必死の形相で命令してくる。

「くそっ! ソフィア、本当はあの男もグルなのだろ!」

 彼の本当の標的はクリストフたったのだ。神官達に聞かれてしまっため、もう私の潔白を証明するのは難しい。
 それならクリストフだけは絶対に被害者であってもらわなければもらない。
 彼に返せる恩はこれくらいしかない。

「それよりも約束は守りました! リタの命は助けてくださるのですよね!」
「あ?」

 途端にリオネスの態度が変わった。そして面白いものを見たように笑い出した。
 嫌な予感が背中から駆け巡った。

「そんなの嘘に決まっているだろ。僕が解呪の方法なんて知るわけない」

 頭が真っ白になった。彼女を救えず、私も死ぬ。
 私の絶望した顔がとてもお気に召したのだろう。彼は耳元で呟く。

「君が魔女だと自白した後に、どうして僕を裏切った君を喜ぼせないといけないのだ。君の父君も早く自白すれば寝たきりにならずに済んだものを」


 カッと頭に血が上った。私だけを狙えばいいのに、大事な人ばかり狙おうとする彼に、初めて殺意が湧いた。腰に差していた剣を抜いて彼へと振る。


「うわっ!」


 あと少しで斬れたのに、後ろに倒れたリオネスはぎりぎり避けたのだ。
 だが腰を抜かしている彼ならたやすく殺せる。

「は、早く僕を守れ!」

 リオネスが神官達へ命令する。一斉に駆け寄ろうとしてくるが、それよりも私の剣が早く届く。この男だけは道ずれにしてやる。
 もう一度剣を振ろうとしたが、それよりも早く目の前に白い軌跡が見えた。


「くっ!」

 すると抵抗する暇もなく床へと体を押さえ込まれた。

「そこまでにしたまえ。ただの箱入り娘にしては動きが良いが、ここで殿下に死なれては私もお叱りを受けてしまう」


 ヒューゴ司祭は私の目では追いきれないほどの速度で制圧した。利き腕を外に引かれ、肩を抑え込む。体重も乗せられているため、全く動けない。

「離して! その男だけは!」

 暴れるがそれでも拘束は外れない。安全だと分かるや否やリオネスは立ち上がって、先ほどの醜態を隠した。

「凶暴な女だ。君みたいな危険な思想を持つ血が王家に入ると思うとゾッとしたよ」

 興奮したリオネスは近づいて思いっきり足を振り上げた。強い痛みと供に私の意識は飛んだのだった。胸元に入れていたペンダントは私から離れ、憎き男のポケットに忍ばせたのが、私の最後の抵抗だった。
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