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娘はやらん!

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 お父様が遠征から突然帰ってきた。だが無事に帰ってきたことは嬉しいが、クリストフを見て厳しい顔になったのに気付いた。
 何か不穏な空気を感じ、何もなく終わることを祈る。

 お父様の書斎に通されて、三人だけでお話をすることになった。
 ソファーに私とクリストフは並んで座った。
 向かい側に座ったお父様はさっそく話を始めた。

「到底信じられない話だが、二人は未来から過去に戻ってきたという話で間違いはないのだな」


 お父様から未来の事を切り出されて、私はとっさにクリストフを見た。彼は頷くので、お父様へすでにそのこともお伝えしていたのだ。
 私はお父様へ素直に気持ちを伝える。

「まさかお父様が信じてくださるなんて……」
「ソフィーが魔女の血を引いていることをよりにもよって正教会の司祭にバレたのだ。信じるしかあるまい」

 やはりお父様も私が魔女であることを知っていたのだ。そうなるとお母様も魔女で間違いないのだろうか。

「だが一番聞きたいのはそこではない。ソフィー、正直に答えなさい!」
「はい!」


 急にお父様の顔が険しくなった。これはたまに見せる説教をするときの顔だ。悪いことは未来でいっぱいしたので、どのことで怒られるのか見当も付かない。
 お父様はぶるぶると震えながら、クリストフを指差した。

「本当に未来ではその男と愛し合っていたのか?」
「はい?」

 思わず聞き返した。
 お父様の言っていることがさっぱり分からなかったからだ。私と彼は未来では殺し合っていて、そんな余裕なんて全くなかった。
 一体、お父様は何の確信を持って言っているのだ。
 言っているのだ。

「お前達の結婚は偽装結婚という形で保留にしたのは、私が到底信じられなかったのだ。どうしてよりにもよって魔女を嫌う正教会の男を好きになったのだ」

 私はあんぐりと口を開けるしかなかった。
 偽装結婚ってもしかしてクリストフのアイディアではなかったのだろうか。
 私は適当なことを言ったであろうクリストフを睨むが、彼はどこ吹く風だった。

「どうなんだ、ソフィー!」
「えっと……そのぉ」

 急に大声を出されてしどろもどろになった。だけど私の答えは一つしか出せない。

「今はもう彼がいない生活は考えられません……」

 組織に狙われるは、神官達からも殺されてしまう危険は常にある。だけどそれを全て防いでくれるのはおそらく彼しかいない。
 するとクリストフは腕を回して私の肩を抱く。


「ええ。私もです。だからどうか私達の正式な結婚をお許しくださいませんか。一生を掛けて私がソフィーをお守りいたします」

 彼の言葉を聞いて、ずるい……そう思った。彼は本当に偽装結婚のまま終わらせるつもりはなく、私の側に居てくれるということだ。
 お父様はこの結婚を認めてくださるのだろうか。


「そうか……だがそれは許せない」

 お父様から許しの言葉がおりなかった。
 自分の顔が真っ青になっていくのが分かる。もしかすると未来で彼と恋仲で無かったのがバレたのか。
 お父様は眼鏡を取って立ち上がり、腰に差している剣を取り出した。

「娘が欲しければ決闘をして奪ってみせろ!」


 ――絶対にだめ!

 ただの親バカでした。
 残念ながら、お父様とクリストフでは実力に開きがありすぎる。ドラゴンを単体で倒せる男に普通の人間が勝てるはずがない。

「お父様、ダメです! そんなことは許しません!」

 私は彼を守る形で立ち上がって前に出た。するとお父様も怯む。

「そこまでして彼を……本当にその男を愛してるのだな。だが娘を嫁にやるにはどうしても乗り越えてもらわねばならない試練があるのだ」

 格好よく言うが、逆に試練が来るのはお父様の方だ。だけどここで正直にクリストフに絶対勝てないなんて言ったら、それこそ意地になる。
 すると急に腰を引かれて私は彼の膝元に倒れた。
 クリストフが私を抱き寄せたのだ。

「ちょっとクリス!」
「分かっている。だが其方が少しでも危険な立ち位置にいるのが耐えられないのだ。私に任せろ」

 彼は真剣な顔をしているので、私はもう彼を信じることにした。

「お義父さん、誤解しております。ソフィーは嫁入りしません」
「えっ!?」


 今度は私が驚く番だ。あれほど愛を囁いたのに突然の撤回。その衝撃は私だけでなくお父様にも襲っていた。

「誤解だと!? もしや私の娘を遊びだと抜かすのか」

 お父様は今にもはち切れそうなほど怒りで顔を歪ませていた。だがクリストフは今もなお落ち着いている。

「そちらの誤解ではありませぬ。私がベアグルント家に婿入りをするのですよ」

 彼の言葉を聞いて私とお父様は同時に呟いた。

「……婿入り?」

 想像を超えた答えが返ってきた。どうして彼の家の方が大きいのにわざわざ私の家に入るのだ。
 お父様も一気に毒牙が抜けていた。

「クリストフ殿、それではリーヴェルヴァッセン家はどうするおつもりだ」
「あそこはもうすでに我が祖国へ領地を返還手続きしました。王族や祖国から面倒なやりとりを無くすにはそれが一番でしたからね。あちらも私の領地をもらえるのならと、二つ返事をもらえました」


 そこで昨日のパーティーで国王陛下が言っていた意味を理解した。
 宗教大国家がわざわざ国王へ私達の結婚を認めさせたのは、彼の領地が引き換えになっていたからだ。

「取引したのは領地だけですので、これまで持っていた私財に関しては自由にしていいと許可もあります。近日中にベアグルント家へ持参金として持ってきましょう」

 クリストフの領地は一度ダメになりかけたが、彼の手腕によって数年で立て直し、今では人の賑わう人気の領地になっていると聞く。
 普通は小国の一個人である私と栄えている領地では天秤にすら乗せられないはずだ。

「私は別にベアグルント家を乗っ取りたいわけではありませんので、お金で買い取ることはするつもりはありません。ただソフィーを守れるのならそれだけで十分だ」

 彼は私の腰に手を回して抱きしめる。彼の温もりに包まれるようであった。だがお父様はまだいちゃもんをつける。

「ふ、ふん! 少しは骨があるようだが私のベアグルント家はこの国の大貴族だ。いくら君がお金を持っていようとも流石にそんなお金は――」

 クリストフは懐から丸めていた一枚の羊皮紙を出して、それを机に広げた。
 お金の欄にいっぱい丸が書いている。
 それはもう私が目にした領地の資産の数百倍はあった。


「なるほど、だが愛はお金ではないのだよ」

 お父様はさっきの勢いはどこへやら、ゆっくりと腰をおろすのだった。
 お父様は急な話題変更をして話を逸らしたので、どうやら買えてしまうらしい。
 クリストフもまたそこは指摘せず、お父様の安いプライドを刺激しないように神妙な顔で頷く。

「ええ。もちろん存じ上げております。だから少しでもお役に立つため、私を婿養子として鍛えてはいただけないでしょうか」

 お父様は苦い顔をしたが頷いてくれた。

「いいだろう。其方達の結婚は認めよう……」

 お父様が認めてくれたことで、こうして私達の関係は偽装結婚ではなく本当の夫婦として認められることになった。
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