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ダンス
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化粧直しも終わり、アベル邸から出る。
クリストフが私の手を引いて、一緒に馬車で隣に乗った。
アベルは護衛は終わりと、そのまま家に残ることになる。彼は奥さんにべったりなので、無理矢理に護衛させるのも可哀想だ。
私は改めて二人にお礼を言う。
「ドレスを貸してくださって本当にありがとうございます。アベルも今日までありがとう。またお礼に伺いますね」
「じゃあ、ワイン待っているよー」
アベルのいつも通りの返事に、クリストフはため息を吐きながら「後で文句を言うでないぞ」と言い残して、御者に馬を出すように言った。
私は手を振ると、二人も手を振って返してくれる。
「本当にアベルと仲がよろしいですね」
「古い付き合いなだけだ。ただあやつだけは友といえるだろうな」
素直に言わないのが彼らしい。すると彼の顔がこちらへ向く。
「今日のパーティーの後だが、また組織の者達が狙うかもしれん。嫌であろうが俺の部屋に泊まってもらうぞ」
彼の言葉を聞いてとうとう来たと身が固くなった。なるべく平常心を持たないと。
「嫌ではありませんよ!」
ちょっと声が大きくなってしまい、前の御者までもが振り返っていた。
クリストフも驚いた顔をしていた。
「そうか。それは良かった。前は怯えていたから心配していたのだ」
「あれは……クリスが私のことを好きだと知らなかっただけです。それに初めてですし……」
ごにょごにょと声が小さくなっている自覚があった。しかし彼は意外そうな顔をする。
「初めてではないだろ。其方も七歳の洗礼式は大聖堂で行ったはずだ。それに私と婚約した日も私が運んだではないか」
「へ……洗礼式……大聖堂……?」
洗礼式って七歳になることで、初めて国民の一人に数えられる大事な日のことだ。
なんだか会話が噛み合っていない気がしてきた。もしかして情事のことを言っているわけではないのだろうか。
すると彼もやっと私が何を考えていたのか理解したようで、フッと顔をほころばせていた。
「ソフィー今何を考えていたのだ?」
彼の顔が接近してきて、私へ意地悪な質問をしてくる。
だんだんと体温が高くなり「それは……そのぉ」と彼から目だけ逸らした。
「大聖堂内では男女の規則も多い。君は俺の部屋に寝てもらうが、俺は隣の客間で寝ることになる」
「そうだったのですね。私もそうだと思っていました」
苦し紛れの言い訳を続けさせられる。だけど彼も途中で意地悪はやめて、すごく機嫌が良さそうになる。なんだか無性にてきとうな理由で文句でも言いたくなってきた。
「そういえばアベルのせいで大変だったのですからね。私が魔女ってバレるかどれほどヒヤヒヤだったか」
「それはもう心配に及ばん。先ほど伝えてきて」
「そんな言い訳……えっ!?」
もしかして大神官のアベルに魔女であることを言ったのだろうか。
さっきの彼はそんなそぶりは全く見せなかった。
「勝手に決めたことは申し訳ない。着替えの時に問い詰められてな」
「それでアベルはなんと仰ってたのですか……」
「俺は何も聞いていない、見ていない……とのことだ」
「はあ……」
それはまた信じていい言葉なのだろうか。もし他の者にバラされたら、私だけではなく庇っているクリストフまでもがタダではすまないのに。
「組織がまたソフィーを狙うようになっては、俺一人だけではもう守りきれない。だからあいつに打ち明けた」
「もし私を捕まえようとしたらどうしたのですか?」
「其方を連れて国外へ逃げる」
即答に思わず声を失った。そこまでの覚悟をどうして持ってくれるのだろう。だけど彼の言うとおり、また彼が居ないときは必ずやってくる。そうなれば間違いなく、私は組織に逆戻りになるだろう。
「アベルは人を見る目だけはある。その目で其方の周りを見て判断したのだ」
「だから今回はアベルを私へ預けたのですね」
「左様。言葉で言っても、目で見なければ信じられないこともある。ソフィーの心が綺麗な事は知っている」
クリストフの言葉が心に刺さった気がした。私は彼が言うほど善人なわけではない。いつだって保身に逃げる私が綺麗なはずがなかった。
だけど私の未来はまだ確定していない。これからでも彼の隣に相応しい女になりたかった。
「ときに、質問がある。答えづらければ答えなくてもいい内容だ」
「どうしたのですか、急に。どんなことでもお答えしますよ」
「そうか、リオネス王太子殿下のことなのだが……」
元婚約者の名前を聞いて、私は驚いた顔をしていないか不安になった。
私はなるべく名前を聞いて動揺していない風を装った。
「前に其方を馬鹿にするような内容を言ったことがあるというのは間違いないか?」
「ええ。直近ですとエルエミール伯爵のお茶会のことでしょうか」
お茶会でリオネスに私が刺繍したハンカチを皆の前で悪い点を羅列されたのだ。初めて作ったとはいえ、出来は良くなかったので、一概にリオネスが悪いとは言えない。
「それは知らないな。もしよければいくつか教えてくれないか」
「いいですが、わたくしもあまり思い出したくないのですよね」
何でも答えると言ったが、やはり自分のふがいない一面を伝えるのには抵抗があった。
特に彼に言うことが。
「本当にすまない。だがどうしても必要なことなのだ」
まるで私のことのように苦しんでくれる彼にそれくらいなら手伝っても良い。だけどそれを伝えてもやはり気にするだろう。
「それならまた美味しいお店に連れて行ってください。嫌なことを忘れるようなお店に」
「そんなのでいいのならいくらでも約束しよう」
「あと、また市場に連れて行ってください」
彼は未来でよくご飯をご馳走してくれた。ある意味では思い出深いので、私は今の彼と行きたかった。
「そんな店でいいのか?」
「いいですよ。だってクリスとの思い出の場所じゃないですか」
「ふっ、それもそうだな」
彼は優しく微笑んだ。未来では彼とは気付かなかったが、彼がいなければ私はいつ野垂れ死んでもおかしくはなかった。
少しずつお互いを知っていきたい。
ちょうど話が一段落したころにはお城に着いた。
「さて行こうか」
クリストフから先に降りて私も次に降りた。
そしてホールの方へと向かい、入り口を守っている近衛兵が私達の顔を見て、参加の許可を出す。
参加の時間が少し過ぎてしまっているため、ホールに入るともうすでに参加者達が大勢集まっていた。
綺麗なシャングリラがホールを照らし、立食式になっているため、小さな卓上テーブルに料理やデザート、お酒がそれぞれ置いてある。
まずは王族への挨拶が必要のため、私達はまっすぐにレッドカーペットの上を歩いて向かう。
周りからの視線が気になる。
「あれがベアグルント家の」
「自分勝手なことをしたのに、よく来れましたな」
「殿下もそろそろ私の娘を選んでくださればいいのに」
やはり私とリオネスの婚約破棄は未だに噂の熱が冷めていないようだった、
さらにはクリストフに関して嫉妬があった。
「全ての縁談を断っていたクリストフ猊下の心をどうやって射止めたのかしら」
「噂では体で籠絡したと」
「まあ、はしたない……」
クリストフは令嬢達の憧れの的だから、モテる男の妻は大変だとしみじみ思った。
今後も似た嫉妬を受け続けるだろうと。
「ソフィー無理はしていないか?」
小さくクリストフが聞いてくる。私に聞こえているのだから、彼も周りの噂話が耳に入ったのだろう。
だけど私は軽く笑った。
「これくらいなら大したことありませんよ。未来ではこんな生ぬるい仕打ちは受けてませんし」
気に入らなければすぐに暴力を受けるような環境だった。それに比べたらただの噂話程度、可愛いものだ。
「そのようなことに慣れるな、と言いたいが今日ばかりはそれに感謝かもしれないな」
「ええ、だってクリスがいれば危険な目に遭っても絶対に助けてもらえそうですもの。こうやって近くにいるときは無敵に感じます」
「それは結構。だがそんな嘲笑も今日までだ」
クリストフから続きの言葉を聞く前に、国王陛下の御前に着いた。
国王夫妻と王太子のリオネスが中央奥の一段高い席に座っており、私達を見下ろしていた。
王族はみんなそれぞれ別の表情をしていた。
リオネスは私を見て気まずそうに顔を背け、王妃はこちらを睨み、国王は無表情に近かった。
まずはクリストフが先に挨拶をする。
「本日はご招待いただき大変光栄です。まだ新婚ゆえ、不慣れな様子であってもお許し頂きたい」
「ふむ、クリストフ猊下が身を固められたことを喜ばしく思う」
流石は国王。こんな場で私を堕とすようなことは言わない。だが隣の王妃はとうとう我慢ならずに口を出す。
「あなた、何を言っているのですか! この女のせいでリオネスは名誉を傷付けられたのですよ! ソフィアさん、貴女は人として最低な行為をしたことを自覚しているのですか!」
王妃の声が大きいため、周りの雑談も止まってこちらへ耳を傾けられているのが分かる。
甘んじて受けようとしたが、クリストフが口を開く。
「何を仰いますか。元々はリオネス殿下が彼女を蔑ろにしたのが始まりのはずです」
「何を言うか!」
今度はリオネスが立ち上がって、クリストフへ食ってかかった。
だがクリストフは平然としている。
「よくお茶会で周りに彼女の欠点を上げて笑いものにしたと伺っております」
「そ、それは社交では起き得ることだろうが! ソフィアも笑っていたのだから、そのようなことを蒸し返すな!」
「そのような場で彼女が不満を口に出せるはずがありませんでしょうが。私なら絶対にそのようなことはしません」
司祭が言うと言葉の重みが違う。彼が言って思い出したが、たしかに彼から下げられる発言はいくつもあった。
それと言葉だけでなく、たまに平手くらいは受けていたこともあった。
するとその現場を見聞きしていた者達の声も聞こえてきた。
「たしかにお聞きしましたが……」
「王太子殿下とソフィア様の仲なら許されているとばかり……」
リオネスも「ぐっ!」と言葉を失った。だがそれでも王妃が食ってかかる。
「だからと言って――」
「やめないか、二人とも」
仲裁のため国王が間に入った。もし国王までもが敵になったら、お父様へどう謝ればいいのだろう。
だが国王だけは冷静なままだった。
「隣国から其方達の結婚を認めるように通達があった。属国である我らはこの件について触れるのを禁じる」
どうして宗教大国家が一個人の結婚に口を出してくれたのだ。
リオネスと王妃もまだ聞いていなかったようで、口を開けていた。
「どういうことですか、父上! どうして彼の国がそのようなことをお許しになるのですか!」
「リオネス、その話はやめろと言うておる。国王の言葉は息子とはいえ軽くはないぞ」
リオネスは悔しそうに口をつぐんだ。国王の言葉のおかげで、周りにも緊張が走る。
おそらくはクリストフが何かしたのだろう。
「あまり私達がここにいるといらぬ騒ぎになりそうですので、奥の方で参加させていただきます」
クリストフは頭を下げたので、私もそれに倣った。まさか国王がこちらの味方に回ってくれるとは。
私は彼と供に部屋の角の方へと向かう。
「一体、何をされたのですか?」
「それは後日話そう。今はパーティーの最中だからな」
はぐらかされた。だけど彼もいずれ話をしてくれるのなら待てばいい。
彼は私と離れると向かい合った。するとちょうど音楽が流れ始めた。
彼は改めて手を差し出してくる。
「踊ってくださいますか、レディー」
私は彼の手を取った。
「はい……」
周りもどんどんパートナーと踊り出す。私も彼にリードされながら踊った。
久々に踊るため上手く踊れる自信が無かったが、彼がサポートしてくれるため最後まで楽しく踊れた。
彼が側にいてくれて本当に良かった。
クリストフが私の手を引いて、一緒に馬車で隣に乗った。
アベルは護衛は終わりと、そのまま家に残ることになる。彼は奥さんにべったりなので、無理矢理に護衛させるのも可哀想だ。
私は改めて二人にお礼を言う。
「ドレスを貸してくださって本当にありがとうございます。アベルも今日までありがとう。またお礼に伺いますね」
「じゃあ、ワイン待っているよー」
アベルのいつも通りの返事に、クリストフはため息を吐きながら「後で文句を言うでないぞ」と言い残して、御者に馬を出すように言った。
私は手を振ると、二人も手を振って返してくれる。
「本当にアベルと仲がよろしいですね」
「古い付き合いなだけだ。ただあやつだけは友といえるだろうな」
素直に言わないのが彼らしい。すると彼の顔がこちらへ向く。
「今日のパーティーの後だが、また組織の者達が狙うかもしれん。嫌であろうが俺の部屋に泊まってもらうぞ」
彼の言葉を聞いてとうとう来たと身が固くなった。なるべく平常心を持たないと。
「嫌ではありませんよ!」
ちょっと声が大きくなってしまい、前の御者までもが振り返っていた。
クリストフも驚いた顔をしていた。
「そうか。それは良かった。前は怯えていたから心配していたのだ」
「あれは……クリスが私のことを好きだと知らなかっただけです。それに初めてですし……」
ごにょごにょと声が小さくなっている自覚があった。しかし彼は意外そうな顔をする。
「初めてではないだろ。其方も七歳の洗礼式は大聖堂で行ったはずだ。それに私と婚約した日も私が運んだではないか」
「へ……洗礼式……大聖堂……?」
洗礼式って七歳になることで、初めて国民の一人に数えられる大事な日のことだ。
なんだか会話が噛み合っていない気がしてきた。もしかして情事のことを言っているわけではないのだろうか。
すると彼もやっと私が何を考えていたのか理解したようで、フッと顔をほころばせていた。
「ソフィー今何を考えていたのだ?」
彼の顔が接近してきて、私へ意地悪な質問をしてくる。
だんだんと体温が高くなり「それは……そのぉ」と彼から目だけ逸らした。
「大聖堂内では男女の規則も多い。君は俺の部屋に寝てもらうが、俺は隣の客間で寝ることになる」
「そうだったのですね。私もそうだと思っていました」
苦し紛れの言い訳を続けさせられる。だけど彼も途中で意地悪はやめて、すごく機嫌が良さそうになる。なんだか無性にてきとうな理由で文句でも言いたくなってきた。
「そういえばアベルのせいで大変だったのですからね。私が魔女ってバレるかどれほどヒヤヒヤだったか」
「それはもう心配に及ばん。先ほど伝えてきて」
「そんな言い訳……えっ!?」
もしかして大神官のアベルに魔女であることを言ったのだろうか。
さっきの彼はそんなそぶりは全く見せなかった。
「勝手に決めたことは申し訳ない。着替えの時に問い詰められてな」
「それでアベルはなんと仰ってたのですか……」
「俺は何も聞いていない、見ていない……とのことだ」
「はあ……」
それはまた信じていい言葉なのだろうか。もし他の者にバラされたら、私だけではなく庇っているクリストフまでもがタダではすまないのに。
「組織がまたソフィーを狙うようになっては、俺一人だけではもう守りきれない。だからあいつに打ち明けた」
「もし私を捕まえようとしたらどうしたのですか?」
「其方を連れて国外へ逃げる」
即答に思わず声を失った。そこまでの覚悟をどうして持ってくれるのだろう。だけど彼の言うとおり、また彼が居ないときは必ずやってくる。そうなれば間違いなく、私は組織に逆戻りになるだろう。
「アベルは人を見る目だけはある。その目で其方の周りを見て判断したのだ」
「だから今回はアベルを私へ預けたのですね」
「左様。言葉で言っても、目で見なければ信じられないこともある。ソフィーの心が綺麗な事は知っている」
クリストフの言葉が心に刺さった気がした。私は彼が言うほど善人なわけではない。いつだって保身に逃げる私が綺麗なはずがなかった。
だけど私の未来はまだ確定していない。これからでも彼の隣に相応しい女になりたかった。
「ときに、質問がある。答えづらければ答えなくてもいい内容だ」
「どうしたのですか、急に。どんなことでもお答えしますよ」
「そうか、リオネス王太子殿下のことなのだが……」
元婚約者の名前を聞いて、私は驚いた顔をしていないか不安になった。
私はなるべく名前を聞いて動揺していない風を装った。
「前に其方を馬鹿にするような内容を言ったことがあるというのは間違いないか?」
「ええ。直近ですとエルエミール伯爵のお茶会のことでしょうか」
お茶会でリオネスに私が刺繍したハンカチを皆の前で悪い点を羅列されたのだ。初めて作ったとはいえ、出来は良くなかったので、一概にリオネスが悪いとは言えない。
「それは知らないな。もしよければいくつか教えてくれないか」
「いいですが、わたくしもあまり思い出したくないのですよね」
何でも答えると言ったが、やはり自分のふがいない一面を伝えるのには抵抗があった。
特に彼に言うことが。
「本当にすまない。だがどうしても必要なことなのだ」
まるで私のことのように苦しんでくれる彼にそれくらいなら手伝っても良い。だけどそれを伝えてもやはり気にするだろう。
「それならまた美味しいお店に連れて行ってください。嫌なことを忘れるようなお店に」
「そんなのでいいのならいくらでも約束しよう」
「あと、また市場に連れて行ってください」
彼は未来でよくご飯をご馳走してくれた。ある意味では思い出深いので、私は今の彼と行きたかった。
「そんな店でいいのか?」
「いいですよ。だってクリスとの思い出の場所じゃないですか」
「ふっ、それもそうだな」
彼は優しく微笑んだ。未来では彼とは気付かなかったが、彼がいなければ私はいつ野垂れ死んでもおかしくはなかった。
少しずつお互いを知っていきたい。
ちょうど話が一段落したころにはお城に着いた。
「さて行こうか」
クリストフから先に降りて私も次に降りた。
そしてホールの方へと向かい、入り口を守っている近衛兵が私達の顔を見て、参加の許可を出す。
参加の時間が少し過ぎてしまっているため、ホールに入るともうすでに参加者達が大勢集まっていた。
綺麗なシャングリラがホールを照らし、立食式になっているため、小さな卓上テーブルに料理やデザート、お酒がそれぞれ置いてある。
まずは王族への挨拶が必要のため、私達はまっすぐにレッドカーペットの上を歩いて向かう。
周りからの視線が気になる。
「あれがベアグルント家の」
「自分勝手なことをしたのに、よく来れましたな」
「殿下もそろそろ私の娘を選んでくださればいいのに」
やはり私とリオネスの婚約破棄は未だに噂の熱が冷めていないようだった、
さらにはクリストフに関して嫉妬があった。
「全ての縁談を断っていたクリストフ猊下の心をどうやって射止めたのかしら」
「噂では体で籠絡したと」
「まあ、はしたない……」
クリストフは令嬢達の憧れの的だから、モテる男の妻は大変だとしみじみ思った。
今後も似た嫉妬を受け続けるだろうと。
「ソフィー無理はしていないか?」
小さくクリストフが聞いてくる。私に聞こえているのだから、彼も周りの噂話が耳に入ったのだろう。
だけど私は軽く笑った。
「これくらいなら大したことありませんよ。未来ではこんな生ぬるい仕打ちは受けてませんし」
気に入らなければすぐに暴力を受けるような環境だった。それに比べたらただの噂話程度、可愛いものだ。
「そのようなことに慣れるな、と言いたいが今日ばかりはそれに感謝かもしれないな」
「ええ、だってクリスがいれば危険な目に遭っても絶対に助けてもらえそうですもの。こうやって近くにいるときは無敵に感じます」
「それは結構。だがそんな嘲笑も今日までだ」
クリストフから続きの言葉を聞く前に、国王陛下の御前に着いた。
国王夫妻と王太子のリオネスが中央奥の一段高い席に座っており、私達を見下ろしていた。
王族はみんなそれぞれ別の表情をしていた。
リオネスは私を見て気まずそうに顔を背け、王妃はこちらを睨み、国王は無表情に近かった。
まずはクリストフが先に挨拶をする。
「本日はご招待いただき大変光栄です。まだ新婚ゆえ、不慣れな様子であってもお許し頂きたい」
「ふむ、クリストフ猊下が身を固められたことを喜ばしく思う」
流石は国王。こんな場で私を堕とすようなことは言わない。だが隣の王妃はとうとう我慢ならずに口を出す。
「あなた、何を言っているのですか! この女のせいでリオネスは名誉を傷付けられたのですよ! ソフィアさん、貴女は人として最低な行為をしたことを自覚しているのですか!」
王妃の声が大きいため、周りの雑談も止まってこちらへ耳を傾けられているのが分かる。
甘んじて受けようとしたが、クリストフが口を開く。
「何を仰いますか。元々はリオネス殿下が彼女を蔑ろにしたのが始まりのはずです」
「何を言うか!」
今度はリオネスが立ち上がって、クリストフへ食ってかかった。
だがクリストフは平然としている。
「よくお茶会で周りに彼女の欠点を上げて笑いものにしたと伺っております」
「そ、それは社交では起き得ることだろうが! ソフィアも笑っていたのだから、そのようなことを蒸し返すな!」
「そのような場で彼女が不満を口に出せるはずがありませんでしょうが。私なら絶対にそのようなことはしません」
司祭が言うと言葉の重みが違う。彼が言って思い出したが、たしかに彼から下げられる発言はいくつもあった。
それと言葉だけでなく、たまに平手くらいは受けていたこともあった。
するとその現場を見聞きしていた者達の声も聞こえてきた。
「たしかにお聞きしましたが……」
「王太子殿下とソフィア様の仲なら許されているとばかり……」
リオネスも「ぐっ!」と言葉を失った。だがそれでも王妃が食ってかかる。
「だからと言って――」
「やめないか、二人とも」
仲裁のため国王が間に入った。もし国王までもが敵になったら、お父様へどう謝ればいいのだろう。
だが国王だけは冷静なままだった。
「隣国から其方達の結婚を認めるように通達があった。属国である我らはこの件について触れるのを禁じる」
どうして宗教大国家が一個人の結婚に口を出してくれたのだ。
リオネスと王妃もまだ聞いていなかったようで、口を開けていた。
「どういうことですか、父上! どうして彼の国がそのようなことをお許しになるのですか!」
「リオネス、その話はやめろと言うておる。国王の言葉は息子とはいえ軽くはないぞ」
リオネスは悔しそうに口をつぐんだ。国王の言葉のおかげで、周りにも緊張が走る。
おそらくはクリストフが何かしたのだろう。
「あまり私達がここにいるといらぬ騒ぎになりそうですので、奥の方で参加させていただきます」
クリストフは頭を下げたので、私もそれに倣った。まさか国王がこちらの味方に回ってくれるとは。
私は彼と供に部屋の角の方へと向かう。
「一体、何をされたのですか?」
「それは後日話そう。今はパーティーの最中だからな」
はぐらかされた。だけど彼もいずれ話をしてくれるのなら待てばいい。
彼は私と離れると向かい合った。するとちょうど音楽が流れ始めた。
彼は改めて手を差し出してくる。
「踊ってくださいますか、レディー」
私は彼の手を取った。
「はい……」
周りもどんどんパートナーと踊り出す。私も彼にリードされながら踊った。
久々に踊るため上手く踊れる自信が無かったが、彼がサポートしてくれるため最後まで楽しく踊れた。
彼が側にいてくれて本当に良かった。
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