上 下
37 / 42
最終章 カナリア・ブルスタットはいかがでしょうか

37 初夜ではない初夜

しおりを挟む
 シリウス様と長く唇を合わせて、そして彼のが離れた。
 名残りおしかったが、幸せな時間はこれからも続いていく。
 シリウスが私へ手を差し伸べてくれた。

「一緒に歩こう」

 私はその手を取った。

「はい」

 私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
 一緒に離宮を出てから、エマが用意してくれた馬車に乗り込む。
 私は先に座席に座ると、シリウスがエマへ話しかけていた。

「エマ、今日はカナリアの横を譲ってもらっていいかな」
「ぜひお隣にお座りください!」


 シリウスはいつもの向かい側の席ではなく、私の隣に座った。
 座ってても手を握るので、ずっとドキドキしっぱなしだ。
 他愛の無い話をするだけでも何故だか楽しく感じられた。

 家に帰りつき、一度着替えてから食卓へ向かう。

 ──何だか騒がしいわね。

 何だか慌てた様子で侍従たちが動き回る。
 エマもずっとにこやかで、護衛騎士のメルクはこちらへ視線を合わせようとしない。


「そういえば今日はカナリアの国の料理が完成したから出してくれるそうだ」
「本当ですか!」

 ここの料理も慣れたら食べやすくて好きになっていたが、やはりたまには故郷の味を楽しみたい。
 出された肉や魚のソテーやパスタ等は食べれなくなってからその良さに気付く。
 お腹いっぱいになって、私はとても満足した。

「美味しかったです。シェフにお礼を伝えてくださいませ。エマも後で食べてくださいね。貴女もずっと帝国料理は食べてなかったでしょ?」
「えっ!? あっ、えっと、はい、必ず食べます!」


 エマの様子が何だかおかしい。
 何か隠し事でもあるのだろうか。

「シリウスもご配慮くださりありがとう存じます」
「これくらいどうってことない。そういえば今日は何か予定があるか?」
「もうすでに薬の発送も終えたので特にございません」
「そうか、なら後で俺の寝室に来てくれ」
「分かりました」


 ──ん?

 思わず返事をしたが私の聞き間違いだろうか。
 おそらく執務室の部屋と間違えたのだろう。
 そうに違いない。

「今日は何か執務があるのですか?」
「いいや、今日はもう切り上げている。どれも明日以降に回せる案件だからな」
「そう、なのですね……」


 執務が無いのなら、やはり先ほどのは聞き間違いではないのではないか。
 何だか急に暑くなってきた気がする。
 彼の顔を見ると、私の反応を楽しんでいるように見えた。
 コソッと耳打ちされる。

「今からでもいいけど」
「あ、後で行きます!」

 私はたまらず席を立った。
 入浴を済ませ、私は自分の服装や匂いが変ではないかとエマに確認した。

「何かおかしくないですか? 香水をもっと付けた方が……」
「カナリア様には不要ですよ。急がないとシリウス様が眠ってしまわれますわよ」

 いくら準備をしたと思っていても、やはりもっと万全にするべきではないかと思ってしまう。
 だがエマから背中を押されたので、彼女の言葉を信じて部屋を出た。

「もう昔のように感じますね」
「何がですか?」
「最初にこちらへ来られた時のことです」


 そういえば前に一度、彼に呼ばれて寝室へ向かった。
 あの時は自分のことで頭がいっぱいで、彼とここまで親しくなるとは思っていなかった。


「またメルクが姿を現しませんよね?」

 シリウスに私を呼んだ記憶が無かったせいで、ここを偶然通りかかったメルクと遭遇したのだ。
 薄着だったが、廊下も薄暗い場所だったのでおそらくは汚点にはならないはずだ。

「もう心配しすぎですよ。今日は全員分かっていますから」


 騒々しかった理由がやっと分かった。
 全員にバレていると思うと恥ずかしくなってくる。
 これまで色々なことがあった。
 あれほど蛮国と下に見ていたのに、今ではこの国のことが少しずつ好きになっていっている。
 それはシリウスや友達のヴィヴィ、そして良くしてくれるみんなのおかげだろう。
 だが一人だけ私は気掛かりだった。

「ねえ、エマ……」
「はい?」
「貴女は帝国へ帰りたい?」

 彼女は私の巻き添えでこの国に来てしまった。
 私が不安な時もずっと支えてくれる家族のような存在だ。
 もし彼女が戻りたいなら、アルフレッドに頼んで帰らせてあげたい。

「いいえ。私はカナリア様のお側で働けてとても幸せです」

 ホッとしている自分がいた。
 彼女が残ってくれる事がとても嬉しかった。

「ありがとうね、エマ。何かあればいいなさい。私が必ず守るから」
「はい!」

 彼女と出会えたのは本当に最高神の導きだったのかもしれない。
 私はシリウスの部屋の前にたどり着いた。

「ではカナリア様、近くにおりますので何かあったらお呼びください」
「ええ。今日は大丈夫よ」

 前は震えながら逃げ帰ったのだ。
 だけどもうそんなことはしない。
 私は少しの不安はあったが、彼の元へ行きたい気持ちの方が強かった。
 ノックをすると彼の声が聞こえてきた。

「お待たせしました」

 中へ入ると彼は本を机の上に置いてこちらへ歩いてきた。

「読書の邪魔をしてしまいましたか?」
「いいや、気持ちを落ち着かせようとな。だが全く頭に入らん」
「あら」

 声を押し殺して笑ってしまった。
 そして私も彼に近付き、抱擁をする。
 彼も優しく抱き締めてくれた。
 さらに彼は腰を屈めてキスをしてくれる。

「可愛いよカナリア。もっと見せてくれ」

 そう言って彼は私を抱き抱えてベッドまで連れて行く。
 ゆっくりとベッドに降ろされた私にまたキスをしてくれる。

「震えてるのか?」

 急に前に失敗したことが蘇ってきた。
 ここまできて失敗はできないと考えてしまったのだ。
 だけど彼は優しく微笑んで、いつものように添い寝した。

「夜は長いから焦らなくていい」
「はい……」
「いつも綺麗だよ、カナリア」

 彼の引き締まった体に触れるだけどんどん気持ちが昂っていく。
 甘い言葉も何度も囁いてくれて、私のことをずっと気遣ってくれている。
 私もずっと彼に甘えているわけにはいけない。

「シリウス……」
「ん?」

 彼の大きな手が私の頭を撫でてくれる。
 それがすごく気持ちを落ち着かせてくれた。

「抱いて……ください」

 彼は愛おしそうな目で、ゆっくりと私の服を脱がしていく。
 ずっと望んでいた欲望が表に出てきた。
 彼は綺麗だとずっと言ってくれる。

 不慣れで緊張している私を解してくれて、彼の存在を感じるたびに、私は溶けていきそうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境伯令息の婚約者に任命されました

風見ゆうみ
恋愛
家が貧乏だからという理由で、男爵令嬢である私、クレア・レッドバーンズは婚約者であるムートー子爵の家に、子供の頃から居候させてもらっていた。私の婚約者であるガレッド様は、ある晩、一人の女性を連れ帰り、私との婚約を破棄し、自分は彼女と結婚するなどとふざけた事を言い出した。遊び呆けている彼の仕事を全てかわりにやっていたのは私なのにだ。 婚約破棄され、家を追い出されてしまった私の前に現れたのは、ジュード辺境伯家の次男のイーサンだった。 ガレッド様が連れ帰ってきた女性は彼の元婚約者だという事がわかり、私を気の毒に思ってくれた彼は、私を彼の家に招き入れてくれることになって……。 ※筆者が考えた異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。クズがいますので、ご注意下さい。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

婚約破棄により婚約者の薬のルートは途絶えました

マルローネ
恋愛
子爵令嬢であり、薬士でもあったエリアスは有名な侯爵家の当主と婚約することになった。 しかし、当主からの身勝手な浮気により婚約破棄を言われてしまう。 エリアスは突然のことに悲しんだが王家の親戚であるブラック公爵家により助けられた。 また、彼女の薬士としての腕前は想像を絶するものであり…… 婚約破棄をした侯爵家当主はもろにその影響を被るのだった。

処理中です...