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4章 友達はいかがでしょうか

26 破天荒なカナリア

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 私はシリウス達が心配でジッとしていることが出来ずに、呪いと呼ばれる発疹が出た者達を集めた村へヴィヴィの馬でたどり着いた。


「ほら、ヴィヴィ。一応マスクを付けてください」

 病気の原因が分からない以上は、飛沫感染だけでも防げるようにしないといけない。
 ヴィヴィもマスクを身につけてから私たちは村の中へ入る。
 その時、村人の一人が水を汲んでいるのを見つけた。

「あの方に聞いてみましょう」
「待ってください、カナリー!」」
「きゃっ!」

 ヴィヴィが急に裾を引っ張るので転びかけた。


「ちょっとヴィヴィ、声を掛けてと──」

 叱ろうとした時、叫び声が聞こえた。

「う、うわああ!」

 一体何事かと思ったら、先ほど水を汲んでいた男が走り去って行ったのだ。
 どうして逃げるのか不思議に思っていると、ヴィヴィが私へ教えてくれる。

「カナリー、ここの村の人たちは呪いの差別で心を痛めているから、あまりお話が出来ないと思ってください」
「そう……悪いことをしてしまったわね。でも困ったわ……二人はどこに行ったのかしら?」


 見渡す限りでは、二人の影らしきものがない。
 どうやって探そうと考えていると後ろから私を呼ぶ声がが聞こえた;

「カナリア様! やっと追いつきました!」
「メルク!? ごめんなさい!」


 私はまずは謝った。
 だが彼もそこまで怒ってはおらず、苦笑するだけにとどまった。

「シリウス様の言う通りでした。普段の立ち振る舞いからは想像できないほど、行動的であると言われていたのに……流石に窓から飛び降りるとは考えが及びませんでした」

 ──あれは、ヴィヴィだから!

 あれの発案が私だと誤解されている気がする。
 訂正しようとした時に、顔にフードを被った男性がやってきた。

「村長さんですわね」

 ヴィヴィがすぐに誰か教えてくれる。
 村長なら二人がどこにいるのか知っていそうだ。
 しかし村長は少し駆け足で、また焦った声を出していた。

「ヴィヴィアンヌ様、大変でございます! 先ほどフーガ族の者たちが、お二人を連れ去っていきました!」

 急に血の気が引いた。
 私は村長から詳しく話を聞いてみる。
 フーガ族はブルスタット国王によって土地を奪われた流浪の民であり、王族達に強い怒りを持っているらしい。

「こうしてはいられないわ! 早く助けに行きましょう」
「お待ちください、カナリア様!」


 メルクが私を止めために前を塞ぐ。

「危険です! シリウス様がここに来ることを知っていたのなら、情報を流した者がいるはずです! 騎士達が派遣されるまでお待ちください!」
「そんな悠長なことを言っていたら二人が危ないわ! 特にエマはメイドなのよ! 時間が経てば経つほど死んでしまう可能性が高いの!」


 利用価値の高いシリウスならいざ知らず、帝国出身のエマが無事である保証がない。
 一刻の猶予も無い状況だが、それでもメルクは前を通してくれない。

「こればかりは聞けません! シリウス様からも絶対に貴方様をお守りしろと厳命されております! それに騎士でもないカナリア様では自ら人質になりにいくだけです!」


 私は思わず「うっ……」と言葉に詰まってしまった。
 だけどこのままでは本当に取り返しが付かなくなる。

「何か方法は無いのですか?」
「今は騎士団が合流するまで待つしかありません。騎士が私しかいないのでは、死にに行くようなものです」

 何か大勢を相手にしても勝てる方法がないかを頭を回転させて捻り出そうとした。
 そこで一つの賭けを思い付いた。

「ねえ、ヴィヴィ」


 私は隣のヴィヴィに話しかけると、彼女の顔が真っ青になっていた。


「どうしましたか?」
「い、いいえ。どうかしましたの?」
「フーガ族のことを教えて欲しいの」
「はい……」


 気のない返事だがヴィヴィからフーガ族について教えてもらい、私はある方法を思い付く。
 だがそのためにはやはり危険が付き纏う。
 その時、馬蹄の音が聞こえてきた。

「よっ、お嬢ちゃん、ここにいたか?」

 現れたのは何度も私を助けてくれたくたびれた帽子を被った男だった。

「貴方は先日の……」

 未だに名前を知らない男性だったが、メルクとヴィヴィは二人とも膝を曲げて頭を下げた。


「お久しぶりです、ハロルド王弟殿下!」

 ──王弟殿下!?

 国王の弟ということは、シリウスの叔父ということになる。
 道理で色々な人が敬うはずだ。
 だけどどうしてこのような貧相な服装をしているのだろうか。


「メルクか? 知らない間に大きくなったな。おっと、それよりもシリウスはどこにいる? 急ぎ言わねばならんことがあってな」


 ハロルドは私たちの怪訝な顔に気付き、非常事態ということにすぐに気付いたようだった。
 私たちは今の状況を説明すると、ハロルドも頭を悩ませた。

「あー、くそっ、遅かったか! ガストン伯爵が何やら、きな臭い動きをしているって聞いていたが、フーガ族をけしかけていたのか」
「どういうことですか?」


 どうして帝国の伯爵の名前がここで出てくるのだ。
 またあの男が裏で手を引いているのかと頭が燃え上がりそうだった。


「商人の間で嬢ちゃんたちがエーデルハウプトシュタット領へ向かうことが噂になっていてな。その出所を探すと、ガストン伯爵が情報をばら撒いていたってわけだ。自国のよしみで好感度を上げるためって名目でな」
「それでフーガ族にシリウス様の動きが察知されたってことですか……」
「だが一番の問題は、エーデルハウプトシュタット領にフーガ族がいることだ。ヴィヴィアンヌって言ったよな、これはどういうことだ?」


 ハロルドはヴィヴィアンヌへ強い敵意のある言葉を向けた。
 そこで私はフーガ族がこの領地に匿われていたのではないかということに思い当たる。
 それが図星であるかのようにヴィヴィアンヌは顔を真っ青にしており、嘘が苦手そうな彼女にこの質問はかなりキツそうだった。

「フーガ族を匿わせたら、いつ寝首を掻かれるかわかったもんじゃねえ。それなのにルールを破って、第二王子を誘拐されたんだ。お前らの領地が今後も無事で済む話とは思っていないだろうな?」


 ハロルドの言葉にヴィヴィは言い返さなかった。
 もし彼女の優しさが親譲りなら、行き場を無くしたフーガ族を匿ってしまう過ちを犯してしまうかもしれない。


「ハロルド様、申し訳ございません。私たちが彼らを匿ってしまいました……」

 ヴィヴィが白状した。
 おそらくこの領地は大きな罰を下されることになるだろう。


「懺悔なら後で聞いてやる。早く助けにいかないと取り返しがつかなくなる。メルク、俺と来い! 俺ならフーガ族に遅れはしない」


 メルクはハロルドに言われ、私を一度見た。
 護衛騎士は私の許可が無いと勝手に動けないからだ。

「ハロルド様、メルクはお貸しできません」

 私が断ったことがあまりにも意外と、ハロルドとメルクは言葉を失ったようだった。


「どういうことだ?」
「カナリア様、先ほどまではあれほど助けたいと言っていたではありませんか!」

 ハロルドと共にメルクも私の言葉を信じられないと不安そうな顔で見る。
 勘違いしている二人に私は言葉を付け加えよう。

「私も連れていけばメルクも付いてきます。だから私を同行させてください」

 ハロルドの目が細まり、私へ忠告をしているようだった。
 お前が来てどうにかなる問題でない、とその目は語っており、普通の令嬢なら普通は発言を撤回するだろう。
 残念ながら、私は聞き分けが良くない。

「それとヴィヴィも同行させてください」
「ダメだね。俺はそいつを信用していない」

 断るのは予想通りだ。

「そうですか……それならこれはいかがでしょうか?」


 私は懐から隠していた毒の瓶を取り出した。
 紫色の液体が入っており、見た目からも危ない薬品だ。
 私以外のみんなが目の色を変えた。

「無理矢理がよろしいですか?」

 私はニコッと笑ってみせると、ハロルドは乾いた笑いを見せた。

「はは、冗談がキツイな。嬢ちゃん、何を考えている?」
「このままだとヴィヴィに罰が下るのでしょ? なら私が何もしないわけにはいかないじゃない」


 私はチラッとヴィヴィを見た。
 庇われると思っていなかったような顔だ。

「私は友達なんでしょ? なら後は任せなさい。わたくしが全て解決してあげるわ」
「カナリー……」
「めそめそしない。ほら、貴女なら道がわかるのでしょうから案内してください」
「はい!」

 世話の焼ける友人が出来てしまったが、私は元々誰かのために何かをすることは大好きだった。
 ヴィヴィの案内もあってフーガ族が隠れている洞窟の近くにやってきた。
 夜も深くなっているが、洞窟内には灯りが付いているようで外にも光が漏れている。
 入り口には警備をしている者が二人いる。

「皆さん、少し離れてください」

 私は風元に立って、瓶に入れた眠り薬を取り出した。
 揮発性が高いため、すぐに気化する。
 その性質を利用して、私は見張りへ向けてその薬が向かうように工夫する。
 すぐに効果が出て、見張りは二人とも眠りについた。
 ハロルドが口笛を吹いて私を称賛する。

「やるな、嬢ちゃん」
「今だけです。ここからはお二人に任せますから」
「了解だ。中へ入って救出するぞ」


 ハロルドが先頭になり、私とヴィヴィを守るようにメルクが後ろを走った。
 なかなか洞窟内は広く、おそらくは夜のため眠っている者も多いのだろう。
 全力速で走っていたが、ここで私は一つの失態をした。

「はぁはぁ……」

 まだ体力が戻っていないこともあるが、私はあまり運動が得意ではない。
 ハロルドとメルクは別としても、ヴィヴィもまだまだ軽く走っているようだった。

「ハロルド様、少し速度を落としてください」
「あぁ? っち、しゃーねな」

 みんなが私に合わせてくれる。
 だがそれでも距離が開き始め、とうとう私のために足を止めてくれた。

「ったくよ。さっきまであれほど息巻いていたのにこれか」
「申し訳……ございません」

 急いで息を整えようとしたがなかなか息が整わない。
 だけどゆったりしている時間はなかった。

「メルク、嬢ちゃんの側にいてやれ」
「気にしないでください!」


 私はすぐさま走り出した。
 体力が無いからと言い訳はしたくない。
 だけどまた限界がやってきた。

「嬢ちゃん、なんでそこまで頑張る? 別に頑張らなくても誰も責めねえぞ」


 ハロルドは私へ帰れと暗に言っているのだ。
 だけど私は戻るわけにはいかない。

「はぁはぁ……このフーガ族も嫌われ……者なんでしょ? なら最初の私と一緒じゃない。私がここで何が起きたか知っているの? 味方だと思っていた人達から毒を盛られたのよ」

 今でもあの時に死にかけたことは心を締め付けさせる。
 でも今は少しずつ乗り越え始めている。
 だけど私はまだこの国に仕返しをしていない。

「私は太陽神の試練を受けているけど、ただ試練を終えるだけじゃつまらないじゃない。ヴィヴィの領地だってそうよ。何が呪いの領地よ。勝手なことばかり言う連中をギャフンと言わせないと気が済まないわ」

 私はまた頑張ろうと一度壁に手を触れた。
 するとボコッと手が吸い込まれる感覚があった。
 壁が動いたのだ。
 すると連鎖的に近くの小さな鐘がどんどん、カンカン、と鳴り始めた。
 いわゆる緊急事のお知らせ用だろう。


「おい隠れろ!」


 ハロルドは私の腰に手を回して無理矢理運び出して近くの小部屋へ逃げ込んだ。

「何が気が済まねえだ! 足を引っ張らなくなってから言いやがれ!」
「ご、ごめんなさい……」

 足を引っ張ってしまった。
 どんどん走っていく音が聞こえ、見つかりそうだと心臓がバクバクと音を鳴らす。
 その時、偶然にもハロルドの腰に小さな爆弾が一個ぶら下がっていた。
 私は何故かそれをコソッと奪った。


「にしてもどんどん奥に行っていないか?」
「もしや本当に緊急事態が起きたのではありませんか?」


 ハロルドとメルクは二人で今起こっていることを冷静に分析していた。
 そしてその予想は当たっているのだった。

「シリウス王子が脱走したってな」
「ここで逃げ切れるわけでもねえのに、無駄なことをするぜ」


 フーガ族達がそうぼやいていた。


「あいつもじっとしていられねえな。俺たちも早く行くぞ」

 足音も聞こえなくなったので、前を進んでいったフーガ族達を追っていく。
 すると大きな広間に辿り着いた。

「ちょっと後ろに下がれ!」

 コソッと出口付近で奥を覗き込むと、そちらにはシリウスとエマが追い詰められていた。
 無事でホッとしたがそれでもまだ窮地のままだ。
 だがリーダー格の男が通告する。

「シリウス様、あまりお怪我はさせたくありません。我らの土地が解放されたら無事にお届けしましょう。もし聞き入れてもらえないのでしたら──」

 リーダー格の男が手を挙げると、その手下達が武器を持って殺気立つ。

「それとも大事な婚約者を亡くせば黙りますかな」

 男達が武器を持って、エマへ迫ろうとしていた。

「エマ!」

 私は先ほどハロルドから奪った爆弾を地面へ摩擦させた。

「お、おい。それは俺の爆弾!? いつの間に取ったんだ!」


 ハロルドが驚きの声を上げるが今は構っている暇はない。
 私は渾身の力で爆弾を投げた。
 しかしこれが良くなかった。
 爆弾は真っ直ぐと進まず、壁を跳ね返り、そして私たちの元へ帰ってきた。

「「「「え?」」」」


 みんなの声が綺麗にハモった。
 全員で一目散で逃げ、慌てて物陰に隠れると、ドゴーッンと音を立てた。

 ──失敗した! 急がないとエマが危ない!

 私は急いで注意を引かねばと煙で辺りが見えない中で、大きな声で注意を逸らそうと考えた。
 相手もどんどん煙が晴れてきたことで、またエマへ近寄ろうとしている。
 一か八か──。

「どこの誰かしら。カナリア・ノートメアシュトラーセの大事なメイドに手を出そうとした大馬鹿者は?」

 みんなの視線がこちらへ集まった。
 エマを私と勘違いしているようだから、とりあえずはこれで注意を逸らせるはずだ。
 だが思ったよりもフーガ族が少し臆したように見えた。
 これはもしかしたら、戦わずに勝てるのでは無いだろうか。
 もう一つ、何か決定打がほしい。

「このわたくしを敵に回すのでしたら覚悟しなさい。帝国の淑女は男性だろうとも遠慮しないわよ」

 逆に相手の殺意が私に芽生えたかのように睨まれ、私は震える足をどう誤魔化そうか一生懸命考えていた。
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