上 下
14 / 42
3章 私はいかがでしょうか

14 カナリアからのお礼

しおりを挟む
 薬草を煎じ終えて、粉薬にしたので、私はシリウスの部屋まで持っていく。
 忙しなく文官達も働き、シリウスも指示出しや書類仕事に追われているようだった。
 部屋の前で立っているメイド長が薬を怪しいと検分するが、彼女の目利きではおそらく判断することすらできないだろう。作業に集中していたシリウスも私に気付いて、疲れた顔を輝かせてやってきた。

「カナリア! どうしたんだい?」

 彼の視線が私の手の中にある薬に向かった。

「先ほど疲れているようでしたので、滋養のあるお薬を差し入れました」
「そうか……心配を掛けたね。いただくよ」

 シリウスはすぐに薬を飲み干すと、腕を力一杯上げた。

「何だか元気になった気がする」
「そんな早く効きませんよ。それにしても一人で作業をし過ぎではありませんか?」
「ああ、人が足りていないからな。でもカナリアの薬があればすぐに終わらせられそうだ」

 疲れているのか笑顔に覇気がなくなっている。私はシリウスの横を抜けて書類の束に目を通す。

「こちらの書類なら私でも片付けられそうですね」

 慌てたシリウスが止めにくる。

「カナリアはゆっくりしていいんだ! まだ体も万全では──」
「無用の心配をしないでください。これでも皇室に嫁ぐ予定だった身ですから、執務に関しては自信があります」

 シリウスの制止を無視して、空いている机を借りて作業に取り掛かる。私に何を言っても意味がないとシリウスは仕方なさそうに作業に戻った。それから少しの時間が経つと、綺麗に山になっていた書類が全て片付いた。ペンを置いて、机を綺麗に整頓する。

「流石だな。カナリアが来なかったらもっと掛かっていたよ」

 不眠不休で頑張っていたシリウスは背もたれに体を預けて疲れ果てていた。

「お一人なら仕方ありません。またお手伝いしますので──」

 返事をしたときには、すでにシリウスは眠っていた。
 ふと足が彼の元へと向かう。無防備な顔で眠っており、これはしばらくは起きなさそうだ。

 ──どうして貴方だけは私に優しくするの?

 彼の家族は私のことを嫌っている。それなのに彼だけは私に対しての接し方が違った。頬を触るとスベスベとしており、やはり蛮国といえども栄養は問題なく摂れている証拠だろう。

 ──特に副作用も無いようね。

 処方したのは私なので彼の健康は私が診ないといけない。彼を触るのもそれが目的だし、特に変なことを考えているわけでもない。

「ん……カナリア?」

 シリウスの寝言が聞こえて、飛び退くように離れた。
 まだ寝ぼけているようで、目を擦っており、私が触れていたことには気付いていないようだった。

「すまない。眠ってしまっていたか……?」
「ええ。ゆっくりお休みくださいませ」

 短く返事をして私は内心の動揺がバレないように部屋から出ていく。薬室へと向かって一心不乱に薬作りをする。そうしないと変に意識してしまう。

 それから三日ほどは普通の生活をして、シリウスとの食事をすることにも慣れてきた。
 しかし今日は少しだけ深刻そうな顔をする。

「カナリア、しばらく留守にする」

 シリウスは王子なのだから家を空けることもあるだろう。しかし彼は何か別のことで悩んでいるようだった。

「かしこまりました。どちらへ行かれるのですか?」
「場所は近くだが、兄上の誕生日を三日かけて祝うため帰れないんだ」

 心臓が締め付けられるのを感じた。私に毒を盛った最低な男だ。そうなると私もシリウスの婚約者として出席しないといけない。

「カナリアは参加しなくていい。病気ということにしておくから、君は家に居てくれ」
「ですが……」

 そんなことをすれば私だけでなく、シリウスまでも何か言われるかもしれない。

「大丈夫だ。俺がカナリアを守る。あの時のことは俺も許せないんだ」

 チラッと彼の目が赤く光った気がした。だがそれはすぐに引っ込み、気のせいだったのかと思うほど一瞬だった。

「でも父上の誕生日もひと月後に予定しているから、これだけは一緒に参加してもらわねばならない」

 目を伏せて申し訳なさそうにする。
 国王の誕生日を欠席するのはあまりにも不敬だ。
 ダミアン王子から守ってくれるだけで十分だ。

「あまり思い詰めないでください。気遣いの気持ちだけで大丈夫ですから……」
「すまない。お詫びとして何か贈りたいのだが、欲しい物はないか?」

 欲しい物なんて無いが、何かもらった方が彼の気持ちは少しでも晴れるかもしれない。

「でしたらわたくしに似合う物を一つ選んでくださいませ」
「ああ! 任せてくれ!」

 一気に元気いっぱいになり、腕を組んで一生懸命考える。そのおかしさに思わず笑いが溢れてしまった。するとシリウスが机の上に乗り出して、顔を私へ近付ける。

「もしかして今、笑ってくれたか?」
「笑ってません!」

 どうしてこんなところで意地になってしまうのだろう。ただその反応をシリウスは楽しんでいるようだった。私は話題を無理矢理に変える。

「それよりもわたくしはドレスを持っていないのですがいかがいたしましょうか」
「ドレス? 帝国から持ってきてないのか?」
「お忘れですか? 私は財産を没収されていますので、ここに着てきたドレス一着しかありません。それすらもあの場で汚れてしまっています」

 これからドレスの仕立てをしていては間に合わない。母の形見のためドレスは大切に保管しているが、擦れた跡が少し目立つため、国王の誕生日には相応しくないだろう。

「そうか……それなら母上のドレスを借りてこよう」

 ──そういえばまだシリウス様のお母様とはお会いしてませんわね。

 病床に伏していると聞いており、未だ挨拶すらしていない。どこかで一度お会いしないといけないとは思っていたため、この際だから聞いてしまおう。

「シリウス様、近いうちに王妃様にご挨拶は出来ますでしょうか。初めてお会いするのが国王様の誕生日ではこころよく思われないかもしれませんので」
「それはできない。現在、母上とは誰も会うことが出来ないんだ」

 実の子供も会えないとは、何か伝染病に罹っているのだろうか。シリウスは深刻な顔をしており、その理由を教えてくれそうになかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境伯令嬢ファウスティナと豪商の公爵

桜井正宗
恋愛
 辺境伯令嬢であり、聖女でもあるファウスティナは家族と婚約の問題に直面していた。  父も母もファウスティナの黄金を求めた。妹さえも。  父・ギャレットは半ば強制的に伯爵・エルズワースと婚約させる。しかし、ファウスティナはそれを拒絶。  婚約破棄を言い渡し、屋敷を飛び出して帝国の街中へ消えた。アテもなく彷徨っていると、あるお店の前で躓く。  そのお店の名は『エル・ドラード』だった。  お店の中から青年が現れ、ファウスティナを助けた。これが運命的な出逢いとなり、一緒にお店を経営していくことになるのだが――。

辺境伯令息の婚約者に任命されました

風見ゆうみ
恋愛
家が貧乏だからという理由で、男爵令嬢である私、クレア・レッドバーンズは婚約者であるムートー子爵の家に、子供の頃から居候させてもらっていた。私の婚約者であるガレッド様は、ある晩、一人の女性を連れ帰り、私との婚約を破棄し、自分は彼女と結婚するなどとふざけた事を言い出した。遊び呆けている彼の仕事を全てかわりにやっていたのは私なのにだ。 婚約破棄され、家を追い出されてしまった私の前に現れたのは、ジュード辺境伯家の次男のイーサンだった。 ガレッド様が連れ帰ってきた女性は彼の元婚約者だという事がわかり、私を気の毒に思ってくれた彼は、私を彼の家に招き入れてくれることになって……。 ※筆者が考えた異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。クズがいますので、ご注意下さい。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

処理中です...