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最終章 希望を託されし女神

ヴェルダンディ視点

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 戦いが終わってもう半年が過ぎた。
 神が暴れたせいでかなりの被害が出たので、人を集めて街の復興をしていく。
 しかしそれだけに集中すればいいわけではない。
 土地の魔力が一斉に回復したので、魔物がどこそこ現れて大変だ。
 しかし、魔力不足の苦労よりはマシだとみんなが口を揃えて言っている。
 魔力の恵みが増えて、今ではどこの領土もどんどん成長している。


 俺も王国院の勉強を続けながら、人手不足のため領土で見習いとして、騎士に入団した。
 騎士団長亡き後はセルランが務めると思っていたのだが、あの戦いが終わってからセルランは姿を消した。
 レイナもどうしてか戻ってこない。
 俺は一度王国院からジョセフィーヌの城に戻るため、必要な荷物を整理する。
 その時、一冊の本が見つかる。

「ありゃ、そういえばルキノから預かっていたな」

 ルキノからおすすめされた英雄譚だ。
 なかなか面白く、すぐに読み終わったが、なかなか都合が合わずに返せていない。

「今日はあいつも帰るよな。誰かに伝言してもらって、中庭に来てもらうか」

 俺は侍従にお願いして、ルキノと約束をした。
 先に中庭に行くつもりだったが、もうすでにルキノは待っていた。

「おーい」

 俺が呼びかけるとルキノは気付いた。
 呼び掛けたのが俺なのに、一瞬我を忘れた。

「どうかしましたか?」

 ……何だか普段よりも綺麗な感じがするが気のせいか?

 侍従の話だと急に呼んだので少し怒っていたと聞いていたが、機嫌が直ったのなら嬉しい限りだ。

「前に借りていた本あっただろう。これを返そうと思ってな」

 俺は本をルキノに返した。
 なんだかこれだけで帰るのもなんだし、一度ベンチに座って話をする。

「この本どうでした?」
「面白かったよ。特に竜退治の話はアンラマンユと戦ったときを思い出して、少し興奮したくらいだ」
「ふふ、良かった。なんだが、マリアさまの護衛が無くなるとこんなに時間が余って何をすればいいか分からなくなりますね」

 俺とルキノは主人を亡くしたので、護衛騎士の任が解かれた。
 レティアさまにはもうすでに長い付き合いの護衛騎士はいるので、いまさら俺が入れる場所がないのだ。

「俺は厳しいけど、ルキノならレティアさまの護衛騎士になれたんじゃないか?」

 女性の騎士はいつも人手不足だ。
 だからルキノほど実力があれば簡単に入れると思う。

「そうなのですが、もうしばらく考えたいということで、保留にしてもらっています」
「そうなのか」

 一度話が途切れた。
 本当は聞きたい話があった。
 どうしても勇気が出ない。

「そういえば、ルキノは結婚は考えているのか?」

 思わずやってしまったと思った。
 ルキノはおそらく結婚は厳しい。
 それでも聞くということは完全に気付かれる。

「前に見られたらしいので隠すことはしませんが、わたしのこの傷を見て結婚したい物好きはいませんから」

 自嘲気味に笑う彼女の顔は痛々しかった。
 女性の体はそれ自体が資本だ。
 それなので体に傷があれば誰も結婚対象に入れない。
 だが俺は違う。

「ルキノ、その傷は俺のせいで付けてしまった。だから、そのぉ」
「これはヴェルダンディのせいではないわ。もっと昔に傷が付いたところだから」
「えっ」

 そこで俺は初めてルキノの過去を知った。
 先走ったことで魔物から傷を付けられたこと。
 マリアさまの騎士なら、ずっとお側にいないといけないので結婚していなくてもおかしくはない。
 それでマリアさまに忠誠を誓って、一生を捧げるつもりだったらしい。

「だから気にしないで。だから貴方が責任を感じる必要はないわ」

 ルキノは笑って、席を立った。

「これから戻るのでしょ? また城で会いましょう」

 ルキノはそう言って去ろうとする。

 ……あんな顔で行かせるのか?

 俺は勇気を振り絞って、ルキノの手を握る。

「ど、どうしたの? か、顔が真っ赤だよ?」
「当たり前だ! 俺だってこんなことを言うのは初めてだからよ」
「まるで告白みたいね」
「まるでじゃねえ、これは告白だ!」

 ルキノは一瞬目を瞬いたが、俺の手を振り解こうとしてくる。

「同情なんていらない!」
「同情じゃねえ!」

 ルキノは俺から逃げようとしてくる。

「わたしと結婚したらヴェルダンディが笑われるんだよ!」
「笑わせておけ!」
「それにわたしの体はこんなだし」
「俺はお前が好きなんだ、傷なんて関係ねえ!」

 ルキノはやっと動きを止めてくれた。
 そして顔を歪ませて涙が出てきている。

「あの時、アンラマンユから攻撃されて死んだと思った。だがルキノは自分の身を犠牲にして助けてくれたことで初めて気付いたんだ。ルキノとはずっと側にいて、気付いていなかったけどやっと分かったんだ。俺はルキノが好きだ。大好きなんだ!」

 もう何を言っているのかわからない。
 それでも思いの丈をぶつけるしかない。
 彼女と一緒に歳を刻みたい。

「こんなわたしでいいの?」
「そんなルキノだからいいんだ」
「訓練ばかりすると思うけどいいの?」
「なら俺が相手してやる」

 お互いに見つめあって、ゆっくりと唇と重ねた。
 水の神が祝福してくれているのか、曇りが晴れへと変わった。
 その後俺たちは、一緒にジョセフィーヌに帰った。
 下僕は先に帰っており、レティアさまと共に今後の産業についての話し合いに混じっているようだ。
 俺は下僕用に用意された執務室に向かった。
 ノックをすると入室の許可をもらった。

「久しぶりだな」
「ヴェルダンディ!」

 寝不足の顔で目の下に大きな隈を作っている。
 やることが多くて大変なことは分かっているが、あまりにひどい顔だ。

「あんまり頑張りすぎるなよ。休学して領土のために尽くすなんて、学生の領分を越えているぜ」


 下僕はははっ、渇いた笑いをする。
 このままいくと確実に潰れてしまう気がする。

「もうすぐレティアさまの戴冠式だからね。少しでも領地を良くしていかないと」

 マリアさまが亡くなってレティアさまが代わりに領地を治めることになった。
 ヨハネさまはフォアデルヘに戻ってゆっくりした生活を御所望らしい。


「何か手伝おうか?」
「ありがとう。これとそれをお願いしていい?」

 書類の束を渡されて、一枚ずつ見ていく。
 新しい事業や魔物の討伐などいろいろある。

「マリアさまから託されたからね。一緒に頑張ろう」

 そうして今日は終わった。
 次の日になり、レティアさまがシルヴィになるための話し合いがある。
 今回はマリアさまの側近だった者も招集された。
 各都市の大貴族が集まっているので、かなり重々しい会だ。

「それではレティアさまがシルヴィに成られることがほぼ決まりましたが、本来男児が引き継ぐのが慣わし。マリアさまは蒼の髪を持っていたから例外でございましたが、もしセルランさまが戻ったら彼にシルヴィになってもらいます」
「分かっています。だからその間はわたくしが領地を支えます」


 まだ十一になったばかりのレティアさまにはあまりにも荷が重い。
 気丈にしているが不安でたまらないはずだ。


「レティアさまにほとんど実績がありませんから、なかなか貴族の反発が大きい。いっそのこと反対派閥と結婚して、こちらに引き込むのもいいかもしれませんな」
「えっと、それは……」
「おや、何か別にお考えでも?」

 都市を治めるナビの言うことに反対できずに黙り込む。
 あまりにも可哀想な提案だ。

「それと下僕くん」
「は、はい」
「君は少しばかりでしゃばりすぎだ。魔力が突然変異したとはいえ、君は中級貴族なのだから、あまり仕事を奪いすぎるな」

 あまりの言い分だが、この貴族社会では爵位こそ全て。
 特にナビは大貴族なため、下僕もこれ以上反論ができない。
 もうマリアさまの後ろ盾がない下僕は、色々な貴族から疎まれているのだ。


「それとマリアさまの元側近たちは全員、レティアさまの側近になりなさい。能力の差が酷すぎる。もともとシルヴィに成られるお方の側近だったから、レティアさまの側近よりだいぶ使える」

 レティアさまの側近がいる中でひどい物言いだ。
 能力が低いのなら努力することが当たり前だが、レティアさまは元々他領で結婚する予定だったので、あまり側近になりたがる者はいないのだ。
 そのため優秀な側近を手に入れるのが難しかった。

 ……せめてセルランがいれば勝手なことを言わせないのだろうけど。


 セルランはこの中の誰よりも立場が上でなおかつ博識である。
 このような状況でも見事にこの頭の固い老害たちを黙らせてくれるだろう。

「何だか慌ただしいですね」

 ルキノはコソッと俺に話しかけてくる。
 たしかに廊下で走る音が多い。
 そしてこちらにも報告が来た。

「レティアさま、大変でございます!」
「何事だ」


 レティアさまの代わりにナビが尋ねた。

「城門から三人の襲撃者があり!」
「三人だと? 一体誰がやっているのだ?」

 そんなことわかるはずないだろうと思っていたが、もうすでに誰か分かっているようだ。

「それが、行方不明になっていた、レイナさまとセルランさまです!」


 俺たちは一斉に顔を見合わせた。
 すぐさま城門の方へ向かうと、多くの騎士たちが倒れ伏していた。

「わたしがいない間にかなり騎士の練度が下がっているな。平和ボケしているとまた同じことがあったら何も守れないぞ!」

 セルランは二人の女性を守りながら、騎士たちを返り討ちにする。
 さすがは人間の中での化け物だ。
 俺は武者震いした。

「おいおい、いきなり帰ってきて何をしているんだ、セルランさんよ?」
「ヴェルダンディか。懐かしいな。ルキノもいるのならまとめて相手してやる、かかってこい!」

 まだ俺たちを二人相手にしても勝てると思い込んでいるなら、こっちだって鼻っ柱をへし折るだけだ。

「いくぜ、ルキノ!」
「ええ!」

 俺とルキノの連携はここ最近ではエルトすら倒す。

「ほお、お前たちはしっかり鍛錬しているようだな」

 ほとんど互角の戦いに見えるが、まだまだセルランは余裕を残している。
 だが、これはセルランに勝つのが全てではない。
 俺は一瞬の隙をついて、セルランを抜けた。

「くそっ、そっちが狙いか!」

 セルランの慌てようは胸がスカッとする。
 レイナの隣にいる女性を捕まえればこちらの勝ちだ。

「レイナ、離れていろ!」
「それはできません!」

 分かってはいたが、退かないのなら俺は直接捕まえる。

「甘いわね」

 仮面の女性は俺の攻撃を簡単に避ける。

 ……違う、これは避けているってよりも。

 こちらの攻撃を予想しているのだ。
 全く強そうに見えないのに底知れない威圧感を感じた。
 突如として、転けた。

「いててて」

 足に蔓が絡まっている。
 いつの間にか罠にはめられていたのだ。

「全く、少しは落ち着きなさいよ!」

 そう言って、仮面の女性から風の魔法で反対方向へ飛ばされた。

「セルラン、次はぼくが相手だ!」
「来たか、お前も少しは上達しているのだろうな?」

 下僕がセルランへ戦いを挑もうとしたが、それは阻まれることになった。

「そこまでです!」


 レティアさまが大勢の騎士を連れてやってきた。

「どうして貴方がこの城を襲うのか分かりませんが、シルヴィとなるわたしが許しません」
「おそらく次のシルヴィ候補にわたしの名前が挙がっていると思いますが?」


 セルランの言う通りだ。
 だがレティアは否定する。

「ジョセフィーヌに害をもたらす方をシルヴィには置けません。それとも無理矢理奪いますか?」
「それも面白そうですが、残念ながらシルヴィに相応しい方は一人です」

 そう言って、セルランは道を空けて仮面を付けた女性を前に通す。

「おいおい、まさか」

 仮面の女性は仮面を外して、その仮面を捨て去った。
 その髪は蒼く、そしてこの世の美を備えた女性がいた。
 誰もがあの戦いから、彼女を女神と呼び、そしてーー。

「マリアよ。みんな忘れちゃった?」

 俺たちのマリア・ジョセフィーヌが帰ってきた。
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