悪役令嬢への未来を阻止〜〜人は彼女を女神と呼ぶ〜〜

まさかの

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最終章 希望を託されし女神

閑話囚われの姫1

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 ドルヴィの城へ連行されてから時間が流れるのも早く、結婚式までもう十日しかない。
 わたしはドルヴィの離宮を与えられて、そこで一日中過ごす。
 各領土の貴族たちがわたしに会いにくるが、わたしと懇意にしている者たちは一度も顔を見なかった。

「どうせ門前払いにしているだけでしょうけど」


 わたしを外界から遮断して情報が入らないようにしているのだ。
 毎日ここでの社交を学んでいるが、正直ジョセフィーヌと変わらないので退屈なだけだ。


「あのぉ……マリアさま」


 声を掛けてくるのは、わたしの専属侍従として配属されたユリだ。
 上級貴族で王国院を卒業したばかりの彼女は短い期間だが結婚まではお世話をしてくれる。
 髪の先端だけカールを巻いて、とても可愛らしい彼女だが最近はどうも目に熱を帯びている気がする。


「先日の社交の試験はお見事でした。どれも一度で合格するので先生方もお褒めになっておられましたよ」
「それはわたくしというより前の先生たちが優秀なだけですよ」


 ……スパルタでしたけどね!


 サラスとピエールの指導はこちらの成長を見て急にレベルを上げてくるのだ。
 限界にどんどん挑戦していくので、楽だった時が全くない。
 だがそれを謙遜と受け取ったのか、ユリは顔を赤らめて頬に手をやった。

「マリアさまの髪は動くたびに蒼い軌跡を残されるから、まるでこの世とは違う場所にいるようです」
「そんなことはないわ。それよりも何か用事があったのではなくて?」

 長くなりそうなので、早めに用件を聞く。
 そこでガチャリと部屋を開けてくる人物がいた。


「レディーの部屋に許可無しで入ってくるのは紳士のすることではなくてよ?」

 入ってきたのは十日後に結婚する予定のガイアノスだ。
 どうしてこれほどわたしに執着するのか分からないがこの結婚の意味はおそらく二つ。
 世継ぎと抹殺。
 ガイアノスの魔力はわたしと一緒で高すぎて子供を残すのが難しい。
 同じ魔力量はわたしとアリアくらいしかいないだろう。
 だからわたしに子を残させた後に光と闇の神にこの身を捧げるのだろう。
 何故かこの髪を殺したくて堪らないようだ。
 そうなるとわたしの命はあと一年ということだ。
 ガイアノスはニヤニヤとした顔で話し出す。

「まあ怒るなって。もうすぐ夫婦になるのだからもう少し仲良くしようぜ」
「ガイアノスさま、マリアさまはまだ未婚女性です。これ以上はーー」

 こちらにまた一歩踏み出したので、ユリが前に立ってガイアノスへ注意をする。
 だがガイアノスは苛立ちげにユリの顔を叩いた。
 ユリは痛みから地面に倒れたので、わたしは慌てて彼女が無事かを確かめる。

「たかが侍従風情が俺に命令するな」

 女性の顔に暴力を振るうなんて許せない、頭に血が昇り掛けるがもう一人の人物が現れたことで、どうにか平静を保てた。

「まあまあ、ガイアノスさま」
「ヨハネ……」

 黒いドレスを身に付けたヨハネがガイアノスを宥める。
 彼女はわたしをチラッと見てから、すぐにガイアノスに提案をする。

「あと十日で貴方の物なのですから何を慌てますか?」
「慌ててなどいない。この女が邪魔をするから躾をしただけだ」

 まるで子供のような発言に軽蔑しかこの男にはできない。
 だがヨハネはそういった男の気持ちに察することができるようで、すぐさま切り返した。

「そうでしたか。ではまだお話はしていませんでしたのね」
「お話?」

 どうやら本当にわたしに用があったようだ。
 どうせろくでもない用事なのだろうけど。


「今日の昼からお前を連れて国民にお披露目をする。次期ドルヴィの妻を愚民共にも拝ますくらいはしてやるつもりだ」


 傲慢な発言をしてまた自分の品位を落とす。
 ただ見せびらかしたいだけではないか。

「今日は特製の衣装を用意しているから着替えたらすぐに俺の部屋へ来い、分かったな?」
「分かりました。それでは着替えますので殿方は出て行ってくださいませ」

 わたしは素っ気なく答えたが、どうやらガイアノスには好意的に聞こえたようで、嬉しそうな顔で出て行った。
 残ったのはヨハネだけだ。

「貴女も早く出て行ってくれませんか?」
「もうー、わたしにも冷たくしなくてもいいじゃない」


 急に砕けた感じで話しかけてくるが、わたしはあの城での出来事を忘れてはいない。
 父と母が倒れ、この女のせいでその命を散らした。
 わたしとレティアは親を失ったのだ。
 親を殺したこの女を同じように殺してしまいたい。
 わたしは殺気を込めて彼女を睨んだ。

「それはそうと貴方の側近たちだけど、ビルネンクルベに今居るみたいね」
「ビルネンクルベ?」

 わたしは何も知らない風を装った。
 どうやらわたしの隠れた言葉を上手く拾ってくれたようで、しっかり行動してくれている。
 あと十日しかないが彼らならきっとどうにかしてくれるはずだ。

「どうやらアクィエルさまがシルヴィを裏切ってクーデターを起こしているみたいよ」

 ……アクィエルさんが!?

 まさかアクィエルもこちらを味方してくれるとは思わなかった。
 だがシルヴィを裏切るということは、もし捕まれば彼女の命も危うい。
 ヨハネが動いた時点で勝敗が決してしまう。

「心配しなくてもわたしは何もしないわ。貴女の結婚式が終わるまでここに残りますから」

 わたしの心を読んでくるヨハネの言葉に動揺はしない。
 しかし彼女はこちらの思惑に気付いている。
 それなのに何故何もしようとしないのか。


「各領土のシルヴィたちも五日前までにはこちらに来るそうよ。国民全てが貴方の結婚に注目している。素敵よね?」
「一つだけ聞かせて、貴女はどうしてそっち側に付いたの?」


 わたしは彼女の真意を探る。
 しかし彼女は変わらない笑みを浮かべるだけだ。

「強い者に従うのは生物の本能よ。力が上なら知恵で勝て、知恵が上なら行動で勝て、行動が上なら仲間で勝て、当たり前のことじゃない」


 どこか含みのある言い方に気持ち悪さがある。
 もうわたしは籠の中にいる鳥と一緒だ。
 だがそれでもまだ敗北したわけではない。

「わたくしに勝ったと思うのはまだ早いわよ」

 わたしは最後にこの女に勝つ。
 そして自分の幸せを掴んで見せる。
 その目を彼女は嬉しそうに眺めていた。

「いいえ、もうわたしの勝ちは揺るがない。全てが計画通りよ。あと少しで報われる。だからお願い、最後まで足掻いてね」

 彼女はそう言い残して部屋を出て行った。
 まだまだわたしには彼女の考えがわからない。
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