上 下
229 / 259
最終章 希望を託されし女神

下僕視点3

しおりを挟む
 残ったぼくたちは客間に通されて、しばらく待たされることになった。
 そしてアビ・パラストカーティとメルオープが程なくしてやってきた。
 どちらも心労からか顔に余裕がない。
 早速アビがクロートへお礼を述べる。

「よく来てくれました、クロート殿。先日はシルヴィの御心を推し量れず大変申し訳ないことをしました」

 マリアさまがパラストカーティに現れた魔物を討伐した日のことだ。
 シルヴィの命を破ったことで重い罰に処されるはずだったが、シルヴィの温情とドルヴィの命令だったこともあり不問とされた。
 しかし危うくパラストカーティがマリアさまを守ろうとして、反逆を疑われるところだったのだ。

「いいえ、あれは仕方がないことです。ですがよく今回は踏み止まっていただけましたね」

 クロートは先程ルージュにした質問を繰り返した。
 前に出て答えたのはメルオープだった。

「マリアさまは我々に言いました。剣を振るう理由を持ってこいと。それならば鞘から抜かれるのはマリアさまからの御命令があった時のみ。わたしはそれまでいくらでも待とう」


 メルオープは自信を持って答えた。
 たとえ何があろうとも揺るぎないその立ち振る舞いは、もうすでに学生の域を超えており、次代の領主として器を身に付けていた。
 クロートはその回答に満足して、メルオープへマリアさまの想いを託す。

「それならばちょうど良かった。マリアさまからの御命令を預かっています」

 メルオープの口元が上がる。
 その言葉を待っていたようで、獰猛な獣の目が知性と本能でせめぎ合っているようだった。

「聞かせてもらおう」

 それからぼくたちは考察を交えて伝えた。
 その中でもビルネンクルベとの因縁が仕組まれたことに関することには怒りが前面へと押し出された。
 あまりに衝撃が強すぎたのか、アビ・パラストカーティは手で顔を埋めている。

「そのような……我々は一体何のためにこれほど苦しめられねばならなかったのだ」

 百年もの間、全ての領土から蔑まれた彼らの屈辱はそれを受けた者にしか分からない。
 メルオープが唇を噛んで怒りを我慢しながら言葉を捻り出した。

「一体どうしてこの国は別の神が入ってきたんだ?」
「それはぼくが答えた方がいいかもね」

 突如部屋の外から声が聞こえてきた。
 その声には聞き覚えがあった。
 こちらの許可を聞かずに白衣を着た男が、目の下に隈を作って気怠そうにぼくらに手を上げた。

「ご無事でしたか先生!」


 ぼくはたまらず駆け出して彼に抱きついた。
 学術祭の表彰式から姿を消していたが、彼ならまだ生きていると思っていた。
 ホーキンス先生は誰が相手だろうとも簡単には参ってくれない。
 優しくぼくの頭を撫でてくれる。
 ぼくはゆっくりホーキンス先生から離れた。

「元気そうだね、六番」
「先生こそ、一体今までどこに?」
「それは時間があるときに話そう。君たちが来た理由は聖典を探しにだね?」

 ホーキンス先生の質問にぼくは頷いた。
 どうやらホーキンス先生はもうすでにこのことを知っていたようだ。

「はい。もう何か分かったのですか?」
「もちろんだ。ドルヴィの城でタイルに刻まれた謎の文字は見たね?」


 ぼくは頷く。
 ホーキンス先生はこれまで以上に真剣な顔をしていた。

「数百年前の話だ。おそらく魔力不足が起き始めた頃より少し前だろう。変色した髪を持つ五大貴族が統治していた頃があった。おそらくその頃が栄華を一番にしていた時代だったが、同時にこの国を狙う神の存在もあった。何度も戦い、神々を味方に付けていた五大貴族たちは勝利してきたが、とうとう彼らは敗北したんだ」
「もしかして、あの部屋の汚れた跡は五大貴族のご先祖様が亡くなったからですか?」

 ぼくの質問にホーキンス先生は頷いた。
 最後の力を振り絞って、タイルに文字を残したのだろう。

「でもよ、何で誰も乗っ取られたことに気が付かなかったんだ? 今では当たり前に他の神が浸透しているしよ」
「ヴェルダンディ、そこが一番恐ろしいんだよ」
「あぁ? どういうことだ?」

 よく分からずヴェルダンディは首を傾げていた。
 ぼくは説明する。

「その神は人間が世代を代えなければならないほどの長い時間掛けて、ゆっくりとこの国に入り込んだんだ。そしてドルヴィやアビ・フォアデルヘに成り代わってから計画を遂行したんだ。魔力不足は入り込んだ神たちが原因ということですよね?」
「その通り。神々は封印されて、二神が取って代わった。光の神デアハウザーと闇の神アンラマンユ、この神たちを追い出さない限りこの国の魔力不足は未来永劫解決しない」

 全員が黙ってその事実を噛み締める。
 突如として慌しい足音が聞こえてくる。
 アビとメルオープが苦い顔をする。
 クロートはただならぬ雰囲気を感じて、二人に何があったかを聞く。


「一体どうしました?」
「実は本日ネツキというヨハネさまの側近が監査と称してやってきているのです」

 アビから思いがけない人物の名前を聞いた。
 前にシュティレンツでマリアさまとセルランを騙した、ヨハネの派閥に属する一人だ。

「バレてしまっては厄介なのでここで待っていてください。ここならばーー」


 扉を思いっきり開けられた。
 兵士が雪崩れ込んできた。
 そこには大勢の兵を連れているネツキがこちらを見下したように入ってきた。

「フォフォフォ、懐かしい顔ですね。シルヴィの元側近までこんなところに居るなんて、あの時はどうもお世話になりました」


 思い出すだけでも腹立たしい男だが、まさかこちらの動きを察知しているとは思わなかった。
 ぼくは内心舌打ちをした。
しおりを挟む

処理中です...