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最終章 希望を託されし女神

下僕視点2

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 困った様子でアリアは自分を指差した。

「わ、わたしですか?」

 アリアは伝承について自分で試していないから不安であるようだ。
 しかしどうして今回は送ってくれないのか。


「そうよ、自分たちの問題なんだから自分で解決しなさい。光の髪の聖女は歌い手だったのだから、貴女が出来ないはずはない。それと、もしかしてだけど全員で行くつもり?」
「いいえ、ラケシスとルキノには組織を使った工作に動いてもらいます。王都に潜入してもらい、結婚式の日に混乱を起こしてもらいます。ディアーナにはここに残ってもらい、レティアさまの無事を知らせるため、携帯用の通信の魔道具は持たせておきますので随時報告させます」

 今回パラストカーティに向かうのは、クロート、ぼく、ヴェルダンディ、リムミント、アスカ、アリアとなる。
 結婚式までにやらないといけないことは無数にある。
 万全に万全を重ねて必ずマリアさまを救い出す。

「なら行きましょう。大聖堂に祭壇はあります」

 ぼくたちは夜に大聖堂まで向かった。
 日中だとどうしても騒ぎになってしまうので、夜にしかできないのだ。
 アリアは緊張した面持ちだった。

「えっと、ここで歌を歌うだけでいいのですか?」
「ええ、この国の歌を歌いなさい」

 アリアは大きく呼吸を吸って吐いた。
 覚悟を決めてお腹の底から声を出す。

「すごい……」

 思わず声が漏れてしまった。
 普段のアリアとは思えないほど、重厚な音色がぼくたちの心を鷲掴みする。
 次第に髪色が輝き始める。
 するとぼくたちの体から魔力が出ていくので力が抜けていく。
 マリアさまが踊られる時と同じ感覚であるため、アリアは間違いなく伝承を解放できる人物だ。
 突如として前ににぼくたちを一瞬で移動させた柱が現れた。

「では行きましょう」

 仮面の女が率先して先へ進む。
 ぼくたちも付いていくと、前回辿り着いた城壁に囲まれた中部屋に辿り着いた。

「そういえばここは何処なんですか?」

 ぼくが尋ねると簡単に教えてくれる。

「ドルヴィの城よ」
「やっぱりそうなんですね」


 ドルヴィの玉座が見られるのでそうだと思っていた。
 あともう一点疑問がある。

「あそこに書いてあったタイルの文字を知っています?」

 その言葉だけは即答してくれなかった。
 単純に知らないだけかと思ったが、彼女は汚れた床まで歩いて文字を手でなぞる。

「それはパラストカーティに行けば分かるわ。待ち人が導いてくれるでしょう」

 それ以上答える気はないようだ。
 彼女たちはここからは付いてこないらしく、ここで別れる。
 再度アリアにお願いして、パラストカーティまで送ってもらう。
 辿り着いたのは、前にマリアさまが伝承を解放した、水の神の涙がある湖の近くにある祭壇だった。

「おお、本当に来てくださった!」

 待ち伏せかと思い、全員が警戒してトライードを手に持つ。
 だが待っていた人物は慌てて戦意がないことをアピールする。

「ま、待ってください! ぼくです! パラストカーティの下級貴族のルージュです!」
「ルージュ!? 一体どうしてここにいるんだ?」
「お久しぶりです、ヴェルダンディさま。そのことですが、一度ぼくの屋敷に移動しましょう。この領土もヨハネさまの手の者が多く入り込んでいるので、どこに敵がいるか分からないのです」

 やはりヨハネさまは対策を先んじて講じているようだ。
 ぼくたちは彼を信用して屋敷まで向かった。
 土地に緑が増えても臭いがきつく、冬でもこの臭いかと鼻を摘まむ。
 全員で屋敷に入り、客間へ案内された。
 紅茶も配られて一息吐いて、ルージュに質問をしていく。

「ではルージュくん、聞かせてもらえるかな? どうしてあそこで待っていたのかを?」

 クロートは慎重に彼に質問する。
 まだ完全に味方とは思っていないようだ。
 しかしルージュもそれは承知していた。

「おそらく皆さんもあの仮面の女性からここまで案内されたと思います。詳しくはアビに聞いていただければと思いますが、ぼくたちも彼女の協力でヨハネさまへの対策を早期に立てることができました。昨日、あの祭壇に皆さんが来られると言われたのでぼくが案内人をすることになりました」
「なるほど。ヨハネさまの手の者が居ると仰いましたが、アビへはどう会えばいいのですか?」
「それでしたら、アビが城から抜け出すための隠し通路を教えてもらっています。そこから入っていきます。これから向かいますか?」


 ゆっくりしている時間はない。
 ぼくたちはすぐさま移動を開始する。
 パラストカーティの城から離れたところに森があり、草で覆われて隠れている地下への階段がある。
 ルージュが鍵を開けて中へ入っていく。

「マリアさまはお元気でしたか?」

 唐突にルージュが聞いてくる。
 そういえば学術祭が終わってから色々なことが起こり、マリアさまの安否は外へと出ないようになっていた。
 ぼくは彼に答える。

「捕まってしまいましたが怪我一つないですよ」

 ぼくの言葉を聞いてホッとした表情を見せた。

「良かったです。メルオープさまたちも心配されておりましたがこれでホッとされるでしょう」
「……よく飛び出さなかったですね」

 クロートが突然話に入ってきた。


「失礼ですが、これまでの貴方たちなら飛び出してもおかしくなかったと思いますが」

 クロートの言葉にルージュは返答しない。
 ただ黙って前を進む。
 しばらくすると城へと昇る梯子が見えてきた。
 ルージュを先頭に進み、梯子の蓋を開けて城の中へ入る。
 そこにはパラストカーティの文官が待っていた。

「ここからはこの方が引き継ぎます。それとクロートさま、先ほどのお答えですが、メルオープさまご自身にお聞きくださいませ」


 彼はそれだけ言ってまた地下へと降りていく。
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