悪役令嬢への未来を阻止〜〜人は彼女を女神と呼ぶ〜〜

まさかの

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第五章 王のいない側近

閑話エルト視点

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 わたしの名前はエルトだ。
 マリアさまの側近であるディアーナの恋人であり、シルヴィ・スヴァルトアルフの直属の騎士だ。
 休憩の時間になったので、お昼を食べに食堂へ行った。
 そんなわたしは今気持ちが落ちている。
 何故なら恋人であるディアーナを裏切るようなことをしたからだ。
 ため息が自然と溢れる。
 目の前にトレイが置かれた。
 顔を上げると先輩が苦笑いをしていた。

「おいおいまだ落ち込んでいるのか?」
「そりゃそうですよ」

 残っているパンを口に運んだ。
 まるで土でも食っているかのように味がしない。
 気持ちでここまで料理の味が変わるものだと今更知る。

「それはしょうがねえだろ。主君と恋人の主君じゃ選びようがねえ。運が悪かったとしか言いようがねえ」


 先輩の言う通りわたしは何一つ悪くはないだろう。
 シルヴィの言うことは絶対だ。
 だがマリアさまを知っている身としては、ガイアノスのような知性のカケラもない男に引き渡すのは心が痛む。
 さらにパンを噛もうとすると、頬の痛みがディアーナの涙を思い出させる。

「だがマリアさまの加護が一時的なんてな。数日で消えてしまうならお祝いなんてしなきゃよかったぜ」

 そう、マリアさまの加護はジョセフィーヌ領のように長く続くものでもなかった。
 だがあれは故意ではない。
 何故ならそれの効果があって初めてシルヴィと交渉が出来るのだ。
 だから彼女自身思っても見なかったのだろう。
 ふと目に入った人物がいた。
 スフレ・ハールバランだ。
 シルヴィの文官としてメキメキと実力を上げており、最近結婚したことでさらに頑張るようになったと聞く。
 わたし自身、知らない知識を多く知っている彼を尊敬している。

「おいおい、あいつも奥さんにぶたれたようだな」

 先輩が言った言葉で頬に大きな赤い跡があった。
 その言葉で思い出す。

「そういえばスフレ殿もマリアさまの側近と結婚されたな。おーいスフレ殿!」

 わたしが声を上げるとあちらも気付いてくれたようで、こちらにやってきてトレイを置いた。
 先輩は気を利かせて別のテーブルへ移った。

「お疲れ様です。そういえば今は騎士の休み時間でしたね」
「ええ、シルヴィの護衛は必ず要りますから交代で食事を摂っています。文官は基本決まった時間で摂るのではないのですか?」
「わたしは少しやる事があったので遅くなったのです」

 なるほど、とお互いにスープを飲んだ時に声が出た。

「「痛っ!」」

 頬を叩かれたところが痛んだ。
 それはスフレも同じようで頬を抑えていた。
 スフレと目が合って笑い合った。
 おそらく同じ理由で同じところが痛んだからだ。


「新妻にやられましたか?」
「ええ、どうしてマリアさまをガイアノスさまにお渡ししたんだと、大喧嘩になりました。流石は騎士ですね。わたしでは全く敵いません」

 おそらくスフレの方が力が強くとも手を出さなかっただろうと思うが、ここは笑い話として触れないでおこう。

「わたしも同じくディアーナから頬を叩かれました」

 スフレはそれを聞いて笑ってくれる。

「やはりそうでしたか。同じく主君を持っているので相手の気持ちが分かってしまう。だから受けるしかないのですよね。でも少し落ち込みます」


 同じような理由で同じように喧嘩をしたので、お互いに気持ちがわかる。
 そろそろ勤務に戻らないといけない時間なので、わたしは提案する。

「今日、一杯どうです? 同じ傷を持つ者同士で」
「いいですね。行きつけのレストランがありますので、そこで如何かな?」
「スフレ殿のお店なら是非とも行ってみたい。では勤務後を楽しみにしています」


 わたしは食事を楽しみにしながら時間を待った。
 招待されたお店はまだ出来たばかりらしいが、もともとはスフレの屋敷の厨房で働いていた平民がお店を開いたので通うようになったという。
 厨房で働いていたのなら腕も確かだろう。
 お店の人間に案内されると、かなり身分の高そうな人たちが食事を摂っている。
 スフレの屋敷で料理をしていたから箔が付いたのだろう。
 そこで手を上げているスフレに気付いた。
 わたしは少し足早になり、席へとすぐに辿り着く。

「待たせてしまいましたね」
「いいや、時間ちょうどだよ。ではお昼の続きでも話そう」

 料理が配膳され、ワインが来たところでお互いに乾杯をした。
 軽い雑談を初めて、そこからいい感じに酔いが回ってきたところから、お昼の続きを始める。

「わたしだって心苦しかったんですよ。マリアさまをこの手で捕まえるなんて……」

 あの時のことは全く忘れる事ができない。
 最近は年下だということを忘れるほどのカリスマを魅せる。
 だが彼女を捕まえるために近寄ると、ただの小柄な少女がそこにはいた。
 それなのに気丈に振る舞い、震えすらこちらに感じさせないのだ。

「そうですよね。分かりますよ」
「分かってくださいますか! どうにかシルヴィに乞えば何か知恵を貰えるかもしれないと彼女に伝えようとしたら、シルヴィからお叱りを受けるし、どうすればよかったんですかね」

 彼女の騎士であるセルランにすら申し訳が立たない。
 主君を守るために一人で敵に立ち向かった彼の意志を継いで支えようと思ったのに、結果として友人と恋人を裏切ったのだ。

「わたしも妻のステラに怒られました。主君の命令は絶対でも、もし間違っているのなら諫言一つ言えないで何が文官か、とね」
「うわっ」

 ステラの名はよく耳にする。
 女性騎士の中でもトップの実力を持つ。
 男性騎士でも彼女に勝てる者は少なく、自分より強い騎士と結婚するのはプライドが傷付くようだ。


「それでわたしも思わず言い返したのです。そしたら頬に思いっきりビンタされました」
「ははっ、お互い辛いですね」

 ワインをグイッと飲み干してまた注いでもらう。

「でも彼女たちの気持ちも分かりますよ。わたしたちが逆の立場ならそれはそれは怒ったでしょうね」

 スフレの言葉はすんなりと心に入ってくる。
 やはり彼の方が大人なんだと自覚する。
 ちょっとばかり愚痴が出る。

「ですが、少しくらいはこちらの心情を汲み取ってほしいですけどね」
「それは思いますね」

 ははっ、と笑ってお互いにワインを飲む。

「情けないわね」

 いきなり声を掛けられて、顔を上げると仮面を付けた女がいた。
 噂に聞くシュトラレーセを襲った仮面の女かと思ったが、聞いていた風貌と違いかなり大人の魅力がある女性だ。
 こんな怪しい女をこの店に入れるなんて、この店の人間は何を考えているのだ?

「情けないとは、わたしたちに言ったのですかな?」

 スフレの声が低くなる。
 だが女は特に怯えることなく、給仕に椅子を持ってこさせる。
 椅子がきたことで何食わぬ顔で座る。

「そうよ、見たところ二人はシルヴィに仕える、スフレさまとエルトさまですよね?」

 失礼な女だと思いながらも、どこか逆らえない圧を感じる。
 どこか名のある貴族だろうか。

「ああそうだ。いきなり話に入ってきて、顔すら見せない臆病者に情けないとは言われたくない」

 わたしは強気に話す。
 何故だか、少しでも引いた言葉を使うと負けてしまいそうだと思ったのだ。

「あら、その強気はシルヴィに言えないのね」
「わたしを愚弄する気か?」


 酔っているとはいえ、腰にあるトライードで首を撥ねるのは簡単だ。
 しかしそれでも彼女に怯えはない。

「貴方達と付き合っている女性たちが可哀想ね。恥ずかしげもなく、頬の赤みを人に晒し続けるなんて、敗者と同じじゃない」

 何故だか彼女の言葉を聴いてしまう。
 だがわたしは苦し紛れに尋ねた。

「ならもし其方がわたしの立場だったらどうした?」

 後から思うとこの質問自体が情けなかったかもしれない。
 だが彼女の答えでこの時は何も思わなかったのだ。


「主君と恋人をどちらも取るに決まっています」

 その時稲妻が走った気がした。
 それはスフレも同じらしく、お互いに顔を向き合っていた。
 それは何も特別なことではないが、考えても見なかったことだ。
 再度仮面の女を見たらもうすでに外へ向かっていた。

「スフレ殿、急用を思いだしました」
「奇遇ですね、わたしもです」

 あの時マリアさまたちはシルヴィの玉座の後ろにある部屋で何かを探していた。
 もしかすると彼女たちがしていることは、大事なことかもしれない。
 それに自分の愛する女が敬愛する主人なのだから、それに値することをしているに決まっている。
 早速城へ戻ろうとすると給仕がやってきた。

「スフレさま、申し訳ございません。スフレさまのご友人ということであの方を入れたのですが、お間違いないでしょうか」
「うむ、そうだな。たった今友人となったかもしれん」

 そこで給仕は安心していた。
 そして一枚の紙を渡してきた。

「これは?」
「あの方が渡してほしいと」


 一体何が書かれているのかわたしも気になったので、その紙を一緒に見た。

 味は五十点です。美味しくもなく、不味くもない。まるで貴方たちのようですね。でも次に会うときには百点になっていることを期待しています。あっ、それとここの代金は授業料としてお支払いください。

 食べた品を見てみると、本当に一人で食べていたのかと思うほどの量だった。
 スフレは舌を巻いた。

「あの女、一番高い料理やデザートばかり選びよって……女とは末恐ろしいものだ」


 一体彼女は何者なのか分からないが、只者ではない。
 だが自分たちの情けなさを知ったので、これは教訓にしよう。
 "女には気を付けろ"ということを。
 お互いに割り勘してから店を出るのだった。
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