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第五章 王のいない側近
下僕視点1
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ぼくの名前は下僕だ。
なぜ下僕と呼ばれるのかと言うと、マリアさまが呼ぶようになってそれが定着したからだ。
別にこのような名前を呼ばれているからって自分を蔑んだりはしない。
ぼくはそう呼ばれるに値する人間だ。
父と母はヨハネさまに仕える裏切り者たちだった。
もちろん最初はぼくの意思でマリアさまに仕えていたが、王国院に入ってからは両親からマリアさまの近況を逐一報告するよう命令されていた。
ヨハネさまへ情報を送るためだ。
いずれはマリアさまを完全に裏切ることだっただろう。
だが未来から来たぼくがクロートという名に変えて両親を殺した。
それから色々なことがあった。
マリアさまが季節祭に優勝してからは、攻めてきたヨハネさまから身を隠すため、スヴァルトアルフへ過ごしていた。
このまま平穏であればいいと思っていたが、とうとうマリアさまは王族領の下へ連れて行かれた。
ぼくたちは主人を失い、何をするべきかは分からなくなっていた。
一度側近で集まり、今後について考えることになる。
「どうして貴方が付いていながら、マリアさまをみすみす相手に差し出したのですか!」
「落ち着いてください!」
集まってすぐリムミントはクロートを責め、詰めかけようとした。
急いでルキノがリムミントを抑える。
だがこれはどうしようもない。
「姫さまからは動くなという指示が出ました。自分よりレティアさまを優先されたからです」
マリアさまはもう逃げ場を塞がれていた。
そしてシルヴィ・スヴァルトアルフがマリアさまを捕まえるに至った理由も予想以上の理由だった。
「どうしてマリアさまが解放したはずの伝承の効果が失われたのでしょう」
ルキノの疑問は誰もが答えられなかった。
マリアさまがせっかくスヴァルトアルフの伝承を全て解放したことで交渉することができたのに、その軸となる魔力回復が一時的で終わり、また魔力不足が始まったという。
「くそっ、あんだけ苦労したのに!」
ヴェルダンディは悪態を吐く。
だがみんな同じく感じている。
せっかくもう少しで何か分かりそうだったのに、また最初の地点に戻った感じだ。
普段明るいアスカも完全に気持ちが折れている。
「でもドルヴィが光の神って本当なのですか? 神がマリアさまの死を望んでいるって」
「うん……その口で言っていた」
アスカの言葉を肯定する。
本来マリアさまは死ぬはずだった。
それをクロートが来てから人が変わったかのように、いや、昔のようにまた生き生きと行動するようになった。
そのおかげか本来死ぬはずだった時期から大きくずれている。
だから安心したのかもしれない。
もうマリアさまならどうにかしてくれると。
だが結局は意味がなかった。
ヴェルダンディは今にも飛び出したいのを抑えて、ぼくたちに提案してくる。
「レティアさまをこっちで救出してすぐ王城へ乗り込もうぜ。次はこちらの弱味を見せないよう気を付ければーー」
「無理だよ」
ぼくは断言した。
敵が多すぎるのだ。
ヨハネさま、ゼヌニム、スヴァルトアルフ、ドルヴィ、というぼくたちでは全く勝てない相手だ。
誰が考えても、マリアさまを助け出すことはできない。
グイッと首元を引っ張られる。
目の前のヴェルダンディが信じられないような形相でぼくを睨んでいた。
「何が無理だ! やってもいないのに何で言い切れる!」
ぼくの頭もカーッとなった。
「ならどうやるんだよ! どうやって国を敵に回して救い出すーー」
頬が熱くなるのと同時に吹き飛ばされた。
それは殴られたからだと今気付いた。
だがそれだけで終わらず馬乗りされて、さらなる追撃がやってこようとする。
「ちょっとヴェルダンディ! やりすぎよ!」
「離せ!」
ルキノが止めに入ってくれたおかげでどうにかそれ以上痛い思いをしなくてよくなった。
だがそれでも興奮は収まらないようだ。
ぼくはゆっくり身体を起こす。
「ヴェルダンディ、落ち着きなさい」
クロートが冷静にヴェルダンディを諭す。
次にヴェルダンディの目はクロートへ向けられた。
「おい、お前もこいつと同じことを言うのか!」
「勘違いなさるな」
クロートから底知れない圧を感じた。
それでヴェルダンディも少しは冷静になる。
「この男に感情を動かすのは勿体無い。貴方の考えは正しいですよ、ヴェルダンディ」
「え?」
思わずクロートを見てしまった。
彼はぼくであり、ぼくは彼でもある。
それならば論理的にぼくと同じ考えを持っていると思っていた。
「ですが感情的に動いてはいけない。相手がこちらを上回る戦力を持つ以上、こちらは十分に準備をして臨まないと返り討ちに遭います。幸いにも結婚式までまだまだ時間もあります。各々の役割を洗い出しますので、それまで体を休めてください。だが弟だけは何もしなくて結構です」
彼から戦力外通告を受ける。
その言葉から冗談ではなく本気で言っている。
「ああ、それがいい。腰抜けなんか居ても邪魔だ」
ヴェルダンディは吐き捨てるように言って部屋から出ていく。
他の面々も続いて出ていき、残ったのはぼくとクロートだけだった。
「無様ですね。本当にこの頃のぼくは無様だ」
クロートが眼鏡を取って軽蔑した眼でこちらを見ている。
だがぼくにだって言い分はある。
「どうやってやるんだよ。この人数でどうやってヨハネさまを出し抜く? こんなの自殺と変わらない……王のいない側近ではどうしようもできないんだよ!」
思った以上に大きな声が出た。
気弱なぼくがこれほど強気に言えるのは、もう一人の自分に対してだからかもしれない。
「お前はいつから側近だと勘違いしている?」
「え?」
クロートはぼくの言葉を気にせず続ける。
「魔力も低く、大した案も出せず、そして主人の危機にすら立ち上がれない。春にメルオープさまが喧嘩の仲裁や毒殺未遂を救った件でお礼に来た時、セルランは言ったそうですね。五大貴族の当主となるマリアさまの側近にはそれに見合った格が必要だと。ぼくはあの男が大嫌いですが、その言葉だけは認めざるを得ない。お前はもともとお側に侍る資格すらない。ヨハネさまから一度救った功績で近くにいることが許されただけで、ただのダニのように存在を認知されていないから追い出されないに過ぎない」
言い切るクロートにぼくだって反論がある。
「それはお前もだろ! お前も僕なんだーー」
腹を蹴られた。
ぼくの何倍も鍛えられた肉体は身体強化をしなくても軽々と吹き飛ばす。
あまりにも強い痛みに腹を押さえて咳き込む。
「お前と一緒にするな。主人が居て、心を擦り減らさずに、肉体も無事のまま、どうして無理だと言い切れるんだ?」
クロートは悶絶しているぼくの頭を踏みつける。
同じぼくなのに全く容赦をしない。
だんだん力が強くなっていく。
「マリアさまの成長で陰を見なかったせいで、こんなにもぼくの精神が腐敗しているとは思わなかった。あの時、マリアさまはぼくではなく、お前の名前を呼んで助けを求めた。口惜しいよ、力も魔力も知恵も身に付けたぼくより、何もしていないお前が求められて」
頭から足を退けられて、再度蹴り飛ばされた。
意識がどんどん失われていく。
「王のいない側近などと自惚れた言葉を二度と吐くな」
誰かが部屋に入ってきた。
だがそれを確かめる前にぼくの意識は途切れた。
なぜ下僕と呼ばれるのかと言うと、マリアさまが呼ぶようになってそれが定着したからだ。
別にこのような名前を呼ばれているからって自分を蔑んだりはしない。
ぼくはそう呼ばれるに値する人間だ。
父と母はヨハネさまに仕える裏切り者たちだった。
もちろん最初はぼくの意思でマリアさまに仕えていたが、王国院に入ってからは両親からマリアさまの近況を逐一報告するよう命令されていた。
ヨハネさまへ情報を送るためだ。
いずれはマリアさまを完全に裏切ることだっただろう。
だが未来から来たぼくがクロートという名に変えて両親を殺した。
それから色々なことがあった。
マリアさまが季節祭に優勝してからは、攻めてきたヨハネさまから身を隠すため、スヴァルトアルフへ過ごしていた。
このまま平穏であればいいと思っていたが、とうとうマリアさまは王族領の下へ連れて行かれた。
ぼくたちは主人を失い、何をするべきかは分からなくなっていた。
一度側近で集まり、今後について考えることになる。
「どうして貴方が付いていながら、マリアさまをみすみす相手に差し出したのですか!」
「落ち着いてください!」
集まってすぐリムミントはクロートを責め、詰めかけようとした。
急いでルキノがリムミントを抑える。
だがこれはどうしようもない。
「姫さまからは動くなという指示が出ました。自分よりレティアさまを優先されたからです」
マリアさまはもう逃げ場を塞がれていた。
そしてシルヴィ・スヴァルトアルフがマリアさまを捕まえるに至った理由も予想以上の理由だった。
「どうしてマリアさまが解放したはずの伝承の効果が失われたのでしょう」
ルキノの疑問は誰もが答えられなかった。
マリアさまがせっかくスヴァルトアルフの伝承を全て解放したことで交渉することができたのに、その軸となる魔力回復が一時的で終わり、また魔力不足が始まったという。
「くそっ、あんだけ苦労したのに!」
ヴェルダンディは悪態を吐く。
だがみんな同じく感じている。
せっかくもう少しで何か分かりそうだったのに、また最初の地点に戻った感じだ。
普段明るいアスカも完全に気持ちが折れている。
「でもドルヴィが光の神って本当なのですか? 神がマリアさまの死を望んでいるって」
「うん……その口で言っていた」
アスカの言葉を肯定する。
本来マリアさまは死ぬはずだった。
それをクロートが来てから人が変わったかのように、いや、昔のようにまた生き生きと行動するようになった。
そのおかげか本来死ぬはずだった時期から大きくずれている。
だから安心したのかもしれない。
もうマリアさまならどうにかしてくれると。
だが結局は意味がなかった。
ヴェルダンディは今にも飛び出したいのを抑えて、ぼくたちに提案してくる。
「レティアさまをこっちで救出してすぐ王城へ乗り込もうぜ。次はこちらの弱味を見せないよう気を付ければーー」
「無理だよ」
ぼくは断言した。
敵が多すぎるのだ。
ヨハネさま、ゼヌニム、スヴァルトアルフ、ドルヴィ、というぼくたちでは全く勝てない相手だ。
誰が考えても、マリアさまを助け出すことはできない。
グイッと首元を引っ張られる。
目の前のヴェルダンディが信じられないような形相でぼくを睨んでいた。
「何が無理だ! やってもいないのに何で言い切れる!」
ぼくの頭もカーッとなった。
「ならどうやるんだよ! どうやって国を敵に回して救い出すーー」
頬が熱くなるのと同時に吹き飛ばされた。
それは殴られたからだと今気付いた。
だがそれだけで終わらず馬乗りされて、さらなる追撃がやってこようとする。
「ちょっとヴェルダンディ! やりすぎよ!」
「離せ!」
ルキノが止めに入ってくれたおかげでどうにかそれ以上痛い思いをしなくてよくなった。
だがそれでも興奮は収まらないようだ。
ぼくはゆっくり身体を起こす。
「ヴェルダンディ、落ち着きなさい」
クロートが冷静にヴェルダンディを諭す。
次にヴェルダンディの目はクロートへ向けられた。
「おい、お前もこいつと同じことを言うのか!」
「勘違いなさるな」
クロートから底知れない圧を感じた。
それでヴェルダンディも少しは冷静になる。
「この男に感情を動かすのは勿体無い。貴方の考えは正しいですよ、ヴェルダンディ」
「え?」
思わずクロートを見てしまった。
彼はぼくであり、ぼくは彼でもある。
それならば論理的にぼくと同じ考えを持っていると思っていた。
「ですが感情的に動いてはいけない。相手がこちらを上回る戦力を持つ以上、こちらは十分に準備をして臨まないと返り討ちに遭います。幸いにも結婚式までまだまだ時間もあります。各々の役割を洗い出しますので、それまで体を休めてください。だが弟だけは何もしなくて結構です」
彼から戦力外通告を受ける。
その言葉から冗談ではなく本気で言っている。
「ああ、それがいい。腰抜けなんか居ても邪魔だ」
ヴェルダンディは吐き捨てるように言って部屋から出ていく。
他の面々も続いて出ていき、残ったのはぼくとクロートだけだった。
「無様ですね。本当にこの頃のぼくは無様だ」
クロートが眼鏡を取って軽蔑した眼でこちらを見ている。
だがぼくにだって言い分はある。
「どうやってやるんだよ。この人数でどうやってヨハネさまを出し抜く? こんなの自殺と変わらない……王のいない側近ではどうしようもできないんだよ!」
思った以上に大きな声が出た。
気弱なぼくがこれほど強気に言えるのは、もう一人の自分に対してだからかもしれない。
「お前はいつから側近だと勘違いしている?」
「え?」
クロートはぼくの言葉を気にせず続ける。
「魔力も低く、大した案も出せず、そして主人の危機にすら立ち上がれない。春にメルオープさまが喧嘩の仲裁や毒殺未遂を救った件でお礼に来た時、セルランは言ったそうですね。五大貴族の当主となるマリアさまの側近にはそれに見合った格が必要だと。ぼくはあの男が大嫌いですが、その言葉だけは認めざるを得ない。お前はもともとお側に侍る資格すらない。ヨハネさまから一度救った功績で近くにいることが許されただけで、ただのダニのように存在を認知されていないから追い出されないに過ぎない」
言い切るクロートにぼくだって反論がある。
「それはお前もだろ! お前も僕なんだーー」
腹を蹴られた。
ぼくの何倍も鍛えられた肉体は身体強化をしなくても軽々と吹き飛ばす。
あまりにも強い痛みに腹を押さえて咳き込む。
「お前と一緒にするな。主人が居て、心を擦り減らさずに、肉体も無事のまま、どうして無理だと言い切れるんだ?」
クロートは悶絶しているぼくの頭を踏みつける。
同じぼくなのに全く容赦をしない。
だんだん力が強くなっていく。
「マリアさまの成長で陰を見なかったせいで、こんなにもぼくの精神が腐敗しているとは思わなかった。あの時、マリアさまはぼくではなく、お前の名前を呼んで助けを求めた。口惜しいよ、力も魔力も知恵も身に付けたぼくより、何もしていないお前が求められて」
頭から足を退けられて、再度蹴り飛ばされた。
意識がどんどん失われていく。
「王のいない側近などと自惚れた言葉を二度と吐くな」
誰かが部屋に入ってきた。
だがそれを確かめる前にぼくの意識は途切れた。
応援ありがとうございます!
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