悪役令嬢への未来を阻止〜〜人は彼女を女神と呼ぶ〜〜

まさかの

文字の大きさ
上 下
209 / 259
第五章 王のいない側近

勝利の握手

しおりを挟む
 騎士ではないが女のわたしくらいなら負ける気がしないのだろう。
 彼は今回の勝者の特権を確認する。

「今回の条件は、わたしが勝てば側近全員を人質として取る、其方が勝てばシルヴィを裏切ることでなければわたしはどんなことでも協力しよう」

 わたしは同意のため首を縦に振る。


「ええ、構いません。それでいいでしょうか、シルヴィ・スヴァルトアルフ?」

 わたしが横を向いて同意を求める声を上げると、全員がその方向へ目を向けた。
 テラスからシルヴィがこちらを見ていた。
 まさかこちらを見ていると思ってもみなかったであろうアビ・グレイルヒューケンが慌て出した。
 要らぬ騒ぎで罰せられると思ったみたいだ。


「かまわん」


 シルヴィの許可もあり、彼もホッとしていた。

「ではルールは魔法禁止で、一太刀でも浴びれば負けてよろしいですか?」
「もちろんだ」

 同意も得られた。
 お互いにトライードを構えて、急にアビ・グレイルヒューケンは笑い出した。

「ふふふ、ははは!」

 急な笑いが起きたと同時に複数の騎士たちが現れて、側近たちを取り囲んだ。

「一体なんですの?」
「マリアさまの魂胆は見え見えだ。このルールは魔法の使用は禁止、ならば魔道具や外からの手助けは許されるというのだ。ならば最初からそれを封じればいい」


 どうやらわたしの考えの裏を読んだ結果の行動らしい。
 確かにそういった意味もあってあまり深くルールを決めなかった。
 馬鹿ではないようで、すべてに疑った結果らしい。

「どうした? 顔色が悪いのではないか!」
「さあ、何のことでしょう」
「負け惜しみも先が見えているとこれほど愉快なことはない」

 もう勝ちを油断したのか彼は笑いを押し殺している。

「魔道具も其方の動きだけ見ておけば防げる。アビ・シュトラレーセ、試合を始めろ!」

 こちらを心配そうに見てくるがもう試合を始めるしかない。
 アビ・シュトラレーセは試合のコールをする。

「決闘開始!」

 始まったと同時にわたしは駆け出した。
 先手必勝で決着を付ける。
 懐から魔道具である小さな小瓶を取り出した。

「やはりそうか!」

 気付かれることは想定していた。
 わたしは瓶を周囲に合計四本投げた。
 瓶が地面との衝突で割れて中身が溢れる。
 すると周りの花が咲き出して、木々が成長を始めた。
 わたしの魔力を閉じ込めていたので、大地に奉納されると生物の成長を早めたのだ。
 雑草の成長も早まり、わたしの姿が分からなくなっただろう。
 しかし。


「っふ! それで姿を隠したつもりか!」

 雑草を切り裂いてわたしを補足した。
 すぐさまこちらの距離を縮めてくるので、追いつかれるのは時間の問題だ。
 わたしの身体能力は正直言って無いに等しい。
 食器より重たい物を持たないのでそれは仕方ない。
 だからわたしは頭で勝つしかない。
 方向転換して逃げから攻めへと転ずる。

「いやああああ!」

 わたしは気合を入れてトライードを上段から振り下ろそうとした。

「えっ?」

 アビ・グレイルヒューケンは腑抜けた声を出した。
 何故ならわたしのトライードはすっぽ抜けて空高く舞い上がっているからだ。
 さらにわたしはすっ転げた。

「そりゃねえぜ、マリアさま!」

 ヴェルダンディが叫んでいた。
 全員の気持ちを代弁しているようで、それを取り囲んでいる騎士たちは笑っていた。
 そしてアビ・グレイルヒューケンも大きく笑っている。

「おいおい、なんだそれは? 流石に貴族の令嬢が戦いなんて出来ないか。わたし以外なら策に全く気付かなかっただろうが、最初に手を封じれた時点で負けですよ。顔なんて傷付けられたくないでしょうから、大人しくしておけば鎧にコツンて当てるだけで済みますよ」

 彼はゆっくりトライードをこちらに近付けてくる。
 勝利は目前なので、笑いが止まらないことだろう。

「あら、お優しいわね。お言葉を返すようだけど、その場を動かない方がよろしいですわよ」
「あぁ? 何を言ってーー」

 コンっ。
 トライードが鎧に触れた音だ。
 わたしのトライードが間違いなく、アビ・グレイルヒューケンの肩に当たり弾かれて落ちた。
 もう少しで彼の脳天に突き刺さっていたかもしれない。
 その光景を見ていた者は等しく時が止まったかのように呼吸を忘れた。

「そ、そこまで! 勝者、マリア・ジョセフィーヌ!」

 審判のコールも流れて勝敗が決した。
 一拍置いてから、全員の時は動き出す。

「おお、勝ったぞ!」
「流石は姫さまです!」

 ヴェルダンディとラケシスが喝采をあげていた。
 他の側近たちも胸を撫で下ろしたようだ。

「な、なんだと!?」

 アビ・グレイルヒューケンは上を見上げた。
 ちょうどそこには木の枝が真上にある。

「気付いたかしら? わたくしのトライードはあの枝に当たって予想以上に早く落ちてきたのよ」

 説明するまでもなく理解しただろう。
 彼は呆然と上を見ている。
 一体何を思っているのかはわからないが、ゆっくりシルヴィへ目を向けた。
 だがもうすでにシルヴィは背を向けてテラスから城の中へ入っていっていた。
 自分のトライードを落として、膝を付いていた。

「最初からこの作戦を考えていたのか?」

 わたしに問いかけてくるので肯定した。

「ええ、もしもの作戦を五つくらい用意していたけどこの作戦で行けると確信したわ」
「それはわたしが慢心していたからか?」
「ええ」
「そうか……」

 疑い深い男がわたしの作戦を読み切っていたと思ったところで勝敗は決した。
 彼は怒りなどの感情のせいで、自分が持っている一番の強みを無くしたのだ。

「では約束を守ってもらえるかしら?」

 わたしは自身のトライードを拾い上げながら答えを待った。

「ああ、言う通りにしよう。だが少しでもシルヴィに害を為せばその首はもらいうける」
「そんなことはしないわ。貴方のシルヴィがわたくしに何もしない限りね」


 わたしはアビ・グレイルヒューケンに手を差し出した。

「これは?」

 戸惑った顔で手をぼんやりと見ていた。
 わたしは笑顔で答えた。

「決闘の後はお互いを称え合うものよ。そんなの常識じゃない」

 一瞬喉を鳴らして、わたしを見て再度わたしの手を見た。

「それもそうだ。騎士でなくとも当たり前の常識だ」

 自分の言葉に納得して、わたしの手を握り返した。
 これでわたしは一人の仲間を手に入れたのだ。

「マリアさまはマンネルハイムの後にアクィエルさまを煽っていましたがね」
「ふんっ!」

 下僕が余計な一言を呟くので、トライードを投げてあげた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

[完]出来損ない王妃が死体置き場に捨てられるなんて、あまりにも雑で乱暴です

小葉石
恋愛
 国の周囲を他国に囲まれたガーナードには、かつて聖女が降臨したという伝承が残る。それを裏付ける様に聖女の血を引くと言われている貴族には時折不思議な癒しの力を持った子供達が生まれている。  ガーナードは他国へこの子供達を嫁がせることによって聖女の国としての威厳を保ち周辺国からの侵略を許してこなかった。      各国が虎視眈々とガーナードの侵略を図ろうとする中、かつて無いほどの聖女の力を秘めた娘が侯爵家に生まれる。ガーナード王家はこの娘、フィスティアを皇太子ルワンの皇太子妃として城に迎え王妃とする。ガーナード国王家の安泰を恐れる周辺国から執拗に揺さぶりをかけられ戦果が激化。国王となったルワンの側近であり親友であるラートが戦場から重傷を負って王城へ帰還。フィスティアの聖女としての力をルワンは期待するが、フィスティアはラートを癒すことができず、ラートは死亡…親友を亡くした事と聖女の力を謀った事に激怒し、フィスティアを王妃の座から下ろして、多くの戦士たちが運ばれて来る死体置き場へと放り込む。  死体の中で絶望に喘ぐフィスティアだが、そこでこその聖女たる力をフィスティアは発揮し始める。  王の逆鱗に触れない様に、身を隠しつつ死体置き場で働くフィスティアの前に、ある日何とかつての夫であり、ガーナード国国王ルワン・ガーナードの死体が投げ込まれる事になった……………!   *グロテスクな描写はありませんので安心してください。しかし、死体と言う表現が多々あるかと思いますので苦手な方はご遠慮くださいます様によろしくお願いします。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...