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第五章 王のいない側近

王のいない側近

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 セルランの背中に掴まり、風圧で吹き飛ばされないようにした。
 どういうわけか少しばかりセルランの体がよく動いた。

「セルラン、体の調子が悪いの?」
「い、いえ、特に不調はありません」

 わたしが尋ねるとまたビクンと体が動いた。
 何だか怪しい。
 わたしは耳を彼の体にくっつけた。

「むむむ」
「一体何をしているのです?」

 クロートが並行してきた。
 少しばかり声に苛つきがあるようだ。
 緊急事態なのでふざけているように見えたのだろう。

「なんだかセルランの様子がいつもと違うと思って。だから体の中で何か起きたのか調べてみたの」
「それで耳をくっつけているのですか、体調が悪いのならわたしが代わりますが?」

 クロートがセルランに尋ねると慌てた様子で答えた。

「も、問題はない。マリアさま、わたしのことはあまり気になさらず」
「そう、あまり無茶をしないようにね」

 クロートもそれ以上口を挟むことはしなかった。
 飛行を続けていると大きな煙が見えた。
 わたしの城がある方角だ。
 おそらくもう制圧間近だろう。
 しかしお母さまだけは助け出さないといけない。


「マリアさま、しっかりお掴まりください」

 わたしはセルランに言われるままにしがみつく。

「各位、空から急降下にて城へと向かう。相手に時間を与える前に城へと侵入する。テラスから一気に玉座まで向かうぞ」

 全員が返事をして、一度空へ上がる。
 雲を越えてから全員が付いてきたのを確認し急降下を始めた。
 重力と加速度が加わり、体が吹き飛ばされそうだ。
 わたしは何とか前を見ると城ではたくさんの騎士たちが戦っている。
 死体もたくさん転がっているのが見えた。

「お、おい! あれはマリアさまだ!」


 誰かが叫んだのが聞こえた。
 おそらくはわたしの領土の者だろう。
 喝采が聞こえてくる。

「騎士団長さまでも止められなかったか。騎士たちよ、マリア・ジョセフィーヌを行かせてはならない!」

 王族領の騎士たちがわたしを狙ってくる。

「行かせるな! 我らの姫まで失ったら恥と知れ!」
「おおおお!」

 ジョセフィーヌの騎士がわたしの道を開けるため決死の戦いをした。
 誰からも妨害されることなくテラスに辿り着いた。
 全員が騎獣が降りてテラスから廊下へ侵入する。

「侵入者だ!」

 王族領の騎士が廊下で叫んでいる。

「侵入者はどっちだ!」

 ヴェルダンディとルキノが前に出て騎士たちを斬り伏せていく。
 鎧で強化もしているので、普通の兵士に遅れを取ることはない。
 だがもたもたしていると敵も集まってくるのですぐに走り出した。
 玉座までの道でたくさんの騎士が亡くなっている。
 その中には顔見知りも多い。
 幼少の頃から勤めている騎士たちの無念な顔をした亡骸を見た。

「姫さま、お気をしっかり持ってください」

 クロートから声を掛けられてハッとなった。
 今は彼らを悼んでいる場合ではない。
 玉座のあるドアをセルランが切り裂いた。
 そこには横たわるお母さまと玉座で肩を貫かれたお父さまがいた。
 そして笑っているわたしの従姉妹がいた。

「ヨハネぇぇえ!」

 わたしの魔力が膨れ上がるのを感じた。
 だがヨハネは怯えることなく、お父さまに剣を突き刺した。

「ぬおぉ!」
「お父さま!」

 まだお父さまは生きている。
 だがヨハネのことだ、これは何か意味があるのだろう。

「よく来たわね、マリア・ジョセフィーヌ。いい顔になったわ。わたしからの贈り物たちは良かったかしら? 泣いているセルランは可愛かったでしょう? 傷だらけの侍従は美しかったでしょう?」


 その顔は血で汚れていた。
 まるで悪魔の女のようだ。
 実の弟すら手駒のようにしか感じていない悪魔がいた。

「あね……うえ……、そこに倒れている騎士は父上か?」

 わたしは壁際に血だらけで倒れている男に気が付いた。
 青の鎧を身に付けたお父さまの騎士の亡骸があった。

「ええ、そうよ。エイレーネさまを最後まで守って死んだ、弱い男よ」

 セルランは唇を大きく噛んだ。
 それは親を悼んでのことか、それとも姉を憎む気持ちか。
 この女は実の父親も殺して見せたのだ。

「ま……りあ」
「お父さま!」

 絞り出すようにお父さまはわたしの名前を呼んだ。
 血をたくさん流してもう長くないのが分かった。

「逃げ……ろ」

 お父さまは自分が死にそうになっているのわたしを気遣っていた。
 だがそれを喜んでいる場合ではない。

「ヨハネ、お父さまにこれ以上何かしたら許さないわよ!」
「ねえ、マリアちゃん。王のいない側近の話は知っているかしら?」

 唐突にヨハネは語り出した。
 王のいない側近とは悪意を止められない聖女と同じ教訓第三本の一本だ。
 有能な側近がいたが、駄目な王さまの下に付いたばかりに全ての罪を被されて死んでしまうお話だ。

「それがなに?」

 今はそんなつまらない話をしている場合ではない。
 だがヨハネは続けた。

「この男もそうよ。誰も有能な側近がいない。何故なら王が駄目なのだから。いいえ、側近が駄目だからこそ王になり得なかったのかしら」
「お父さまの侮辱は許さない!」

 わたしは怒りがどんどん膨れ上がっていく。


「セルラン、クロート!」

 わたしが名前を出すと同時に二人の騎士が動いた。
 最強の二人を正面から相手取ることは流石のヨハネでもできない。
 ……はずだった。

「行かせないよ」

 仮面を被った男がクロートの行く手を挟んだ。
 お互いにトライードを切り結ぶ。
 だがセルランだけはまだ自由に動ける。
 ヨハネに向かってどんどん加速していく。

「あら、わたしの首は貴方にはあげられないわね」

 セルランのトライードがヨハネの首を撥ねる前に何者かの剣が防いだ。
 それはセルランの父であるグレイルだった。

「なっ!?」

 どうして死体が動き出したのかわからない。
 だが顔は青白く、死んでいるのは間違いない。

「パペパペ」

 するとヨハネの後ろから小さな人形が姿を現した。

「ふふ、可愛いでしょう。パペ君っていうのよ。死体を操るのが上手なの」

 実の親の死体を弄ぶことを何とも思っていないのか。
 愉快げに魔物の頭を撫でていた。

「ねえ、セルラン。大好きなお父さまと全力で戦えるかしら?」

 グレイルは死んでいるとは思えない機敏な動きでセルランを吹き飛ばした。
 流石のセルランでも実の親を攻撃するのはきついはずだ。
 わたしがこの女を倒すしかない。

「ヨハネ、そんなにこの玉座が欲しいの! 自分の父親を殺してまで国を裏切ってまで!」

 わたしの叫びにさらに恍惚な表情を浮かべる。

「ええ、欲しいわよ。でもこんな偽物の王ではないの。みんなから慕われて、何もかも手に入れた貴女から奪いたいのよ。どれだけ待ったと思っているの? いつだって出来たけどわたしは貴女をわざわざ待っていたの」
「狂人の戯言なんーー」

 ヨハネはわたしの言葉を最後まで聞く前にお父さまの心臓をトライードで突き刺した。
 その瞬間わたしの目の前は狂気で埋め尽くされた。

「ヨハネぇぇ!」

 わたしは魔力をヨハネへと向けた。
 体の導くままに魔力を放出する。
 だがそれはヨハネの持つ魔道具によって簡単に防がれた。

「ふふ、ガイアノスさまから貰っておいた魔道具よ。でも流石ね。三つも消費してやっと防げるなんて。だけど時間切れよ」

 ヨハネの言葉の意味はすぐに分かった。
 たくさんのデビルとデビルキングが出現してきた。
 至る所に現れて、部屋を覆い尽くさんととする。

「セルラン! 姫さまを逃す!」


 クロートが叫び、セルランもすぐに了承した。

 この数を一度に相手してはこちらに勝ち目はない。
 一体どうしてヨハネが魔物を操っているのか分からない。
 玉座を出てわたしたちから廊下を走る。
 だがもうすでに多くの騎士たちが待ち構えていた。

「みんなこっちよ!」

 わたしは全員に指示を出して書庫へと行かせる。
 この書庫には隠れた通路がある。
 ここなら誰も知らないので待ち構えていないはずだ。
 わたしは本棚にある本をどかして魔法陣を出す。
 魔力を込めると壁から鉄の扉が出現した。

「こんなところがあるのか」

 ヴェルダンディが驚きの言葉を口にした。
 知っているのはわたしと両親だけだ。
 わたしたちは鉄の扉の先へ行く。
 階段を降りて地下の通路を進んでいくと、大きな広間にたどり着く。


「あら、遅かったわね?」

 もうすでに先回りをされていた。


「ヨハネ!?」


 上の穴が空いている。
 だがどうやってこの場所に気が付いたのか。


「ふふ、不思議でしょ?」

 わたしの心を読まれた。
 だが今は動揺している場合ではない。

「おい、クロート。あとは任せてもいいか?」

 セルランはわたしの前に立ち、ヨハネにトライードを向けた。
 ヨハネは目を細めてセルランを睨んだ。
 だがセルランは動じない。

「それはどういうことかしら?」
「わたしが相手をするということだ」

 セルランは死ぬ気だ。
 流石に一人でヨハネたちを抑えるのは無理だ。
 ヨハネは万全の状態で待っていた。
 たとえ力で勝てても戦術で負ける。

「ダメよセルラン! 貴方も来なさい! これは命令よ!」
「マリアさま、どうか生きてください。家族の膿はわたしが取り除きます」

 わたしがいくら強く言っても彼はこちらを振り向かない。
 ヨハネは愉快げに扇子を取り出した。

「あらあら、わたしの弟ながら騎士道溢れるわね。これでわたしも最強を名乗れるかしら」
「残念だがそれはもう譲った」

 ヨハネの言葉をピシャリと言い切った。

「あらそう。なら死んでちょうだい」

 死んだグレイルと仮面を付けた男が同時にセルランへ迫ってくる。

「言っておくがわたしはここで死ぬ気はない」

 その時セルランはブレスレット取り出して腕にはめた。
 身体強化を付けた状態でさらに力を付与する。
 わたしが見たのはこれが最後だった。
 クロートに無理矢理担がれる。

「ちょっと離しなさい!」

 わたしは暴れようとしたが強い力で抱き締められた。
 そのまま通路に入っていく。

「姫さま、ヨハネさまから逃げるのはこれしかありません。セルランとレイナの覚悟を無駄にしてはいけない」

 ……へ?

 どうしてレイナの名前が出るのだ。
 わたしはどうにかクロートの横から後ろを見た。
 途中の脇道でわたしにそっくりな子がいた。

「お元気で、マリアさま」


 彼女の姿はそこまでだった。
 後ろの騎士たちを誘導するかのように脇道に逸れていく。
 そしてカーブによって彼女のその後は分からなくなった。

「どうして! あれはレイナなの!?」

 わたしはクロートに叫んだ。
 だが彼は唇を思いっきり噛んでいるだけだった。

「変化の杖では背丈までは変えられません。そうするとレイナしか代わりを務められないのです」
「だからって!」
「時間を稼いでもらわないと姫さまを逃がせられないのです!」

 大地が揺れた。
 それはわたしの真後ろをちょうど何かが落ちたからだ。
 落雷のようなものが空から降り注ぎ、城の上からどんどん落ちていっている。
 瓦礫が道を塞いでいく。

「なんだよこれ!」
「いいから走りなさい! 生き残りたいなら止まるな!」

 本物の天災がわたしを排除しようとしているようだった。
 突如、それを上回る何かが炸裂した。
 爆風がわたしたちを吹き飛ばした。
 発生源はセルランがいたところだ。
 その爆風のおかげでわたしたちは早く出口に出られた。
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