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第四章 学術祭は無数にある一つの試練

マリア・ジョセフィーヌ

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 ガイアノスは笑っていた。

「お前が次期当主として頑張っているのは知っているが、だからといって不正をしていい事実はないよな?」


 ウィリアノスの言葉で騒めきが大きくなっている。
 彼はわたしが試験で不正を働いたと言っているのだ。

「ウィリアノスさま、下がってください」

 ムーサさまが苦い顔で言った。
 まるでその表情は信じらないものを見た顔だ。
 その不安が学生たちにも広がる。

「ちょっと待ってくださいませ、マリアさんが何の不正をしたのですか?」

 アクィエルがわたしをひと睨みしてウィリアノスに確認した。

「それは彼女の口から言ったほうがいいだろう」
「だから何のことでしょうか?」

 ウィリアノスの言葉に知らぬ存ぜぬを突き通した。
 だがその言葉を聞いて彼は信じらないという顔をする。

「おいおいマリア……いいのか? 認めた方がいいんじゃねえか?」
「だから何をですか」


 ガイアノスまでも乗ってきた。
 だが一体何を認めればいいのか分からない。

「一体何をしたんだ!」
「五大貴族が不正なんて許されるのか!」


 王族領から特に野次が飛んでくる。
 逆にわたしの領土からは援護の声が聞こえて来る。


「口を慎め! 妄想を口にするな!」
「そっちの王族が振られたからって僻みを言うなんて情けないぞ!」

 お互いの領土で言葉の応酬を始めた。

「静かにしなさい!」

 ムーサさまから大きな声で静止がかけられた。

「今回の試験で不正が発覚しました。その者の成績は全て無効とします」

 ムーサの言葉にわたしの領土は愕然としていた。
 その言葉を意味するのは不正があったという肯定だ。

「マリア、本当にいいんだな?」

 ウィリアノスがわたしを心配している風を装っていた。
 わたしは答えずムーサの言葉を待った。

「本当に残念です、ウィリアノス・デアハウザーさま」

 その名前が呼ばれた瞬間、誰もが耳を疑った。
 ウィリアノス自身が何が起きたのか分かっていなかった。

「ご冗談はおよしください。ムーサさま、わたしは不正などしておりません」

 ウィリアノスは何かの間違いだとムーサさまに詰め寄ろうとしたが、それを守る護衛騎士によって阻まれた。

「マリアさまから報告があったのです。試験に不正が働く可能性があると。わたしはそれを一蹴しようとしましたが、彼女の真剣な顔に突き動かされました。そして試験当日隠れて見てしまいました。貴方が彼女の答案を先生から受け取って書き換えるところを」

 ウィリアノスは王族領の先生からわたしの答案を受け取り、密かに変えていたのだ。
 リムミントと下僕がわたしがされる可能性のあることを複数上げてくれたことで、事前に防ぐことができた。
 情報は何よりも宝だ。


「どうしてこんなことをしたのですか?」


 わたしは狼狽するウィリアノスに問うた。

「俺はしていない。これは何かの間違いだ!」

 情けなくウィリアノスは声を上げる。
 一体わたしは彼のどこを好きになっていたのか。

「俺はお前が嫌いだ! どうして生まれた時から好きでもないお前と結婚をしないといけない。どうして王にはなれない」

 頭を抱えて苦しみ始めた。
 罵詈雑言がどんどん出てくる。
 その言葉を聞いて胸が痛くなった。

「俺は王になるんだ! アリアを手に入れれば俺は王になる。ドルヴィとして世界を手に入れられ、ガァァ、ゴホゴホ」


 あまりにも異様な苦しみようにおかしさを感じ始めた。
 一体何が起きているのか。
 そこでみんなの動きが止まった。
 大きな岩の人形がいつの間にか現れていた。
 わたしはそれを知っている。
 真実を司る水の神の眷属。

「フォルセティ」

 フォルセティはわたしに何かを伝えようとしている。
 フォルセティがウィリアノスを見ていた。
 ウィリアノスから何か黒いものが見える。
 その時、懐にある水の神の涙を入れた瓶が光っていた。

「これを使えというの?」

 フォルセティは頷く、そして時が動き出した。

「うがががああ! 頭がぁああ!」

 わたしは彼のもとへ走った。

「マリアさま!?」


 セルランがわたしが走ったことで止めようと動き出した。
 だがわたしの方が早くウィリアノスに辿り着く。
 水の神の涙を一滴だけウィリアノスに垂らした。
 するとまるで蒸発するかのように全身から湯気が出てくる。
 ウィリアノスはさらに苦しんだ。
 だがそれ以上に、黒い影のような魔物が出てきた。

「オンブルだと!?」

 セルランが魔物の名前を口にした。
 わたしの前に立ってその魔物にトライードを向けた。

「この魔物は何ですか?」
「とうに絶滅したはずの魔物です。人に寄生して人の暗い部分を強く表に出してそれを食べると言われています」

 どうしてそんな魔物がウィリアノスに憑いていたのかわからない。

「ソノ水ハ消シ去ッタハズ」

 魔物が喋った。
 普通の魔物ではない、もしかしたらシュティレンツに居た魔物と関係があるのかもしれない。
 だが水のせいで弱っているのか覇気がない。
 セルランはトライードを一閃した。

「オ許シ……ヲ」

 誰かに懺悔して魔物は消えていった。
 一体この魔物は何なのか。

「っち」

 ガイノアスの舌打ちが聞こえた。
 わたしはすぐにガイアノスを見たが、もうすでに別の方へ顔を背けていた。
 まさか魔物とガイアノスが手を組んでいる?
 だがそんなことは普通ありえない。
 証拠もない以上、これ以上探っても知らぬ存ぜぬをするだけだろう。
 ウィリアノスはうずくまっており、荒い息を繰り返していた。

「大丈夫ですか?」
「ああ……」

 下を向いて答えた。
 次第に息が整っていき立ち上がった。

「オンブルですか……、あれは確かに人の闇の部分を増幅させます。ですが思っていない心を強くすることはありません。残念ですが、ウィリアノスさまの不正を覆すことはできません」

 ムーサさまは今回の件を不問にする気はないようだ。
 この国の未来を考える一族が邪な考えに左右されるのは、教育者として正さないといけない。

「俺を殺せ」

 ウィリアノスはわたしに言った。

「こんな魔物にすら操られ、自分の未来すら変えられない男なんて生きる価値がない」

 顔がどんよりと沈んでおり、死に場所を探している者の顔だ。
 その顔には見覚えがあった。
 夢の中で死にそうな顔になっていたわたしだ。

「ウィリアノスさま、こちらを見てください」
「えーー」


 わたしの平手打ちがウィリアノスの顔に炸裂して、大きく吹き飛んだ。
 身体強化をしているので、かなり痛いはずだ。
 前は拳でやって痛かったので、今度は平手にしてみた。
 わたしも成長している。
 誰もが今の光景に唖然としていた。
 特に他領の者ほど分かりやすいほど驚いていた。

「い、一体何をする!」

 ウィリアノスが頬を抑えて非難した。

「わたくしの許嫁だったのですから、少しはカッコいいところを見せてくださいませ。たった一度の間違いがなんです。ただ浮気して試験で不正を働いただけではないですか?」

 ……あれ、結構重い罪な気がしてきました。

 だが、もうやってしまった以上は突き通そう。

「わたくしだって、この一年で成長しました。他のみんなもそうです。みんなから嫌われていたパラストカーティからは優秀者が出ました。みんなから必要とされなかったシュティレンツから革新的な鎧が生み出されました。みんなから何もないと言われ続けたゴーステフラートが経済の中心となりました」

 各領土を見渡した。
 誰もが自信に溢れている。
 全員でこれまで頑張ってきたのだ。

「貴方はカナリアさんが作った話を誇張が過ぎるといいました。どうやらあの場を見ていないものからは嘘の話だと思われているみたいですが、ここでわたくしが真実を伝えましょう。エンペラーを倒しのはわたくしよ! 最強の騎士であるセルランを決闘で倒したのもわたくしよ! もし文句がある人がいるなら掛かってきなさい」

 もし本当に挑まれたら困る。
 だが誰も名乗りをあげなかった。
 それならさらに強気に行くだけだ。

「トライードを相手に向けたことがないわたくしでもこんなことがやれたのです。もし少しでも努力が出来るのならしてから死になさい。留年するのならわたくしが近くで見てあげるから、また腑抜けた態度を取ったらいつでも殴ってあげます。そのあとでまた死にたくなったら、わたくしが首を落としてあげるわ」

 わたしがそういうとウィリアノスは笑った、
 大きく、大きく笑った。

「ああ、俺が間違っていた。俺こそがお前に相応しくなかったんだな。もっと早くに……いやこれから追いつこう」

 ウィリアノスは立ち上がり、自分が立っていた場所に戻った。
 わたしも先ほどの位置に戻り、ムーサさまの言葉を待った。

「淑女が暴力を振るうというのは教えたことはありませんでしたが、そういった予期せぬ成長を見られるのもこの仕事の特権ね」

 ムーサさまの優しい顔はわたしたちの未来を視ているようだ。

「では成績一位を発表しましょう。おめでとう、マリア・ジョセフィーヌ。そして季節祭の優勝も貴女の領土よ」

 全体から歓声が上がった。
 わたしは登壇して、彼女から大きな旗をもらった。
 かなり重たいがなんとか身体強化をしているので持ち上げることができる。

 ……淑女にこれは重すぎるでしょ!

 だが一度くらいは我慢しよう。
 わたしは後ろを振り向いて、全員の顔を見ようとした。
 すると真っ暗な空間に居た。
 そこには前に見た白い口があった。

「もう大丈夫そうだね」

 その言葉を聞いて手紙が頭に思い浮かんだ。
 一昨日に来た手紙にはこう書いてあった。

 明日の試練は用心すべし。
 最後の最後に失敗したらしたら全てが台無しになる。
 “要らぬ心配でしょうが”

 わたしは白い口に対して答えた。

「ええ、もう大丈夫よ」

 白い口は口角を上げており、それだけで喜びの感情が分かった。

「貴方の正体は下僕なんでしょう?」

 白い口は答えない。
 それは肯定なのか、否定なのか。

「ううん、答えなくていい。でもひとつだけ言わせて」

 わたしは笑って伝えた。

「わたしを助けてくれてありがとう。大切なことに気付かせてくれてありがとう」

 黒い空間が消え去り、少しずつ現実の世界の色が戻っていく。
 すると空に騎獣に乗ったヴェルダンディとルキノが横断幕を広げていた。
 優勝という大きな文字が書かれていた。
 全員が肩を抱き合って喜びを分かち合っていた。
 さらにドゴォンと大きな音が聞こえた。
 大砲で花火を打ち上げたようで、空にも大きな優勝という文字が浮かんでいる。
 カオディたちシュティレンツが一生懸命やっていたのはこれのようだ。

「これじゃ怒れないわね」

 彼が優秀者に選ばれなかったことはこれで許してあげよう。
 わたしは大きな旗を振り上げて、高く掲げた。

「マリア・ジョセフィーヌに勝利が届いたわよ!」

 わたしは喉が裂けるくらい大声を出した。

「マリア、マリア、マリア! 我らの水の女神!」

 みんなが勝利を喜んだ。
 そして降壇してみんなの元へ戻った。
 側近全員がわたしを迎えてくれた。

「マリアさま……、おめでとうございます」

 下僕は何かを言いかけようとしていた。
 わたしは彼の腕を引っ張った。

「さあ、頑張ったみんなにお礼を言わないといけないんだから、騎獣を出しなさい。わたくしでは騎獣が出せないんだから」
「はい、お任せください」

 下僕の騎獣に乗ってみんなにお礼を言ってまわる。

 わたしの人生はまだ始まったばかり、これからがわたしの物語。

「……え?」

 突如世界が真っ黒になった。
 そこには蒼い口があった。

「会えた!」

 どこか嬉しそうな声にわたしはこう思った。

 ……嫌な予感がする。

 第四章 学術祭は無数にある一つの試練 完
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