上 下
181 / 259
第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

ヴェルダンディ視点1

しおりを挟む
 俺の名前はヴェルダンディ。
 代々続く騎士の家系であるため、マリアさまを御守りする護衛騎士に就くことができた。
 シルヴィの命令無視で監禁されそうになったが、どういうわけかそれは有耶無耶になった。
 戦いも終わったので、学生たちは次々に王国院へと戻っていった。
 俺も傷をすぐさま治して、王国院へ戻るのだった。
 今日は側近の集いもあるため、マリアさまの部屋へと向かう途中に同僚であり友人でもある、通称“下僕”を見かけた。

「おはようさん!」

 俺が声を掛けると下僕も気付いて挨拶を返した。

「おはよう、ヴェルダンディ」

 どうもやる気があるのかわからない顔だが、こいつはなかなか凄いやつだと思っている。
 特に知識に関しては尊敬すらしている。
 上級貴族の俺と中級貴族の下僕では受けられる教育に差が出てしまうはずなのに、勉強では全く敵わない。
 マリアさまの側近はもう誰もこいつのことを侮ったりしない。
 妬むのは大概が側近になれなかった努力をしないやつらだ。
 俺はそういった努力家なところも気に入っている。

「マリアさまのところだろ? 一緒に行こうぜ」
「うん」

 二人で並列して歩いた。

「マリアさまがお咎めなしで良かったぜ。一体何があったんだろうな」
「どうもドルヴィから秘密裏に命令されていたことになっているみたいだね」


 ……ドルヴィから?

 一体どうして王族からそのような話が来るのだ?
 まずあいつらが妨害したせいでマリアさまが出陣しないといけないくなったのに。
 メラメラと心の中が荒ぶっていくのを感じた。
 どうも最近は王族が調子に乗り過ぎている。
 ガイアノスさましかり、ウィリアノスさまもだ。

「一体どういうことだ?」
「さあ、ぼくもこれ以上は分からない。もしかしたらヨハネさまが動かれたのかもしれない」


 そこで俺はヨハネさまの言葉を思い出した。
 “わたくしがどうにかしておくから気にせずやってきなさい”
 本当に何かやったのだろう。
 正直どんな魔物よりも恐ろしいのはヨハネさまだ。
 本気でヨハネさまが動かれたら、俺もマリアさまを守り切れるか自信はない。
 あれは人間を越えた化け物だ。
 考えるだけで鳥肌が立ってくるので別のことを考えた。


「まあ深く考えてもしょうがない。本当は王族がしっかりしてくれればな。前のこともあるがウィリアノスさまにもがっかりだよな」
「唐突だね。でも気持ちは分かるよ。あのマンネルハイムでしょ?」

 流石は話が分かる。
 ゼヌニム領とのお茶会の次の日にあった、ウィリアノスさまの試合のことだ。
 あの後教えてもらったが、これまで頑張ったマリアさまのためにセルランとステラが示し合わせて、サラスさまに嘘の体調不良を伝えた。
 これまで頑張ったのに抑圧するのは可哀想だと俺も思う。
 せっかくの気晴らしだから楽しんでもらおうとしたが、まさか大勢の前でマリアさまを落とす発言をされ、かなり傷付いていらっしゃった。

「ああ、危うく切り捨ててしまいそうになったよ。魔力量以外はカリスマも全くないしな。顔はまあ……俺と互角くらいかもしれないが」
「そこは張り合うんだね……。でもあまり王族批判はしないでおこう。マリアさまが悲しまれることだけは避けないと」
「分かっているよ。ここだけの話だって。おっと、着いたな」

 マリアさまの部屋に辿り着くと、もうすでに全員が待っていた。
 だが側近でない者が一人だけいた。

「あれ、クロートも来たのか?」

 下僕の兄貴で、マリアさまと同じ高魔力を表す蒼い髪を持っている。
 どうして中級貴族がこれほど魔力を持っているのか分からないが、腕も立ち、頭も切れるので、セルラン以上の化け物だと思っている。
 でも兄弟のためかどこか下僕と似ているのでわりと話がしやすい。
 クロートは眼鏡を上げ直して答えた。

「ええ。重大なお話があります故。詳しくは姫さまの前でお話をしますね」
「まあ、二度手間だしな」

 俺は納得した。
 そこでセルランが一度咳払いをした。

「無駄話はここまでだ」


 セルランの言葉で全員が静かになった。
 そしてセルランがノックした。

「マリアさま、側近一同揃いました。入室の御許可をいただけますでしょうか?」
「はい、入室を許可します」


 入室すると、護衛騎士、文官、侍従で並んだ。
 もうすでにカジュアルなドレスに着替えており、また一段とお美しくなったような気がした。
 俺も成長している自覚はあるが、マリアさまはそれ以上に見識を広めており、同じ十二歳と思えないカリスマを持ち始めている。
 ヨハネさまのは心を鷲掴みする威圧感があるが、マリアさまのは居るだけでこちらの心に安らぎをもたらしてくれる。
 春の頃からはもう別人だと言っていいだろう。
 優しくこちらに微笑んでくれるだけで、先程の愚痴がどうでも良くなる気がした。

「みんな、集まってくれてありがとう。色々迷惑を掛けてごめんなさい。でもわたくしへの罰は全て免除されましたので、継承権も変わらずあります。念のために確認ですが、全員がわたくしに付いてきてくれると思っていいかしら?」

 側近全員が頷いた。
 それを見てマリアさまは少しホッとしたように感じた。

「ありがとう。その件の話はリムミントからまとめた物を共有してくださいな」
「かしこまりました」

 リムミントの資料は読みやすいので適任だ。

「それとは別で大切なお話があります。これまでわたくしの護衛騎士として支えてくれたステラが結婚の準備のために今日限りで退職します。ステラ、こちらへ来てください」
「はい」

 ステラはスヴァルトアルフの文官と結婚すると聞いている。
 どこかお節介焼きで面倒くさいところもあったが、それでも熱心に色々教えてくれるので姉貴的存在だった。
 こうして実際に居なくなるとなるとやっぱり寂しいものだ。
 マリアさまはテーブルの上にある包装された小箱を二つ渡した。

「一つはわたくしの側近を離れるので、別のバッジをお渡ししますね。もし何かある時はこれを見せればすぐにわたくしに通してくれるでしょう。何か困ったことがあったら何でも頼ってくださいね。スヴァルトアルフへ攻め込むくらいならしますよ!」


 マリアさまならやりかねない。
 ステラも苦笑いだ。

「そうならないように気を付けます。もう一つは何ですか?」
「開けてみて」

 マリアさまに言われるままその箱を開いた。

「これは……指輪? それも魔道具ですか?」
「うん、わたくしが作った指輪です。たくさん魔力を込めたからどんな攻撃だって跳ね返します」
「姫さまがわたくしのために……。本当にありがとうございます」

 ステラは少し泣きそうになりながらお礼を言った。
 マリアさまの高い魔力で作られた魔道具は欲しくても手に入れられる物ではない。
 おそらく単純な効果しかないだろうが、それでもどんな魔道具よりも価値がある。
 だがそんなものはこの魔道具を価値を表す一部分でしかない。
 贈り物をもらったステラの気持ちがわかる。
 ステラはその指輪を左手の中指に付けた。

「春の頃はまだ魔法を使えなかったのに、こうやって素敵な物を作れるようになって嬉しい思いです。どうかこれからも御身体をご自愛くださいませ」
「ステラもね。貴女はわたくしの姉のようでした。いつでも顔を見せにきてね」

 マリアさまとステラは抱き合って、お互いの未来を祈った。
 拍手をして、ステラの門出を祝う。
 ステラはこちらに戻ってきた。


「では今後のステラの代わりですが、クロートが護衛騎士としてわたくしの側近になってもらいます」


 ……え!?

 クロートはシルヴィの文官だ。
 それなのに護衛騎士とはどういうことだ。
 もしかすると知らないのは俺だけかと周りを見渡した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

処理中です...