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第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

間話ステラの恋愛話21

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 模擬戦も終わり、わたくしは側近専用の執務室に戻った。
 そこでは、セルランが執務をしていた。

「早かったな。学生たちに指導は出来たか?」

 ずっとここで作業をしていたセルランから尋ねられて、何とも返事に困った。
 わたくしがなかなか返事をしないのでセルランもおかしいことに気づいた。

「何かあったのか? もしかして想像以上に鍛錬を怠けていたのか?」

 セルランが別の解釈をしてしまったので慌てて訂正した。

「いいえ、そういうわけではありません。ただ……」
「一度話を聞こう。何があったんだ?」


 わたくしはヴェルダンディやルキノに辛勝だったことや統率が取れていたことを伝えた。
 どれもこれも喜ばしいことだ。
 それなのにどこかモヤモヤしている。

「なるほどな。あいつらも成長しているようで何よりだ。それなのにどうしてそんなに暗い顔をしている」
「わたくしの顔は今そんなに暗いでしょうか?」
「ああ、まるで子離れして寂しがっている母親のようだ」

 今の言葉が何か引っかかった。
 何となく的を射る言葉だ。

「ふむ、今日の夕食は空いているか?」

 今日の夜は少しだけ護衛の任があるため、食堂で食べることになっているので全く問題無い。

「ええ、大丈夫ですよ」
「なら今から行こうか。早く行かないと学生が多くなるからな」

 わたくしとセルランは少し早い夕食を食べに食堂に行った。
 生徒もいないため、二人だけの空間だ。
 セルランはテーブルに着くなり口を開いた。

「ステラ、姫さまのことなら気にしないでいい」
「ーーえ? どういうことですか?」

 いきなり言葉足らずで思わず聞き返した。

「ステラの顔を見せればすぐにわかる。婚約者殿と上手くいっているのだろう。たびたびニヤケられたら誰でもわかる」
「うっ……」

 まさかそのような言葉を言われると思わず、顔が赤くなっていくのを感じる。
 自分自身がそこまで分かりやすく態度に出ていると思わなかった。
 自分で気付く前に相手に指摘されると恥ずかしい。

「お恥ずかしいところをお見せしました」
「いや、別に悪いことでは無い。同僚の婚姻はめでたいことだからな」

 セルランは出されたスープを飲みながら無表情に答えた。
 それでも分からないことはあるので再度聞き返した。

「でも姫さまに遠慮しなくていいとは?」
「ステラは長く姫さまを見て、なおかつ後輩たちを育てる立場でもある。だから無意識に自分の結婚より、他人を優先しようとする。だがステラも見て分かったはずだ。全員がもう新米なわけではない……とな」

 そこでわたくしもやっと分かってきた。
 これまで手の掛かる後輩たちだったが、騎士として何をすべきかを自分の頭で考えていた。
 わたくしが何も言う必要がない。

「そうですね。確かに彼らはもう立派な騎士です。わたくしはもう必要ないのかもしれませんね」

 何だか寂しい気持ちになった。
 もう姫さまにわたくしは必要ないことに。
 顔を思わず伏せた時に続けてセルランが喋り始めた。

「ただ、勘違いしてほしくはないがステラが不要になったわけではない。まだまだあいつらも知識も経験も足りない。マリアさまに諫言も言えない側近では力足らずもいいところだ。だがなーー」

 そこでセルランは一度言葉を切った。
 わたくしと目を合わせた。

「それとステラの婚姻は別だ。今まで頑張ってきたんだからワガママくらい言っていい。マリアさまも喜んで送り出してくれるはずだ。代わりの側近の話もシルヴィがすでに考えていると仰せだ。一度婚約者殿にも相談してみるといい」
「どうしてわたくしが婚姻についての時期を考えているとわかったのです?」

 セルランは食事の手を完全に止めて肩を竦めた。

「ステラは分かりやすいからな」

 一番生意気なのはこのセルランではないか。
 だが心の中でありがとう、と呟いた。
 次の日、ホーキンスの研究所に向かおうとするスフレさまを見つけた。

「スフレさま、おはようございます」
「おはようステラさま。どうしたのです、こんな早くに?」
「もしよろしければ少しの時間よろしいですか?」
「ええ、ステラさまのお時間が許す限り」

 承諾も得たのでわたくしはスフレさまと外にあるベンチに腰掛けた。
 今日も快晴で気持ちの良い朝だ。

「今日はいつもよりも綺麗だ。何か色々と吹っ切れたお顔をしている」
「ええ、同僚たちの頑張りのおかげです」
「良い仲間なのだろうな。そういえばステラさまにお似合いになる耳飾りを用意したんだ。前にお花が好きだと仰っていたから探しました」

 スフレさまは綺麗に包装された小さな箱を渡してきた。
 今日会う約束はなかったので、ずっと持ち歩いていたのだろう。

「覚えてくださったのですね。中を見てもよろしいですか?」
「もちろん」

 許可をもらったので包装を綺麗に外して次に蓋を開けた。
 中には二対の白いお星さま風の耳飾りが入っていた。
 あまり見たことのないお花であるが、綺麗な形に一瞬で気に入った。

「わぁ、可愛いです。でもあまり見たことのないお花ですね」
「ああ、異国に咲く花だったから取り寄せるのに結構時間が掛かった。でもどうしてもこれを準備したかったんだ」
「どうしてですか?」

 わたくしが聞くと途端に黙った。
 どこか顔を赤くしており、照れ臭く感じているようだ。


「君にぴったりな物だったからだ」
「わざわざありがとうございます。もしよろしければお花のお名前を教えてもらって
いいですか?」
「それの名前と花言葉は結婚する時に言おうと思っている。その時に言いたいんだ。もちろん君に早く結婚してくれと言うつもりはない。マリアさまを想う君の心を曲げてまで結婚しようとは思わない。いくらでも待つよ」


 スフレさまのお顔を見て、わたくしのことを想ってくれているのは十分伝わった。
 それでわたくしも決心できた。

「それなのですが、そのぉ……」

 落ち着いて言うつもりだったが、いざ言葉にしようとするとなかなか出てこない。
 だがそれでもわたくしは言いたかった。


「わたくしを……貴方さまの光の女神にしてくれますか?」
「それってーー」

 わたくしは言葉を出したあとすぐに両手で顔を思わず隠してしまった。
 首まで紅くなるので隠しようがないのだが。
 スフレさまの手がわたくしの手を握った。

「こちらを見てくれ、わたしの光の女神よ」

 スフレさまの言葉に惹かれるようにわたくしの顔がそちらを向いた。

「わたしが絶対に君を幸せにしてみせる。どんな苦難が訪れようとも闇の神として貴女を守ることを誓おう。わたしの愛を受け止めてくれるか?」
「はいーー」

 こうして今日、わたくしは婚姻をすることを決めた。
 お互いの家に報告と嫁ぐ準備を進めることになる。
 シルヴィやサラスさまにも前もって報告した。
 その後、姫さまのために訓練を頑張っていた学生たちが騎士祭の優勝を飾った。
 誰もが誇らしげにしており、姫さまも大変喜ばれている。

「もうわたくしがいなくても大丈夫そうですね」

 わたくしが小さな声で呟くと姫さまがこちらを見た。

「何か言いましたか?」
「いいえ、もう何も言うことはありませんよ」
「そう……ですか?」

 もう姫さまはわたくしが居なくても歩いていけるだろう。
 ただ最後の日まではしっかりお支えさせてもらいます。

 間話ステラの恋愛話 終
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