上 下
172 / 259
第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

閑話ステラの恋愛話13

しおりを挟む
 今日も犯罪組織の従わない者たちを潰していく。
 怪我もなく簡単に終わり、わたくしはすぐさま姫さまの部屋に向かった。
 今日も睡眠時間を減らして頑張っている。


「おかえりなさい。どうですか?」


 目元の隈が本当にひどくなっている。
 この前も早くお休みになってもらおうとしたが、結局眠れず仕事を始めたと聞いている。
 ストレスによる不眠であることは明白だ。


「殲滅は完了しました。ただ、またもや貴族たちは現れずです」
「そう……、分かりました。では今日もご苦労様です。ゆっくりお休みください」


 無理やり笑みを作って心配を掛けまいとしていた。
 だがこのままではいつか倒れてしまう。
 わたくしは話を切り出した。

「姫さま、これから少しだけお時間がありますでしょうか?」
「時間ですか? そうですね、まだまだ仕事は残っていますが、少しくらいなら大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。では早速……。レイナ、ラケシス、お願いします!」
「えっーー」


 姫さまが言葉を出すよりも早く扉が開けられて二人が入ってきた。
 一体何事かと戸惑っているが、レイナとラケシスがすぐさまドレスを着させる。

「二人とも、一体どうしましたの?」
「マリアさま、本日は何の日か覚えていますか?」


 レイナが手を動かしながら聞いてくる。
 だが全く思い浮かばないようで、答えを出せないでいた。


「ごめんなさい、何の日ですか?」
「今日はアスカの誕生日です」

 わたしが答えると姫さまは口元を押さえて、やっと思い出したようだ。
 いつも姫さまはこういった祝い事を大切にしていたが、仕事で忙しくしていたので 完全に忘れていたようだ。


「そうだったわ。どうしましょう。今日何も準備していない」
「大丈夫です。会場の設営は終えています。あとは姫さまがアスカを呼んでくれれば全てうまくいきます」

 姫さまが慌ててしまったので補足を入れた。


「そう、教えてくれてありがとうございます。もう会場に行けばいいのかしら?」
「まだアスカにはこの事を伝えておりません」

 レイナの言葉に姫さまは首を傾げた。
 主役がいない誕生日会など意味がない。
 だがこれはわざとアスカに伝えていないのだ。

「姫さまがアスカを呼んでくださいませ。仕事で集中しているアスカに気付いてもらえるのは姫さまだけですから」


 昔から一つのことに集中すると全く周りが見えなくなるのがアスカだ。
 天才肌のため、そういった変わった部分があるのかもしれない。


「そう……またアスカは集中しているのね。分かりました。いつもの部屋にいますかしら?」
「はい、文官の執務室にいると思いますよ。ではわたくしが姫さまと共にアスカを迎えに行きますので、二人は先に会場に行ってください」


 わたくしはレイナとラケシスに指示を飛ばした。
 セルランと下僕、リムミントも来ることになっている。
 そして姫さまとわたくしはアスカが仕事している部屋へと向かった。
 部屋に入ると、そこで仕事をしている文官たちが立ち上がって挨拶をした。
 姫さまは軽い会釈だけでアスカを探した。

「どこにいますかしら」
「二階みたいです。あそこにいますね」

 わたくしが上を指すと姫さまも気付かれた。
 階段を上って、アスカの席へと向かった。

「これじゃ駄目。でもこれを餌にすればもっと、いえこれよりもーー」

 ずっと書類と格闘しているアスカがいた。
 完全に自分の世界に入っており、姫さま同様黒い隈が出来ていた。
 不眠不休でずっと仕事をしているのだ。
 何度も頭を抱えながら仕事する様は、見ている側も気の毒になる。


「アスカはいつもあんな感じなのですか?」

 アスカの辛そうな顔を見て、姫さまも思うところがあるようだ。

「最近はそうですね。あの件を大きく引きずっているみたいです」
「そこまで気にしないでいいのに。また昔みたいに元気であればそれだけで何も望まない」

 姫さまの考えは誰もが思うのところだ。

「そうですね。ただーー」


 わたくしは言葉を一度区切った。
 姫さまが不自然な区切りに気付いてこちらを見た。

「姫さまも同じです。わたくしたちの目からはアスカと同じように苦しんでいるように見えます」

 そう言うと姫さまはハッとなり顔を伏せた。
 だが迷いは一瞬だった。
 姫さまはすぐさま笑顔を作ってアスカに声を掛けた。

「アスカ」
「マリアさま!? どうしてこちらに!」

 姫さまの声には集中していても聞こえるようだ。
 急いで立ち上がった。


「少しお話をしたいと思って来ましたの。今時間は大丈夫ですか?」
「もちろんです! どんなことよりも優先します」


 アスカは当然ですと言わんばかりに一言一句聞き漏らさないように構えた。
 そこで姫さまの顔が変わったことに気付いた。
 姫さまは思い立ったら革新的なことを実行するがまさにその顔だ。
 一体どうやってアスカを立ち直らせるのか少しばかり興味があった。


「良かった。なら久々に大きな花火を打ち上げませんか? わたしも魔力を貸しますので」

 ……ちょっと待ちなさい!


 許可もなしに攻撃と間違われるようなことをしでかそうと言うのだ。
 わたくしはどうやって止めようか考えたが、アスカの表情が華やかなものに変わった。

「いいのですか! それでしたら前々から色々な形を作る魔法陣を考えていましたので、やっとマリアさまにお披露目する機会が来たのですね! いますぐやりましょう!」
「さすがアスカね。それならお花とかいいわね。あと、それからーー」

 二人は楽しそうに別世界に入った。
 本来なら年長者として止めるべきなのだろうが、わたくしが計画した以上、この流れに身を任せるべきかもしれない。
 急いで近くの文官たちにシルヴィから許可をもらえるように頼んだのだった。
しおりを挟む

処理中です...