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第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

しばしの別れ

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 やっとのことで思い出したのでさっそく本題を聞こう。

「それでラケシスは何をしているのですか?」
「広報活動です」

 ……広報活動?

 わたしとレイナは顔を見合わせた。
 一体何を広めるのだろうか。
 クロートは説明を続けた。

「姫さまの信用を少しでも回復させるために、良い情報を広めないといけません」
「どうしてラケシスが必要なんです? マリアさまの名誉を守るために情報操作の必要性は分かりますが、侍従であるラケシスに何が出来るのです?」

 レイナの意見もごもっともだ。
 どちらかと言うと文官がする仕事だろう。
 ラケシスも優秀だが流石に荷が重すぎるのではないか?
 クロートは首を横に振った。

「いいえ、彼女にしかできないことです。やはり芸術関連だと右に出るものがいませんからね」

 ……芸術?
 それって絶対わたし関連でしょ!


 ラケシスが何をしているのか恐ろしくて聞きたくない。
 まあ、彼女ならわたしの評判が悪くなるようなものは作らないでしょうが。


「分かりました。ラケシスのことは貴方に任せますね。それで今日の予定は?」
「まずは離宮で幽閉されてもらいます」

 ものすごくパワフルな言葉がきた。
 分かっていたけれども。
 もう少し言葉というものはないのだろうか。
 幽閉を可愛く言うのは難しいのだろうけど。

「その後の予定は後ほどお伝えしますね」
「後ほどがいつになるか分かりませんが、こればかりは気にしても仕方ありませんね。早速行きましょうか」


 屋敷の滞在のお礼を伝えて馬車に乗った。
 半日の移動を経てジョセフィーヌ領の都市ボアルネへと帰ってきた。
 なぜか最近だとここに戻る時は何か起きないと帰ってきてない気がする。
 たまには普通の帰省をしたいと思ってしまう。


「ラケシスは結局最後まで別行動なのですね」
「そうですね。しばらく会えないとなるとわたくしに愚痴がきそうで嫌ですね」

 だいたいこういう離宮に幽閉される時は側近たちとは離される。
 自分の側近がいると何か良くないことをする可能性があるからだ。
 今わたしは疑われてはいけないので、甘んじて受けないといけない。
 シルヴィ直轄の侍従が世話を交代でするのだろう。


「着きましたね。では姫さまお手をお取りください」


 クロートが先に馬車から降りてわたしに手を差し出した。
 わたしはその手を取って馬車から降りた。
 普段ならわたしが帰ると、大勢で待ち構えているのに今日は誰もいない。
 少し寂しい思いもあるが仕方がないのだろう。
 わたしはクロートと共に離宮まで歩く。

「あの……、わたくしも離宮までお伴してもよろしいでしょうか?」

 レイナがわたしたちを呼び止めた。
 彼女の役目がここに連れてくるまでのお世話だ。
 役目が終わっているので止められるだろう。
 彼女ともしばらく会えなくなるので、最後の言葉を交わそうと戻ろうとした。

「もちろんです。来てください」
「え……」


 ……連れて行っていいの?


 わたしは戸惑いながらクロートを見たがもうすでに歩いている。
 少しばかりわたしの常識がおかしいのか。
 わたしとレイナは顔を見合わせた。

「たぶん、誰も見張りがいないから許してくれたのでしょうね」
「それでいいのかしら? 何か大変なことに追われているのかもしれませんわね。でもレイナと最後のお別れを言わずに済んでよかった」
「マリアさま……」

 ずっと一緒に育って来たから、レイナには特に思い入れがある。
 わたしはレイナと横に並んで歩いた。

「何だか色々なことがありましたわね」

 わたしはここ最近のことを思い返した。
 自分が死ぬ夢から始まり、ルージュを救って、アリアと出会って、魔法祭と騎士祭を優勝したりと、わたしの人生で一番濃密な一年だったかもしれない。


「そうですね。窓から飛び降りたり、勝手に側近を作ろうとしたり、最初は何がしたいのか全然分かりませんでしたが……」

 ……ぐふっ!

 わたしは胸に何か刺さったような錯覚に襲われた。
 あの時は無我夢中で動いていたので、みんなからは変に思われていたに違いない。
 やっているわたしですら、流れに身をまかせるしかなかったのだから。


「今では少しだけ分かった気がします。何度も側近で話し合いをして、それでも全く行動を読めなくて胃が重い日もありましたが、マリアさまはこの領土に確かな変化をもたらしました。正直、パラストカーティが全てを投げ打ってでもマリアさまのために動こうとするなんて思ってみませんでした。これが本当の忠義と彼らから教わるなんて、昔の自分が聞いたらびっくりしますね、たぶん」

 レイナが微笑んで空を眺めた。
 パラストカーティがわたしのために命を捨てる覚悟までしてくれた。
 これまでもパラストカーティの尻拭いはしてきたが、その時は全く感謝などされていない。
 もちろん表面上は感謝しているが、彼らは正直すぎるので丸わかりだ。
 だが今回の彼らは本気でわたしのために動いてくれた。
 心がざわついて、絶対に無くしてはいけないと思ったから自ら幽閉を選んだのだ。

「では姫さまお入りください。レイナさまはここまでとなっております」

 離宮として使われる屋敷に辿り着いた。
 ジョセフィーヌの一族が罰を受けるときに使われる屋敷で、一度入れば魔法陣が作動すると管理者かお父さまの魔力操作がなければ二度と出ることができない。
 この管理はクロートがするのだろう。
 クロートがドアを開けた。
 わたしは屋敷へ入り、レイナに向き合った。

「ええ、わたくしもです。ですが彼らだけでなく、レイナ、それに他の側近たちにも同様の忠義を感じていますよ。いつも迷惑掛けたけど、貴女たちがいたから頑張れた」
「そんなお礼……なんて……」

 レイナが涙を流して、嗚咽を出さないように口を抑えた。
 彼女がいつもわたしを支えた。
 わたしの考えを先読みしたり、間違いを正してくれたりと、彼女は側近でもあるが親友でもある。
 わたしは涙を流してはいけない。
 この子たちを不安にさせてはいけない。

「今まで……ありがとう。不甲斐ない主人でごめんなさい。またここを出る日が来たらわたくしを支えてくれますか?」
「もちろんです。全員でお待ちしております。どうかお身体に気をつけてください」
「では閉めると同時に魔法陣を作動します」

 レイナの礼を見送って、クロートはゆっくりドアを閉めた。
 これで一人ぼっちだ。
 部屋が淡く光っていた。
 おそらく光の柱が立って、わたしの幽閉を知らせているだろう。
 これでわたしが入っていることをお父さまも知っただろう。

「では、部屋で休みましょうかね」

 自室ならいくら泣いてもいいだろう。
 侍従が来るのもまだ先だろうから、今しか泣けない。
 わたしが足を進めたと同時に屋敷の扉が開けられた。

「……え?」

 後ろを振り向くとクロートがドアを開けていた。
 何か言い忘れたことがあったのだろうか。

「幽閉は終わりです。次はシルヴィの元へ行きましょう」


 わたしとレイナは何が起きたのか分からず、お互いに顔を見合った。
 そしてすぐにクロートに詰め寄った。

「「クロート、説明しなさい!」」

 わたしとレイナの声が大きく屋敷に響き渡った。
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