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第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

戦いの終わり

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 予想を上回る相手の行動にわたしは心の中で舌打ちをした。
 魔力を消費しているタイミングで、エンペラーと同等かそれ以上の敵が攻めてきたのだ。
 全員が疲弊しており、この魔物とやり合える人員がいない。


「なにか手が……、アリアの魔法と協力すれば……」

 わたしはアリアを見たがどうみても魔力を使いすぎて疲れている。
 一番体力が残っているのはステラだが、おそらく彼女だけではこの状況を打破するのは難しい。

「どうしてこんな時に来るのよ」

 もともとの作戦は明日戦う予定だった。
 今日の疲れを癒して万全の状態で挑むという。
 だがまさかここに直接攻めてくるなんて予想外にもほどがある。

「マリアさま!」

 下僕がアリアを連れてこちらにやってきた。

「ご苦労様……と言いたいけど、何か策はあります?」

 下僕なら何か策があるかと一筋の希望をアテにしたが、下僕の顔は暗くなっていた。
 回復薬はここまでの飛行で全部使い切ってしまったので、品質の悪いものしか残っていない。
 さすがに上級貴族以上の魔力を回復させるには、最高品質でないとすずめの涙ほどしか回復しない。

「姫さま、ここは退却しましょう。今は生き残ることが先決です」


 ステラが進言した。
 確かにその通りだが、ここから逃げるとなると追ってくる途中の村や町を犠牲にするしかなくなる。
 それでは今までの頑張りが無駄になる。


「いいえ、ここで倒します。上級貴族以上を集めなさい。全員で総攻撃を仕掛けます」

 わたしが命令したが、ステラは首を縦に振らなかった。

「危険です!」

 ステラがそう言うと分かっていた。
 だがそれでもわたしも譲る気は無い。

「それでもやるしかありません。ここで負けては全てが無駄になります。時間があるうちに持ってきている触媒を持ってきて!」

 わたしの気迫に押されてステラは一瞬黙った。
 そしてため息を吐いて、しょうがない、という顔を作った。

「すぐ手配します」

 すぐさま呼びかけに応じて上級貴族以上の者たちが集まってきた。
 メルオープたちパラストカーティの上級貴族が頼みの綱だ。


「マリアさま、エンペラーの討伐お見事です。ですが厄介なやつがきましたね」
「ええ。でもこれを倒せば本当に戦いも終わりです。みなさんには申し訳ないですが、わたくしと一緒に博打に出てもらいます。これは命令として受けてもらいます」

 わたしは酷いことを言っているが、それでも逃げるわけにはいかない。
 この魔物だけは本能が倒せと言っている。
 ここでこいつを逃せばもう取り返しがつかないと。
 だがメルオープは笑っていた。

「もちろんですとも。これで我々に本当の実りの季節がやってきます。これまで我々は過酷なこの土地で生きてきました。今さら逆境で怖気付く臆病者などいません」

 胸を大きく叩いて自信満々に答えた。
 その目は全く敗北を考えていない。
 少しばかり勇気をもらえるというものだ。

「貴方たちがわたくしの領土の民で本当に良かったです。時間もないのですぐさまやりましょう」
「はっ!」

 全員が隊列を組んで、効率よく触媒を置いた。
 これで威力と発動速度をあげられる。
 わたしも試験管を周りに振りまいて、効力を高める。

「マリア姉さま、大変申し訳ございません。もう魔力が……」


 アリアが申し訳なさそうにわたしを見ていた。
 彼女は頑張った。
 あの小さな体で限界まで魔力を使ってくれたのだ。
 褒めることはすれども、責めることなんてできはしない。

「いいのよ。アリアが頑張ってくれたからエンペラーを倒せました。あとはわたくしに任せてください。レイナとラケシス、貴女たちも責任を感じないようにね」


 レイナとラケシスも魔力が完全に尽きているようだ。
 真面目な二人が責任を感じないように前もって言っておいた。
 口惜しそうに、分かりました、と答えた。
 わたしは声を張り上げた。

「戦士たちよ。これが最後の戦いです。 負けは領土の死を意味すると知りなさい! ですがわたくしに敗北はありません。持てる魔力を全て注ぎ込みなさい!」
「おおおおおお!」

 騎士たち二十人ほどが詠唱を始めた。
 わたしも最後の魔力を使う。
 踊りの魔法はもう使えないが五大貴族の魔法は一回くらいなら使える。
 おそらく今回も出てくれるはずだ。

「水の神 オーツェガットは踊り手なり。大海に奇跡を作り給いて、大海に祈りを捧げるものなり。我は生命を与えよう。我は王なり。全てを導こう。己が運命を進むために」


 魔力が解き放たれて現れたのは、デビルキング戦で現れた二対の剣を持った大男だった。
 上級貴族の魔法が空から土人形へと注がれる。
 だがビクともしない。
 メルオープも水の濁流を突き上げるように放つが、あまり効果があるようにはみえない。
 だがそれでも止めるわけにはいかない。
 負けたら終わる、それが全員の原動力となっているのだ。
 わたしは大男を動かして土人形へ斬りかかる。
 突如土人形の目が光った。
 それが光線となって、大男を切り裂いた。
 だが魔力の水で出来ているのでダメージはない。

「うぐっ……」

 ただ大きく魔力を吸われている感覚がある。

「マリアさま、お気を確かに!」

 レイナが後ろから支えてくれる。
 頭がどんどん痛くなってきて吐き気もする。
 急激な魔力不足で不調が現れてきたのだ。


「まだいける……」

 わたしは気力でしっかり体を立たせる。
 どうにか土人形まで到達して、二対の大剣で何回も攻撃した。
 悲鳴をあげるわけではないが、確実にその身を削っている。
 突如その土人形は一回転した。
 それにより大男も吹き飛ばされる。

「あっ……」

 魔力が足りない。
 もう体を支える体力もない。
 レイナとラケシスでわたしの体を支えた。
 もう自分の体が自分のものではない感覚だ。
 平衡感覚がない。
 魔力を注ぎ込みたいが、どのようにすれば注げるのかがもう分からない。
 完全な敗北。
 目の前が霞んで見える。
 声だけがはっきり聞こえ、騎士たちの気合を込めた声だけは聞こえる。
 だがおそらくこれは無意味だ。
 もう勝てない。
 突如大きな音が聞こえた。

 ……あの魔物の攻撃かしら

 目が見えないので何が起きているのかわからない。
 だが騎士たちの声がどんどん力強くなっている。


「マリアさま、マリアさま! もう大丈夫です。援軍が来ました! クロートがやってきましたよ!」

 ……クロートが?

 何も見えない。
 口に何か入れられた。
 これは、回復薬?
 急激に目が醒める感覚があった。
 頭痛が消えて吐き気も治っていく。
 魔力が少しばかり回復した。
 そして目の前にクロートがいたのだった。

「間に合いました。よくここまで頑張りました。あとはお任せください」

 その目は特に怒っている様子ではなく、わたしの頑張りを認めてくれた目だ
 クロートは詠唱を始めた。
 聞いたことのない詠唱だった。
 それはトルネードを作って、土人形を削っていく。
 そして自分も騎獣に乗った。
 トライードを手に持って大空を駆けていく。
 刀身を何倍にも伸ばして、土人形を一刀両断した。

「すごい……」

 わたしは彼の凄さを改めて実感した。
 シルヴィの騎士団長すら苦戦する魔物を一振りで倒したのだ。
 これでやっと終わった。
 わたしはやっと一息つけるのだった。
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