悪役令嬢への未来を阻止〜〜人は彼女を女神と呼ぶ〜〜

まさかの

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第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

下僕視点

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 ぼくの名前はみんなから下僕と呼ばれている。
 人によっては馬鹿にするために使うが、特に気にすることはない。
 大概が側近入りしたことによる僻みだからだ。
 中級貴族はマリアさまの側近に本来はなれない。
 それなのに僕がなっているものだから、それを妬むのは仕方ないのかもしれない。
 ぼくは確かに幸運には恵まれてきたが、それに負けないくらい努力を行ってきた。
 それは側近の座にしがみ付きたいからではなく、今日のようにお役に立ちたいと思ったからだ。

「アリアさま、ぼくが引きつけます。どうか遠慮せずやってください」
「分かりました。気を付けてくださいね」

 アリアさまが魔力を発動するまでぼくがあのエンペラーと呼ばれる最強の魔物を止めないといけない。
 体が震えてくる。
 騎士の訓練を積んだとはいえ、初めての実戦で最強の敵と戦うのだ、緊張しないほうがおかしい。
 しかし、ここはぼくが頑張らないといけない。
 アリアさまが詠唱を始めるとエンペラーが即座に反応した。
 今までルキノさまが陽動をしてくれたが、魔力の方に本能が警告を出したのだろう。
 ルキノさまには目をくれず高速で空中を移動して、かなり距離があったのにもう間近に迫っていた。
 ぼくは幻影の魔法を唱えてエンペラーの目を騙した。
 ぼくがアリアさまの方から離れて別の方向へ逃げようとするとそちらに体が傾いた。

「こっちだ、化け物!」

 無駄かもしれないが大きな声も合わせてこちらに来る確率を少しでも上げた。
 ぼくは騎獣に魔力を送って進み始めた。
 なるべくアリアさまと離れる。
 魔力も少しの間ならぼくが出しているように感じるはずだ。
 全力の飛行で少しばかり距離を離れすぎたかと思ったら、もうその大きな口がこちらに近付いていた。

「危なっ!」

 何とかその口を避けて空へと上昇した。
 流石はエンペラー。
 空での速度はあちらのほうが早い。
 だが今回は逃げるだけでいい。
 それならばいくらでも手のやりようがある。
 口を大きく開けて炎のブレスが飛んでくる。
 それもどうにか避け切った。
 しかし、至る所に魔法陣が現れた。

「気を付けなさい! 炎がその魔法陣から現れる!」

 遠くからルキノさまの声が聞こえた。
 恐ろしいほど知恵の回る魔物だ。
 ぼくは騎獣を操り、魔法陣がない場所を探して飛び回る。

「ギャアアアアアアアア!」

 魔法陣に夢中になっている間に隣接するようにエンペラーが並んできた。
 その大きな目がギロッとぼくを睨んだ。
 急いで、懐に隠していた試験管を取り出して息を止めた。
 そして試験管を握りつぶした。
 赤い色をした粉がエンペラーの元へ行く。
 すると動きを止めて悶絶し始めた。
 かなり辛い香辛料を改良したので、鼻の効くドラゴンには効くだろう。


「魔法が発動します。逃げてください!」

 アリアさまから合図が飛んできた。
 これで倒せるはずだ。
 ぼくは苦しがるエンペラーを置いて離れた。
 そしてアリアさまから特大の炎がやってくる。
 エンペラーを簡単に包めるだろう炎の玉が向かっていった。


「グルルるるーー、ガァァァァヴファーーー!」

 エンペラーも持てるだけのエネルギを用いて炎のブレスを吹き付けた。
 だがアリアさまの魔力で作り出した炎の玉の方が高エネルギーだ。
 ブレスを打ち消して、エンペラーを包み込んだ。

「ギャアアアアアアアア!」


 高熱がエンペラーを地獄へ落とす。
 アリアさまの渾身の魔力を食らってかなりきついのだろう。
 断末魔の叫びを起こした。
 アリアさまは魔力がある限りこの魔法を止める気はない。
 完全に灰になるまで続けるつもりだ。
 ぼくはアリアさまの魔力がいつ切れてもいいようにお側に近づく。
 そこでアリアさまの大量の汗に気付いた。

「だ、大丈夫ですか……」

 ぼくの喉から不安そうな声が出た。
 アリアさまはぼくに言った。

「だめ……、このままじゃ打ち破られる。わたしの魔力じゃ……」

 どんどんアリアさまの顔色が蒼白になっていく。
 疲れと目の前の現実に押しつぶされそうになっている。
 徐々にエンペラーの声が止んできた。
 それは力尽きようとしているからではない。

「ギャアアアアアアアア!」

 大きな咆哮と共に全身を包んでいた炎を吹き飛ばした。
 最強を冠するドラゴンは完全に炎を支配したのだ。
 だがエンペラーといえども、アリアさまの魔法はきつかったようで、体から湯気を出しながら、肩で息をしていた。
 エンペラーの視線がこちらにきた。
 耐え難いほどのプレッシャーが襲ってくる。
 全身から汗が吹き出し、呼吸が苦しい。
 これが本物の殺気だ。

「あっ……」


 アリアさまの体勢が崩れた。
 騎獣が消えたのだ。
 ぼくは急いでアリアさまを抱え込み、自分の前に彼女を置いた。

「す、すいません」
「いえ。あの化け物から威圧されれば仕方ないです」

 アリアさまの騎獣が消えたのは恐れもあるだろうが、一番は魔力不足だろう。
 こうなればもう奴を倒す手段はない。
 ここまで削ったのに、一人を除いて誰も倒せないことに苛立つ。
 あのセルランなら、万全のエンペラーにも勝ってしまうのだろう、と考えたくもない想像が沸き立った。
 エンペラーが翼を広げてこちらに急接近始めた。


「逃げます!」

 ぼくの騎獣では速度が足りない。
 だが真っ向から戦うには実力が足りなさすぎる。

「危ない!」

 アリアさまの声が響いた。
 ぼくは咄嗟に騎獣を沈めることで、幸運にも命を取られることはなかった。
 だがエンペラーの爪が背中を掠めた。
 鎧の一部を抉りとり、皮膚まで到達している。
 背中が熱く、液体が流れる感覚があった。

「大丈夫ですか?」

 アリアさまが気遣ってくれたので、平気そうな顔で、大丈夫、と答えた。
 エンペラーの目は完全に標的を定めている。
 油断ならない人物とアリアさまをそう判断したのだ。

「はぁぁぁあ!」

 ルキノさまが果敢にも攻めている。
 トライードに力を込めて、何度も斬りつけた。
 だがエンペラーの尻尾が騎獣ごとルキノさまを吹き飛ばした。
 だがおかげで時間が生まれた。


「飛ばしますので、我慢してください!」

 アリアさまを抱きしめて、騎獣の速度を上げた。
 今のうちに逃げないと次は命がない。

「もう少しで逃げれる……どうにかあそこまで」

 ぼくは死にものぐるいで逃げた。
 谷を抜けて、森を抜けた。
 魔物を盾にしてどうにか攻撃を避けた。
 騎獣の持てる速度を限界まで使う。
 だがそれでもエンペラーの速さには敵わない。

「下僕さん、わたしが足止めします! 貴方だけでも!」
「そんなことできません! マリアさまのご友人であるアリアさまに怪我を負わせれば、ぼくはもう二度とマリアさまに見てもらえなくなります。必ず助けてーー」

 言葉を続けようとしたが、それはもう出来なかった。
 完全に自分を先回りして、ぼくの目の前に立ちはだかったのだ。
 エンペラーは口を大きく開けた。
 同時に魔法陣も至る所に現れて、これはもう逃げられない。

「ごめん……なさい。わたしが倒せなかったから……」

 アリアさまは自責の念に駆られている。
 アリアさましかあの場で倒せる者はいないかったので、彼女が失敗するならもうしょうがない。
 それなのに自分に責任を感じているのだ。
 アリアさまは騎獣をどうにか召喚して、僕から離れてその騎獣に跨った。

「わたしの捨て身の攻撃なら一瞬は怯むはずです。どうかその隙に」
「やっとここまで来れました」

 ぼくが唐突に語り出したので、アリアさまは困惑している。
 だがこの場所こそが僕が逃げたかった場所だ。

「ちょうど時間でもあります。これほどの幸運はありません。やっぱりマリアさまの幸運は神からの祝福なのでしょう」
「下僕さん、一体何を……。エンペラーがーー」

 エンペラーが急に口を閉じた。ぼくたちではなく遠く離れた場所にいる人物を見ようとした。
 その先にはマリアさまが立っていた。
 踊りの服装に着替えて、複数の踊り手たちと共にいる。
 舞を踊り始めており、魔力の奔流が天へと上っていた。
 エンペラーは即座にマリアさまの方向へと向かった。
 だがそれはもう無駄だ。
 もう射程範囲なのだから。
 マリアさまは敵を一掃するため、人気の少ない場所で、各騎士たちが誘導するまでの時間を待った。
 いくら被害が大きくても誰にも迷惑が掛からないよう、入念に作戦を立てたのだ。

「いけない! あのエンペラーの耐魔力だと、マリアさまの魔力でも……」
「いいえアリアさま。それは違います」

 ぼくはずっと見てきた。
 これまでずっと欠かさずに魔力のトレーニングを積んできて、学業にも精を出してきた。
 これから見せる魔法は誰もが恐れ、崇拝するだろう。

「この地には水の神から寵愛をお受けし女神の化身がいるのです。ぼくらの戦いは始まっていた時から勝っていたのですよ」

 ぼくらの姫に敗北はあり得ない。
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