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第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

神への反逆

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 夕方に差し掛かるころには全員がパラストカーティへ無事たどり着いた。
 慣れない長時間飛行に誰もが疲弊していた。
 だがメルオープは疲れた顔を見せずに次々に指示を出して、休む場所を振り分けていく。
 ここは彼の城でもあるので、メルオープに全て任せるのが一番のようだ。


「マリアさま!」


 わたしの到着を知って、この領土を治めるアビ・パラストカーティが走ってやってきた。
 わたしが来ることは聞いていたはずなので、別のことで慌ててるようだ。
 だいたい見当が付くが。

「シルヴィ・ジョセフィーヌから通信が来てます! それに……その……」

 豪快そうな見た目なのに、その目は恐怖で縮こまっている。

「分かりました。すぐに行きます。ステラとリムミントは付いてきなさい」

 わたしは通信の部屋まで向かった。
 王国院と同じように水晶があり、魔力を注ぐと相手が映り出された。
 お父さまの顔がこれまで見たことがないほど、激情に駆られていた。

「マリアよ、シルヴィのわたしが言ったことを覚えているか?」

 これまで優しい父親が愛娘を前にしてもこれほど怒れるとは驚きもあり、またその威圧感が胃をギュッと掴んだ。

「騒ぎが起きないように、と聞いております」
「では、何故学生たちを出動させている? これはお前の言うところの騒ぎを起こさないになるのか?」

 重く深く言葉が降りかかる。
 だがわたしにも言い分はあった。

「お父さまこそ、援軍が期待できないのにどうやって大量の魔物を殲滅するつもりですか? このままわたくしたちが何もしなければ荒野が残るだけではありませんか」
「それは仕方なし。領地よりお前の将来の方が大事だったのだからな」

 きっぱりとお父さまは優先順位を告げた。

「お前はこの国の誰よりも魔力が多い。つまり、将来的には国の実権を握るのはお前だったのだ。王子と婚姻すればそれは盤石となった。なのに、一時の同情でシルヴィへの継承権を捨てたのだ」

 魔力量がこの国では絶対だ。
 もしわたしがこの魔力を次代へ継承すれば、それは領土の力となる。
 シルヴィになったあとは跡継ぎを作らないといけない。
 そのため王子とわたしが結婚するという異例が認められたのだ。
 この魔力を受け継ぐには、同程度の魔力が必要だから王族以外にはありえない。
 だがわたしがシルヴィにならないのなら、この婚姻自体破棄されるだろう。

「マリアよ、今なら聞き間違えたとしてやる。今すぐ学生と一緒に王国院に戻りなさい。しばらくは風当たりも強くなろうが、直に収まるだろう。言っておくが、これは命令だ。もし破るようであれば……」


 殺気のこもった目がわたしの首筋を撫でるような感覚に落とす。
 シルヴィとはこの国の神と同列だ。
 神へ逆らってはいけない。
 たとえ親子であろうとも。

「お父さま、ごめんなさい。もうわたくしは覚悟が出来ていますの。わたくしは自分を慕う人間を放っておくつもりはありません」
「なにを言ってーー」

 お父さまが何か言う前に水晶から手を離した。
 映し出されたお父さまが消えて、わたしだけがこの空間に残ることになった。
 もう後戻りはできない。
 わたしは部屋の外へと出た。


 外には心配している側近たちとアビ・パラストカーティがいた。

「ま、マリアさま……シルヴィはなんと?」
「魔物の殲滅はわたくしに全て任せると言いました。だから何も心配いりませんよ」
「そ、そうですか。よかったです」

 アビはホッと胸を撫で下ろした。
 今はそれでいい。
 魔物討伐に無駄な情報なんていらない。

「それでは一度お食事としましょう」

 そこでわたしはここの美味しくない食事を思い出した。
 だが今は緊急事態なので文句は言えない。
 テーブルについて食事が出された。
 ステラが毒味をすると、一言呟いた。

「美味しい……」


 そんな馬鹿な、と料理を見つめた。
 前と大きく変わりのない貴族料理だと思うが、素材が全く生きない味だった。
 毒味も終わったので、わたしはスープを口にした。
 舌に染み込む野菜や肉の出汁が脳天に突き刺さった。

「本当に……美味しい」

 一体どうしてあんなに不味かった料理がここまで改善されているのか。
 わたしはアビを見ると、少しばかりバツが悪そうだ。

「おそらくこれまで良い物を食べられていたマリアさまにはここの料理が不味かったと思います。色々な試行錯誤はしましたが素材が粗悪すぎてあれが限界だったのです。ですが最近は魔力量が多くなったので、実りのよい食材が増えました。やっとわたしたちが食べたかった、王国院の味を再現できました」

 アビは感慨深くスープを飲んだ。
 魔力の低い土地では野菜の育ちは悪いし、動物も痩せ細っている。

「どうか我々の土地を救うのに協力をお願いいたします。やっと我々の大地に秋が来ようとしているのですから。我々の命はこの領地と共にあります」

 アビは真剣な目をこちらに向けてから頭を下げた。
 続けてメルオープも同じように頭を下げる。
 領主一族として、この領土を守る覚悟が見えた。

「もちろんです。そのためにわたくしはここにいるのですから」

 やっと土地が回復し始めているのだ。
 この環境を壊すわけにいけない。
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