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第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

傲慢な王

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 ゼヌニムとのお茶会のため準備を進めたり、授業を受けたりしながら忙しい時間が過ぎ、朝にリムミントが疲れた顔でやってきた。
 その疲れた顔には心当たりがあった。

「姫さま、おはようございます」
「おはよう、リムミント。また起きたのですか?」

 尋ねると、頷いて肯定した。
 ゼヌニムとお茶会が決まってから、一部の生徒が喧嘩をすることが多くなった。
 まだ流血沙汰にはなっていないが、どうにもピリピリしている。

「今回はシュティレンツの生徒がビルネンクルベの生徒をイジメたり、ビルネンクルベがゴーステフラートの生徒を攻撃したりと過激な者たちが手に負えなくなっています」

 ゼヌニムとお茶会をすることは互いに歩み寄るということだ。
 それを嫌がる生徒たちが騒ぎを起こしたり、不満をぶつけたりしている。
 このままではお茶会どころではない。

「一体どうしたことか。何か良い方法を考えないといけませんね」


 わたしが思案しているとサラスが話に入ってきた。

「おそらくですがみんな不安なのでしょう」
「不安ですか?」


 何か心配することがあるのか?
 わたしは首を傾げると、サラスは説明を続ける。

「ええ、ゼヌニムと仲が深まるのはこれまで誰も成し得なかったことです。現シルヴィもそれは叶いませんでした。ただ年が経つにつれて前ほどの対立も減っておりますので、姫さまならば完全に領土の壁を壊してくれるかもしれませんという期待もあります」
「それならなおさら心配事が減っていいのではありませんか?」

 サラスは首を横に振って否定した。

「変化をもたらすことは必ずしも良いことばかりではありません。一見良くなったように見えても、見えないところでは歯車が回らなくなることもあるのです。今回ですとゼヌニムと対立を望む派閥が問題を起こすように」

 わたしはそれを聞いてまた考え足らずだと思い知る。

「また暴走してしまいましたかね」

 わたしが落ち込んでいると、これまた否定がやってきた。

「いいえ。いずれはどうにかしないといけない問題です。遅いか早いか。だから側近がいるのです。少しでも姫さまが望むものを叶えるため、我々も全力を尽くします。護衛騎士たちにも今が一番危険な時期なので、警戒を怠らないようにきつく言っております。あとは姫さまが進みたい道をまっすぐ歩けばよろしいのです」
「ええ、そうね。もう少しの辛抱ですもの。さあ、楽しいお茶会に行きましょう!」
「元気になって何よりですが、少しばかり淑女としての自覚が無くなってきたのではありませんか?」

 わたしが立ち上がり拳を高く振り上げると、サラスが額に手をやって大きなため息を吐くのだった。
 今日はシスターズではなく、学友との楽しいお茶会だ。
 ウキウキしながら廊下を歩いていると、会いたくもない人物がいた。

「おい、マリア久々だな」

 前に変色した髪はそのままで、自信に溢れた顔でわたしに話し掛けてきたのはガイアノスだった。
 次期国王になることがほとんど決まったようだが、わたしとしては何かの間違いだと思っている。
 成績も魔力もウィリアノスさまに劣るこの男を支えたいと思わない。


「あらガイアノス。お喋りしたいのは山々ですが、今大変忙しいので失礼します」
「おっと、つれねえな」

 わたしはそそくさとその場を去ろうとしたが、わたしの道を遮ってきた。
 きつく睨むがガイアノスは愉快げに笑っていた。


「そう怒るなって。俺はお前に話があるんだよ」
「わたくしにはありません」
「ヨハネの件で大変なんだろ? 俺があの女を消してやろうか?」

 ガイアノスがヨハネを消す?
 笑わせてくれるものだ。
 彼女を簡単に殺せるならわたしはすぐさまセルランに命令して暗殺をお願いする。
 だがそれができないのが彼女だ。

「どんな知略も暴力をもってしても消せないから誰もが彼女を恐れるのに、魔力が上がったくらいで自惚れないでください」
「今の俺を誰だと思っている。領土ごと消せばいい。そうなればお前の嫌いなアクィエルもろとも消せるぞ」


 一体この男は何が言いたいのだ。
 なぜわざわざ五大貴族を消したいのか。

「貴方がそんなにアクィエルさんが嫌いだったなんて意外です」
「別に俺は嫌いでもなんでもない。ただお前が嫌いだろうからこうやって聞いてやっているんだろう?」
「わたくしに恩を売りたいみたいですけど、一体何を望んでいますの? わたくしが当主になった時に絶対服従を約束してほしいのですか?」

 たとえ、ヨハネがいなくなるとしてもこの男に頭を下げるのだけは絶対に嫌だ。
 だがそうではないとガイアノスは首を横に振った。


「俺の女になれって言ってるんだ。マリア、王となる俺の歴代最強の魔力に釣り合う女なんてものはどこにいもいない。お前とウィリアノスですら子供が産まれるかもわからないくらい魔力が離れている。だが俺とお前ならその心配もない。それにお前ならその美貌に、度胸、そしてカリスマがある。お前を手に入れれば誰もが俺を王と認めて絶対服従するだろう」


 ガイアノスが手をこちらに差し出した。
 もしこの手を取ればすぐさま行動に起こすつもりだろう。
 セルランもサラスも口が出せない。
 わたしの言葉一つで一気に情勢が変化する。
 側近たちの緊張が伝わってくる。
 だがわたしがそれに引っ張られるわけにはいかない。

「大変嬉しい申し出ですが、時に光の神からの加護を受け取らないことあります。何故ならわたくしは水の神からの加護で充分に満たされているからです。それにわたくしは装飾品ではなく、一人の女であります。是非淑女へのお茶の誘い方を覚えてから来てくださいませ」


 やんわりと、ジョセフィーヌから出る気はないと伝えた。
 だがそれが気に食わないのかガイアノスの目が苛立ちげだった。

「ああん? あんまり調子に乗るなよ、てめえを今ここで……、おい従者の分際でどういうつもりだ」

 ガイアノスがわたしに摑みかかろうとしたところで、セルランが前に出て庇ってくれた。

「マリアさまがその手を拒否した以上お守りするのがわたしの役目です。これ以上はたとえ貴方様でも剣を抜くしかありません」

 セルランの殺気をあてられているのに、前のように怯えがない。
 そこでフッと笑い、ガイアノスがわたしを見た。

「お前も可哀想だよな。ウィリアノスはお前には全く興味がないんだからな」
「何を言っていますの? ウィリアノスさまはわたくしを愛してくれています」
「なんだ、何も知らねえ……、いや面白いことを考えたぞ。今のことは忘れろ。あと、俺を選ばなかったんだから、後悔させてやるよ」


 ガイアノスは意味深なことを言うだけ言ってその場を笑いながら去っていった。

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