悪役令嬢への未来を阻止〜〜人は彼女を女神と呼ぶ〜〜

まさかの

文字の大きさ
上 下
125 / 259
第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

閑話ステラの恋愛話2

しおりを挟む
 魔法祭の祝勝会の日は非番であった。
 スフレさまから手紙がやってきてからすぐにわたくしは机に向かって何度もペンを握った。
 だがそのペンが何か文字を紡いだりはしない。
 何度も頭を悩ませ、そしてああでもない、こうでもないと自問するだけだ。


「むーん、これほど凶悪な敵は会ったことがない」

 わたくしが独り言を呟くと、後ろから笑い声がやってきた。
 これほど大変な思いをしているのに失礼なやつだ、と後ろを振り返って不機嫌顔を作ってやった。

「人が苦労している時に笑うのはあまり上品ではないですよ」


 わたくしの侍従として来ている遠縁の血族であるセーラに注意をした。
 花嫁修行としてわたしの侍従をしてくれている彼女はそんなわたしの言葉を気にせずに紅茶を置いた。


「大変申し訳ございません! でもいつもは姫さまのためにしっかりしなくては!って言っているステラさまがそのように頭を悩ませていたら誰だって笑ってしまいますよ」

 拳を上げて、わたしの真似をした。
 わたくしのモノマネのつもりかもしれないが、全然似ていない……と思いたい。
 書けないときにいくら悩んでもしょうがない。
 わたくしは一度紅茶を口に運んだ。
 セーラは椅子に座って慈しむようにわたしを見ていた。

「まさかどんな男性騎士よりも凛々しく聡明であるステラさまでも、想い人にはまっすぐに気持ちは伝えられないのですね。でもわかります。わたくしの未来の旦那さまであるーー」


 自分の世界に入り聞いてもいない婚約者の話を馴れ初めから話し始めた。
 何度も聞いているのでいい加減覚えるほどだ。
 聞いていられないので、一度ここで話を止める。

「別に想い人ではありません。まだ顔すら合わせていないのですから」

 まったく、勝手に興奮しないでほしい。
 わたくしは美味しい紅茶をまた口に運んだ。
 そこでキョトンとこちらを見ているセーラが目に入った。

「まだ会ったこともないのになんでそんなに悩んでいるのですか? これまでだって何度も縁談が来て手紙のやり取りをしたではないですか」

 わたくしはそこで言葉が詰まった。
 たしかに何度も縁談の話は来て、実際に顔合わせまでしたこともあった。
 だがどの殿方とも上手くはいかなかった。

「ええそうですが……。ただ……ね」
「ただ、何ですか?」

 わたくしは机の上にある手紙をセーラに見せた。
 しばらくセーラはその手紙を見て、次第に頬が紅潮させ始めた。

「素敵……。なるほど、ステラさまはこの手紙のように相手を想った言葉を贈りたいが思い付かないのですね」
「まあ、そういうことです。わたくしはこれまで騎士としての技量を磨いてきましたが、こういったことはあまり練習していません。詩くらいなら書きますが、この方を満足させる言葉が思いつきません」

 わたしははぁ、とため息を吐いた。
 セーラは二つ下であるが侍従としてこういった手紙を書くことは得意だ。
 だがそんな彼女でも頭を悩ませた。


「神への修飾の多さは相手をどれだけ想っているかの指標ですからね。流石にこれほど眷属の名前でステラさまを表現するなんてよほど勉強している方でないとできませんね。そういえばマリアさまの側近にこういったことが得意な中級貴族がいませんでしたか? すごく不名誉な呼ばれ方をしている男性の方です」


 セーラが思い浮かべている男性に心当たりがあった。
 姫さまが唯一中級貴族にも関わらず側近入りさせている下僕だ。
 確かに彼ならそういったことは得意だろう。
 姫さまの側近として少しでも役に立とうとする気概があるためか、本来資金力で上級貴族と教育のレベルで差が出るはずなのに、それどころから王国院内でもトップに近い成績を修めているのだ。
 だがまだ自分より立場が上の者との対応を覚えている最中なので、まだ実力を出しきれていないようだ。
 魔力がある家に生まれれば、姫さまの側近に誰からも後ろ指を指されなかっただろう。

「下僕ですか……、一度聞いてみましょう」

 少しは光明が見えたので、今日は頭を悩ますのはこれまでにしよう。
 朝になったらすぐに姫さまの護衛を代わらないといけない。

「でも本当なのですか? 中級貴族なのにマリアさまと同じ蒼の髪を持った強大な魔力を持つお兄さんを持っているって」


 セーラは少し疑い気味に聞いてきた。
 下僕の兄であるクロートはシルヴィの文官として優秀な男性だ。
 だがわたくしも気持ちはわかる。
 本来五大貴族を上回る魔力を持った貴族が生まれるなんて考えられなかったのだ。

「ええ、そうですよ。我が家に彼の血が入れば五大貴族に次ぐ名家として安泰でしたでしょうに」
「なぜステラさまは手を引いたのですか? いくらマリアさまに止められたところで、ステラさまの美貌と血筋なら喜んで婿入りをしたのではないですか?」
「それがダメだったのです」

 わたくしは婚約候補に名乗りを上げようとしたが、姫さまに本人の同意なく無理矢理婿入りさせてはいけないと厳命されたのだ。
 だがやはり貴族として家のことを考えないといけないわたくしはそれとなく、お相手を探していないかと探りを入れた。
 すると一枚の紙を渡され、魔力量の検査結果を見せられてわたくしも驚愕した。
 結論から言うとわたくしとは結婚は無理だった。
 魔力に差がありすぎてわたくしでは子供を宿せない。
 そうなると彼に婿に来てもらったとしても、一代限りでその魔力は消えてしまう。
 姫さまに言われることなく、実らない恋だったのだ。


「ステラさまでも子供が宿せない魔力差だなんて、もうマリアさまとしか結婚できないのではないですか?」
「口を慎みなさい。マリアさまはもう王族という婚約者がいるのですから、そういった不敬な言葉を次に言ったら身内といえども処罰しますわよ」

 セーラは慌てて口を塞いだ。
 五大貴族はわたくしたち貴族とは別格の存在。
 こういった些細なことで家がなくなることなんてある。
 姫さまはお優しい方ではあるが、もし敵だと判断した場合には全く容赦などしない。
 ヨハネさまほど相手を追い詰めたりして楽しんだりはしないが、命令した後はまるでもう興味がないかのように日常に戻る方だ。


「でもウィリアノスさまも少しは姫さまを想ってくださるとわたくしも安心できるのですが」

 これまた不敬な言葉をセーラに聞こえないように小さく呟くのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...