悪役令嬢への未来を阻止〜〜人は彼女を女神と呼ぶ〜〜

まさかの

文字の大きさ
上 下
123 / 259
第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

恋する乙女の苦悩

しおりを挟む
 わたしはユリナナに尋ねた。

「ユリナナさん、確認したいのですが、貴女は想いをお寄せている方がいらっしゃると言うのは本当ですか?」

 わたしがそう言うと、一度ユリナナは目をつぶって深呼吸をして、再度目を開けた。
 そしてわたしの言葉に頷くのだった。

「はい。ゼヌニム領の第三都市、リントブルムを治めるレンオアム・リントブルムさまを心よりお慕いしております」

 どうやら噂については事実のようだ。
 だがわたしも考えた。
 確かに彼女の恋を応援してあげたい。
 だが一個人のために領土を巻き込んでしまうのはいいことなのかと。

「まあ、そうだったのですね。そういえば前にずっと待っている人がいると、パーティーの時に言っていた気がしますが、あれはユリナナさんだったのですね。それなら、それこそゴーステフラートはゼヌニムに来た方がいいわ。こちらの領土に来たらわたくしが色々手を回してあげますのでご安心してくださいね」


 アクィエルはユリナナの手を握って、派閥入りの約束をした。
 いろいろな制約はあるがこれで守られたも同然だ。
 ユリナナはパーッと笑顔になった。

「ありがとうございます。アクィエルさまに守っていただけるのなら、どんな盾よりも安心でございます」


 ユリナナにとってはいい話のようだが、わたしはゴーステフラートを渡すつもりはない。


「残念ですがその約束は叶いません。わたくしがゴーステフラートを手放しませんので。一人のために領土を捧げるなんてことはできません」
「まあ、お酷いこと。こんなに恋を苦しんでいる子に一生生き地獄を味わえとそうおっしゃいますの?」


 アクィエルは真剣な顔でわたしの意見を否定した。
 だがわたしは一つの秘策があった。

「いいえ、わたくしも恋の辛さは分かります。いつもその方を想うユリナナさんの気持ちは誰よりも分かっているつもりです。だからアクィエルさんにお願いがあるのです」
「わたくしにですか? マリアさんがわたくしにお願いなんて珍しいこともあるのですね」
「ユリナナさんの恋が叶わないのはひとえにジョセフィーヌとゼヌニムの確執のせいです。それならば、一度わたくしたちのわだかまりを解消することが一番の手です。だからこちらの三領土とそちらの三領土を呼んだ、大規模なお茶会をしましょう」


 わたしの宣言にアクィエルとユリナナは大きく目を見開いていた。
 もともとそのつもりだった。
 側近たちとも話し合ってこの会を決めたのだ。
 わたしがこの子たちを導く者として、その器を示さないといけない。

「さすが、マリアさん! 面白いことを考えます。わたくしは一向に構いません。面白くなってきました。あなたたち、今の話を聞きましたわね! 大至急全領土に伝えなさい! アクィエル・ゼヌニムの名において命じます。各領土は代表者を二人選出してこのお茶会に出席しなさいと。もしわたくしの命令に従わないのなら、お父さまに伝えてくださいませ」


 アクィエルはわたしより容赦はない。
 おそらく領主の座が一つ空くことになるだろう。
 だがまさかこれほどアクィエルが乗り気になってくれるとは思ってもみなかった。

「言っておきますが、わたくしは特に協力はしませんわよ。だってゼヌニムにゴーステフラートがくれば何も心配など要らないのですから」


 アクィエルの目が光ったかのように感じた。
 これまでお間抜けな姿ばかり見せてきたが、これでもわたしのライバルを気取るのだ。
 ここぞというときには本領を発揮するので、ガイアノスよりは好感は持てるが、それと同時にわたし自身この子に負けたくないのだ。

「ありがとうございます。こちらも代表者を二人選出する旨を伝えましょう。ユリナナさんは何か意見がありますか?」


 ユリナナは一度深く考え、わたしを見た。
 喉を鳴らして、汗をかいているのがわかる。
 おそらく重圧を感じて、その言葉を出すのも大変なのだ。

「意見はございませんが一つだけお聞きしてもいいでしょうか」
「ええどうぞ」

 ユリナナは決意したようで重い口を開いた。

「ゴーステフラートは何もない土地です。おそらく今後は魔鉱石の発掘が出来ているシュティレンツに負けることでしょう。マリアさまの影響力を考えれば数年以内に順位の逆転が起こります。それなのにどうしてそんなにこだわるのですか? 二つの領土になれば、魔力不足のほとんど解消されます。わたしたちに送っていた魔力が不要になるのですから」

 わたしはやっと彼女の不安が恋以外にもあることに気が付いた。
 それは領主の娘としての重圧としてのしかかっているのだ。
 ヨハネと一緒に来たアビ・ゴーステフラートも辛い顔をしていた。
 彼女はただ恋のためだけにゼヌニムを選んでいるのではない。
 ただ領地についてずっと頭を悩ませていたのだ。

「ゴーステフラートが何もない……ですか。わたくしはそうは思いません。ゴーステフラートは食に関して特産物はたくさんあります。確かに他領よりは輝かしい特産はないかもしれません。しかし、だからこそゴーステフラートは他領よりは上をいけるのです」
「どういう意味でしょうか? 一体どう考えればわたくしの領土が素晴らしいと思えるのでしょうか。ずっと地味だ、特徴のない真ん中を維持する普通の領土だと言われて、どこに他領に勝てるところがあるのですか!」

 ユリナナの言葉が乱れた。
 ユリナナはわたしの言っている言葉の意味が理解できないのだ。
 わたしも前まで同じような評価をしていた。
 だがそれは大きな間違いだと気付かされた。

「ユリナナさん、大きな力を持っている領土が上位領地になるのではありません。たとえシュティレンツやパラストカーティが特産に関しては上でも、それの受け皿になってくれるゴーステフラートがいて初めて経済が回るのです。時代はもう力や魔力の差ではありません。経済を回す領土こそがこの国を支配するのです」


 ユリナナはずっと領地の嫌な話しか聞かされておらず、苦しんできたのだろう。
 それなら正しい情報を与え、わたしの庇護下にいるのなら何も心配することがないことを伝えなければならない。
 ユリナナの顔に冷静さが戻り始めた。
 わたしは彼女の手を握ってあげた。

「もうあなたの領土は特徴を持っているのですよ。そしてこれからはジョセフィーヌの領土をまとめてわたくしを支えてください。地盤が固まるまではわたくしがサポートします。そしてこのお茶会を通して、貴女の恋についても必ず実らせます。だからもうしばらくわたくしに時間をください。どうか笑って待ってくださいませ」


 ユリナナはこれ以上言葉を出せなかった。
 ただ涙を流して、わたくしとアクィエルは席を立ってその場を離れた。
 今日のお茶会は終わったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

処理中です...