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第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

王国院へ戻ろう

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 それからお互いにゴーステフラートの所有を巡って話は続いていく。
 だがなかなか両者譲らず、そこで一つの提案がアビ・フォアデルへからなされた。
 ずっと無言を貫いていた物静かな男が言ったのだった。

「それならばどちらがゴーステフラートを発展させたかで勝負というのはどうでしょう? 一向にこの話し合いでは決まりそうにありませんので、まだ一向に発展していない北西の地域と比べてみましょう。あそこにも大きな都市があったはずですな」


 ゴーステフラートの北西には第二都市がある。
 そこでわたしたちはこの第二都市を発展させて、アビが住む第一都市を越える経済成長が認められればジョセフィーヌの管理が一番適切であるという証明になる。
 時間は二つの季節分として一番分かりやすい芸術祭までということになった。


「ふん、ジョセフィーヌがどこまでできるのやらな」
「わたしの娘なら出来るに決まっているだろ。大人しく城に戻ってふて寝しておくがいい」
「いい度胸だ、マンネルハイムで決着だ!」
「望むところ!」

 お父さまとシルヴィ・ゼヌニムが喧嘩を始めたのでお互いの文官が止めに入った。
 もうお互いに喧嘩していい立場ではないので、文官たちも必死だ。
 二人とも騎士としての才覚があるようで、学生の頃はよく競い合っていたらしい。


「それでは頑張ってくださいませ、マリアさま」
「その余裕はいつか後悔するわよ、ヨハネ」


 ヨハネは手を振ってさよならを告げた。
 これからやらないといけないことは山積みだが猶予はできた。
 わたしは経済発展のために計画を作り、それを第二都市に住む貴族に任せる。
 犯罪組織を手に入れているので、この組織を使って大口の商人を巻き込む予定だ。
 そして地理的に、パラストカーティとシュティレンツどちらとも流通がしやすいという利点があったので、どちらの特産品もゴーステフラートで卸してもらい、三領土の連携を強くする中継地の役割をもってもらった。
 伝承についても、祭壇はゴーステフラートの城の近くにあったのですぐさま行った。
 ホーキンス先生も一生懸命その伝承についてレポートを書いており、これで三領土全てで土地に魔力が潤い始めたのでこれからの経過が楽しみでならないようだ。
 そこで数十日が経過した時、クロートからわたしに話があった。

「どうかしましたか、クロート? まさか何か問題でも!?」
「落ち着いてください。政策は順調です。もう姫さまにやっていただきたい重要な件もほとんど無くなったので、あとはシルヴィに引き継げば大丈夫でしょう」
「そう、それは良かったです。やっと少しは肩の荷がおりそうです」


 これまでかなり頑張った自覚はある。
 そのおかげで、ゴーステフラートだけではなくパラストカーティとシュティレンツの経済レベルも上がっており、近いうちに貢献度も大きく伸びることは誰の目からも明らかであろう。
 そこでサラスが目を輝かせてクロートに問うた。

「それでしたら、やっと王国院に姫さまを戻せるのですね」

 サラスはわたしがまだ学生であるため、まだわたしには責任が重すぎると思っていたようだ。
 わたしもそこでずっと王国院に戻っていないことを思い出した。
 何か忘れていないだろうか。


「ええ、姫さまはこれまで本当に頑張られました。しばらくあちらでゆっくり過ごしてください。わたしはまだまだやることも多いのでしばらく残ります。騎士祭が終わった後にまたあちらへ向かいます」
「忘れてました!」


 わたしが大きな声を出すと全員がわたしをみた。
 ちょっとはしたないと思い口を押さえたが、サラスはこめかみを抑えるのだった。

「姫さま、また淑女としてあるまじき振る舞いをするだなんて、お仕置きが足りないようですね」
「ちょっと待って、サラス!  それどころではないのです。もう騎士祭の時期ではないですか! わたくし何も指示を出しておりません。せっかく魔法祭を優勝したのだから騎士祭も優勝して、学生たちの勢いを継続したかったのに!」


 まさかこれほど長く王国院を空けるつもりはなかったので、騎士祭の準備は全くしていない。
 せっかく季節祭全てで優勝をしようとしていたのに、何も対策を行なっていない。
 わたしはすぐにでも戻らないと前みたいにやる気をなくしているかもしれない。


「今から戻るとギリギリ騎士祭に間に合うと思います。姫さまがマンネルハイムで指揮を取れば全員の士気も上がることでしょう」

 クロートの意見に賛成だ。
 どうすればこれから騎士祭で巻き返せるか考えているとクロートがわたしの顔をじーっと見ていた。

「どうかしましたか?」
「いえ、最近の姫さまは急激な成長をされております。少し異常なほど。もしかしてまた水の神の眷属が現れたのではないかと思いまして」

 そういえば忙しくて誰にもあの時のことを言ってなかった。
 ヨハネに怯えていたのに急に強気になれば誰だって不審に思うだろう。

「ええ、出ましたわよ。いたずら狼がわたしに何か魔法をかけたみたいで頭がスーッとして、何でもできそうな感じですの」
「眷属さまに対していたずら狼などと……」


 どうやら失礼すぎたようでサラスがこめかみを抑えている。
 しかし事実そうなのだから仕方がない。


「狼ですか……そうなるとフヴェズルングでしょう。いたずらが好きな眷属ですね」
「やっぱりそうなのですね」
「ですが自身に危険が及んだ時などではその叡智は全ての人間の助けになるそうです。もしかしたらそのお力をお分けいただいたのではないですか?」

 どうやらあの時色々な考えが線で結び付いたのはいたずら狼のおかげのようだ。
 もしあのままヨハネに詰め寄られていたら心をやられていた。
 助けてもらったことには変わりはないようだ。
 わたしは水の神の眷属に対して魔力の奉納をした。

「水の神の眷属フヴェズルング、水の神の眷属クリスタライザー、わたくしを今後もお見守りください」

 青い光が空へと上がっていき、眷属へ魔力が奉納されたはずだ。

 それからわたしは王国院に戻ることを側近たちに伝えた。
 お父さまにも挨拶して次の日には王国院へと戻るため馬車を用意した。
 見送りに来たお父さまたちにお別れを告げた。


「ではお父さま行ってまいります」
「気を付けるのだぞ。お前は頑張りすぎるところもある」
「そうですよ。貴女とレティアは大事なわたくしたちの娘なのですから、危険なことをするのは心臓に悪いのです。側近の皆さんもどうか娘をお願いしますね」


 お母様がそう言うと全員が頷いた。
 サラスがお母さまにわたしの教育はお任せくださいと嫌なことを言っている。
 わたしはそそくさと馬車に乗り込んで出させる。
 なんだかんだ育った場所のため寂しさがあるが、わたしはまだまだやらないといけないことがある。
 騎士祭までもう数日しかないため、出来ることはないかと王国院に着くまでの間ずっと考えていた。
 そして、王国院に辿り着くとわたしの視界は黒くなっていった。
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