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第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

潜入作戦

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 フードの男ももう攻撃がないと油断していたか、わたしの攻撃が体にぶつかり女リーダを持つ手が緩まった。
 わたしはすぐに男の懐に入り込んで女リーダーに体当たりをした。


「ほげえええ!」

 女リーダーは珍妙な声を上げながら男の手から離れて、わたしはその女リーダーを抱えて、水の魔法を地面へと放って反作用の力で外へと放り出た。


「箱入り娘がどうして。だが逃がすわけがなーー」
「マリアさまに何をするつもりだ!」


 セルランが間一髪で戻ってきてくれたおかげで、わたしへの追撃は防がれた。
 だがわたしは見たのはそこまでだ。
 そこからはわたしは身を投げ出して下へと落ちて行く。
 わたしを助けてくれる者は今はいない。
 しかしここで自分の身を守れなければわたしが死んでしまう。
 風の魔法を地面へ向けて衝撃を緩和するしかない。

「風の神 シェイソーナガットは守護者なり。奇跡を起こせ!」

 強い風が手から放たれて、地面に風が当たることで少しずつだが落ちる速度が減速した。
 地面との距離も近づき安心したが、そう甘くはない。


「思ったより行動力のある姫だ。だが死ね!」


 先ほどの男がセルランをかいくぐってわたしのそばまで来ていた。
 驚愕に顔が彩られながら、わたしは死を覚悟する。
 敵の魔法がわたしに放たれようとした

「させない!」
「ぐふっ!」


 クロートが水竜に乗って男に体当たりを仕掛けた。
 加速度の乗った一撃は効いたようだが、それでも敵の攻撃は止まらない。
 絶対に逃がさないというその殺意がわたしに暴風の魔法を叩き込んだ。


「きゃああああ!」

 わたしと女リーダーは魔道具の防御で風のヤイバで傷が付くことはなかったが、その勢いまでは殺せずみるみるうちに先ほどの大店が見えなくなるほど吹き飛ばされた。


「姫さま!」


 クロートの声が聴こえるが、だんだんと遠ざかりわたしは街の端まで吹き飛ばされ、民家に激突した。
 どうにか魔道具で守られたので、特に怪我らしい怪我はないが、高速で空を飛んだので頭がふらふらする。
 女リーダーはすでに気絶しており、この民家も今は誰もいないようだ。


「どうしよう、誰もいない。でもすぐにだれか……」


 わたしが動き出そうとした時、近くで馬車の音が聞こえた。
 近くで止めたようで足音が近付いてくる。
 セルランたちなら馬車なんかで悠長には来ない。
 なら考えられるのは敵の仲間が助けに来たのだ。
 わたしは女リーダーを見てすぐに行動を始めた。


「ボス大丈夫ですか! こちらに飛んで行ったのを見ましたので助けに来ました!」


 どうやら平民の商人のようで、まだ二十歳そこそこの若い男だった。
 民家へ入りわたしと目が合った。

「ありがとうございます。わたくしは無事です」
「何を普段使わないような上品な言葉を使っているんですか! 早く逃げますよ! 」


 男は何も疑問を持たずわたしの手を取って外へと向かった。
 馬車に乗るときにわたしの顔をじっと見た。

「そういえば、すごい綺麗な女の子が一緒に飛んでいたように見えたのですが、その子はどうしたんです?」
「ああ、その子なら急いで逃げて行きましたわよ。だから気にしなくていいです」
「ふーん、まあ貴方が無事ならいいですがね。でもせっかくなら裏で捌けそうな顔と身分だから惜しかったですね。無駄話もなんなのでいきましょう」


 馬車のドアを閉められて馬車は動き出した。
 そう、わたしは女リーダーに変装している。
 変化の杖で声すらも違うのでパッと見てはわからない。
 女リーダーには鎧を着させて適当な布を被せたので、しっかり捜索しないとわからないだろう。
 しかしこれからどうするか考える。
 もともと、この組織のトップを秘密裏に代えて、裏で操作する手筈だったが強力な敵の出現に作戦を変更した。
 わたししか今代わりになれる者がいないため、潜伏はわたしが行う。
 誰にも許可を得ていないがこうするしかない。
 もう失敗は許されないのだ。
 馬車は完全にラングレスの街から離れた少しばかり端のほうのホテルへとたどり着いた。


「ではボス、今日はここで休みましょう。貴族たちも流石にここまで来ることはありませんから、今日くらいは大丈夫ですよ」
「そうね、ではエスコートしてくださる?」
「エスコート? なんかいつものボスと違うが、あんな怖いことがあった後だと可愛くなるもんなんですね」

 青年は笑っていた。
 どこか変なところがあるのかが自分ではわからないため直しようがない。
 もう開き直って使うことにしている。
 全部先ほどの恐怖のせいで自分をみつめなおしたことにしよう。
 青年がわたしの手を握って馬車から降りて、ホテルの中へと入っていく。
 このホテルの支配人が恐縮した様子でわたしを出迎えてくれた。

「ようこそ来てくださりました、ボス・クラリス」
「突然の来訪に応じてくださってありがとうございます。先程貴族たちに追われて心が縮こまる思いをしましたので、お部屋まで案内頂けますでしょうか」
「……ええ、もちろんですとも、ではご案内致します。お食事はいかが致しましょうか?」
「部屋まで運んでください。今日はあまり人とは出会いたくありません」


 支配人たちも普段のわたしと違う様子に気が付いたが、貴族に追われていることを話すと納得してくれた。
 わたしは部屋まで案内された。
 なぜか青年もわたしの部屋に入ってくる。

「えっと、なんで一緒の部屋に入っているのでしたっけ?」
「おいおい、何を言ってるんですか。貴方の着替えや背中を流しているのはいつも俺じゃないですか」


 ……えええ! 嫌よ、なんで誰とも分からない人に、それも男に裸を見られないといけないの!

 どうやらこのクラリスというリーダーは青年の従者に身の回りの世話を任しているようだった。
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