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第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

兄弟は似るものね

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 地上に戻るとサラスが入り口でわたしの帰りを待っていた。


「よくご無事でお戻りになりました。こういった危険なことはこれっきりにしていただきたいものです」
「心配を掛けてごめんなさい。でもおかげでセルランは無事でした。……それで魔物の群れはどうなりましたか?」
「はい、どうやら急に引き返していったようでもうここを襲ってくる魔物はいないようです」


 サラスの言葉を聞いて安心する。
 地上も無事だったようで、わたしたちは今日のところは一日安静にすることになった。
 テントでゆっくりレイナとラケシスに体を拭いてもらいながら、今日について色々思いを馳せていた。

「久々にマリアさまの怒った姿を見てびっくりしましたね。マリアさまがこちらを想ってくれていることが伝わりました」
「ごめんなさい。あまり主人としていい姿ではなかったわね」
「とんでもございません。わたしは貴重な姫さまの一面を知れてよかったです」


 そういえばラケシスが側近になってからは特に怒るようなことはなかった。
 ラケシスはわたしが王国院に入ってから顔合わせとなったので、昔のわたしを知らないのだ。
 昔はかなりお転婆だったので恥を晒すつもりはないが。


「今も昔のようにお転婆になってきておりますよ」
「もうわたくしはレイナと喋らなくても通じるんじゃないかしら」


 レイナはわたしの心を読む能力が高すぎる。
 ラケシスが頬を膨らませて、同僚に対して不平不満を述べた。

「そうやってわたくしに対して姫さまとの仲を見せつけるなんて……」
「別に見せつけてはいませんよ。それにラケシスは子供の時にジョセフィーヌ領にいなかったのですからまだ日が浅いだけではないですか」


 ラケシスは諸事情により他領で勉学に励んでいたため、サラスから名前だけは聞いていた。
 王国院に入学前にジョセフィーヌ領に帰ってきて、サラスから推薦され側近入りしたのだ。
 だがそれでもラケシスの独占欲は満たされるわけもなく、レイナに突っかかる。

「それでもです。わたくしが居ない間にセルランだけでは飽き足らず、姫さまの心まで手に入れるなんて少しばかり欲張りではありませんか」
「ちょっ! セルランの心なんてまだ手に入ってーー」

 ラケシスの言葉に顔を赤らせながらもレイナが否定しようとした時に外から声が聞こえてきた。

「マリアさま、セルランでございます。今入室してもいいでしょうか!」
「キャああああ!」


 タイミングよくセルランが現れたせいでレイナの悲鳴が響き渡る。
 セルランは何か非常事態かと思って慌てた声を上げた。

「レイナ!? まさか姫さまの身に何かあったのか! 入室の許可を!」
「だ、ダメです! まだ服を着ていないので絶対に入らないでください! ちょっと虫が出てレイナが驚いただけですから、気にしないでください!」


 わたしは慌ててセルランを止める。
 さすがにあられもないこの姿を従兄弟といえども見せるわけにはいかない。
 セルランからも慌てた声が返ってきた。

「し、失礼しました! また改めま……、ん? おい下僕、貴様何を鼻血を出して倒れているんだ! ステラ、ちょっとこいつをテントまで運んでくるから見張りを頼む」
「ずいまぜん……」


 下僕は一体何をしているんだ?
 ズルズルと下僕が引きずられる音が遠ざかっていった。


「もうぉ! ラケシスのせいで危なかったじゃない!」
「テヘッ」


 ラケシスが可愛らしく舌を出して手で頭をコツンと叩いた。
 ファンクラブの男たちなら喜ぶ仕草だが、レイナには逆効果だろう。
 拳を握ってラケシスを追い回した。
 洞窟内でのことが馬鹿らしく感じてきた。


「もう二人とも、いつまでわたくしをこの姿にしておくの?」


 二人の追いかけっこも終わり、わたしの体を拭くのを再開した。
 やっとのことで全身の清めが終わってわたしはセルランをテントへ呼んだ。


「護衛騎士でありながら、休息を取ってしまい申し訳ございません」
「いいえ、貴方はよく頑張ってくれました。わたくしが相手の策にはまったのが全ての元凶でしたから。体はもう大丈夫?」
「はい。レイナたちの手当てをもらいどうにか任務は就けそうです。多少は痛みますがこの程度でへばる鍛え方はしておりません」

 セルランはわたしに心配させまいと気丈に振舞っている。
 その気遣いがわかるので、わたしもそれ以上野暮なことは言わない。
 セルランがいなかった間のことを話して情報の共有を行なう。


「そのようなことがあったのですね。マリアさまがあの場にいた理由にやっと納得できました。マリアさまが来られなければ、わたしは死んでいたでしょう。ただ……」
「わかっております。ですがそれ以上は言わないでください」

 セルランの次の言葉は分かっている。
 自分の身よりわたしの身を大事にしろ、とその目は訴えている。


「わたくしにはまだ貴方が必要です。また守ってください」
「ええ、わたくしはマリアさまを守る剣と盾でございます。更なる鍛錬を積んで二度と貴方さまのお側を離れません」


 セルランの生き方は眩しくもわたしへ向けてくれている。
 それをこれまで何も感じてこなかったが今は本当に思う。
 騎士に認められる主人としてわたしも頑張らないといけないと。
 時に下僕のことを思い出す。

「そういえば下僕が来ていたようですが、何用だったのでしょう?」
「どうやらホーキンス先生の遣いで来たようです。ただ思わぬ刺激で頭がボーッとしているようだったので今は医務室で休んでいます。ホーキンス先生は明日の朝イチに来られるそうです」


 ……何をやっているのか……。
 少しはクロートのような落ち着きを持って欲しい。


 ホーキンス先生といえば伝承関連だろう。
 危険があったため洞窟には連れてこなかったが、祭壇についてはかなり気にしていたようだ。
 クロートが記憶にあることで情報の共有をしていたはずだ。


「姫さま、今入室してもよろしいでしょうか?」


 ちょうどクロートのことを考えているとタイミングよくやってきた。
 わたしは入室を許可すると驚きの声を上げた。

「どうしましたの?」


 クロートは鼻に布を突っ込んでいた。

「いえ、少々予期せぬことが起きてしまいました。お気になさらず」


 偶然とはいえ下僕と同じタイミングで鼻血を出すとは、これも兄弟のなせる技なのだろうか。

「いえ、絶対関係ないです」

 レイナはしっかりわたしに突っ込んでくれた。
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