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第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

ヨハネの信者

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 わたしは知らず知らずのうちに顔を強張らせていることに気が付いた。
 別に下僕たちに苛立っているわけではないが、ネツキのせいでこちらの仲を悪くする理由はないため、一度深呼吸して落ち着かせた。


「ええ、どうしたの?」


 前よりもまだ顔に強張りを感じるが、目に見えて下僕も安心している。
 他の側近たちも安堵した顔をしていた。


「この洞窟の大きさ的にそろそろネツキたち一行もやってくるはずです」


 わたしは再度怒りが湧いてきそうだったがどうにか抑えた。
 しかし頭の中ではどうやってネツキを殺してしまおうかと考えてしまっている。


「姫さま、セルランが傷付いていることに心を痛めていることは察しますが、どうか落ち着いてくださいませ」
「落ち着いています!」

 クロートの言葉に想像以上に大きな声が出た。
 しかしクロートは恐れることなくわたしに物申す。

「そうは見えないから言っているのです。この場でネツキを殺したいとその顔に書いております」


 クロートの言葉にわたしは下唇を噛んだ。
 考えれば考えるほどネツキが憎くて仕方がない。
 これはもう隠しきれていないので逆に開き直ることにする。
 もう令嬢としての考えなんぞ何処かへ飛んだ。


「ええ、貴方の言う通りです。あの狐をこの手で殺したくて仕方がありません。一族全てにその行いを報いさせないと気が済まないくらいです」
「それは罪を全て詳らかにしてから行うことです」
「なぜわたくしがそのような回りくどいことをしなければならないですの?」


 わたしはもうネツキを最短で殺すことしか考えていない。
 なぜわたしの権力で簡単に揉み消すことができるのに、わざわざ時間を掛けて行わなければならないのか。


「現状では姫さまは幻覚を見られて無実の貴族を殺したと悪評が立つかもしれないからです」

 クロートの言葉に何かがプチんと切れた。

「幻覚ですって! わたくしは見たのですよ! あの男がやっているところを! クリスタライザーのことは貴方もご存知だったでしょ!」
「確かにわたしが言ったことではありますが、見たのは姫さまだけです。誰も証人がいないのです!」
「お黙りなさい! わたくしが言ったことを嘘と申すか!」


 身体中から熱気が立っている感覚がくる。
 クロートにすら憎しみが出てくる。
 この場でネツキもろとも消し去りたい。


「上に立つ者はいつだって冷静でなければなりません。今の姫さまは完全に冷静さを失っております」
「それがどうしたって言うの! わたくしは上に立つ者として付いてきてくれる者たちに応えないといけないのよ!」
「それなら周りを一度よくご覧ください!」


 クロートの威圧ある声に眉をひそめながらも周りを見た。
 レイナとラケシス、そして下僕が不安そうにこちらを見ている。

 ……なんでそんな顔をしているの?

 レイナが私の手を握って優しく語りかけてくる。


「マリアさま、わたくしたちは貴方さまのために仕えているのです。いずれ三領土を背負って立つ方のお側でお手伝いしたいだけなのです。ネツキのような小物に心揺らされる必要はございません」
「そうです。どんな女神にも悪神は付き纏います。そのために神には眷属がいるのです。わたくしたちはいくらでも姫さまに憑こうとする輩から守ってみせます。セルランだって姫さまの顔を見て安心して眠ったのではありませんか?」


 二人の言葉でセルランの顔を思い出す。
 たしかに誰か恨んでいる顔ではなくどこかホッとした顔で気を失った。
 下僕も私の横に立って、男の顔でわたしに伝えてくる。

「マリアさま、ぼくもまだまだ文官として大した役目もこなせません。ですが少しでもマリアさまに対して悪心を抱く者がいるのならば、ぼくの身を捧げてでも助けます。どうかぼくをお使いください」
「下僕……」


 わたしは再度深呼吸して落ち着かせる。
 先ほどまでの怒りを理性で制御して、何をすべきかを考える。
 ネツキを殺したい欲求が鎮まって、やっと頭が働いてくれる。
 そこでわたしはクロートに目を向けた。
 メガネの黒いレンズのせいでどのような表情をしているのかはわからないが、彼はずっとわたしに気付かせてくれる。

「どうやら目に闇の衣が付いていたようです。心無い言葉をぶつけてしまい申し訳ございません。貴方には何度も気付かされます。感謝致します」
「姫さまこそわたしめの諫言を受け入れてくださりありがとうございます」


 これでやっと敵が一人になった。
 わたしは下僕に顔を向けて早速お願いすることにしよう。


「では貴方の策を借りようかしら。いい練習の機会でもあります。筋書きをお願いしますね」
「かしこまりました。ぼくもマリアさまに対して謀るような者に容赦するつもりはありません」


 すぐに下僕の策通りに動く。
 部屋の明かりを調整して視界を悪くする。
 そして、クロートが持ってきていた変化の杖を使って、ステラがセルランに変装して地面に横たわってもらう。
 時の鏡が見せたものを再現するため、ステラには囮になってもらう。
 アビ・シュティレンツにも証人となってもらうため黙って見てもらうことになる。
 足音が次第に聞こえ始めてネツキたちの声が聞こえ始めた。

「フォフォフォ、どうやら戦いの音も聞こえないようですしどちらかが死んでいるか、深手を負っていることでしょう」


 ネツキの声で間違いないのはアビも確認した。
 これでこの男はここに魔物がいることを知っていることがわかった。
 あとはうまくセルランに化けたステラを見て馬脚を現してもらおう。

「おやおや相打ちですか! 流石は最強の騎士だ! ヨハネさまの弟なだけはありますね」

 満足げなネツキにイラつき、レイナがわたしの手を握る。
 わたしは大丈夫だとレイナに笑顔で頷いた。
 もう怒りで我を忘れることはない。

「うう……」

 ステラが演技で呻いているふりをする。
 そこでネツキが嬉しそうな声色を出した。

「おお、まだ生きていましたか! どうやら虫の息のようですね」


 ステラは相手を睨んで、まるで最後に呪いを掛けそうな雰囲気を出した。
 結構ステラは演技が上手いようだ。


「安心してください。貴方の愛するマリアさまもそう遠くないうちに追いかけてくれますよ。ですが残念ですね、シルヴィ・ジョセフィーヌの時代が終わり新しき当主の誕生を見られないなんて。ヨハネさまこそが次期当主に相応しい」


 これで決定的だ。
 シルヴィを蔑ろにするような発言はしっかりアビも聞いた。
 アビは重たい表情でわたしに頷いてみせた。
 もう彼をどうにでもしていいということだろう。

「だれかこの者を殺しなさい。あまり苦しめるのも可哀想でしょう」


 ネツキには二十もの私兵がおり、その中で体格が一番大きな騎士がトライードを振り上げてセルランに化けたステラにとどめを刺そうとしていた。
 これでもうこちらも隠れている理由がなくなった。
 明かりを点けて、相手の視界を一瞬奪う。


「な、なにごとだ!」


 全員で一斉に水の魔法を放って数人の騎士を吹き飛ばした。
 騒ぎになったことを合図にステラが起き上がってトライードを握った。


「ば、ばかな瀕死の重傷のはずでは……」


 ステラの剣が神速に振るわれた。
 セルランほどではないが、ステラは女性の騎士の中ではかなりの腕前だ。
 的確に敵の急所を突いて一人、また一人と倒していく。
 こちらも援護して残るのはネツキだけになった。


「な、なぜマリアさまがこちらに!」
「あなたの計画はわかっております。アビ・シュティレンツもこの場であなたの言葉を直に聞きました」
「ネツキ殿、あなたには残念です。しばらく牢屋に入って頂いてそこで自身の罪を償っていただきます」


 流石のネツキも分が悪いことを察したようで大人しく拘束された。
 これで障害もなくなり、あとはこの祭壇を調べるだけだ。
 しかし外に魔物の群れが来ているので、安全のため一度上がることになった。
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