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第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

カジノデビュー

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 カジノが本格的に始まるのは夜になるとのこと。
 そのため夕刻から馬車に乗って行かなければならないが、最大の難関であるサラスの目を掻い潜らないといけない。
 そうすると一番ボロの出にくい勉強の合間に、背格好が近いレイナと代わってもらう予定だ。
 今回の件は流石に側近全員に話すには、レイナたちのように拒否反応が出てしまうためやめておく。
 特にクロートの案だと知ればセルランもどのように激昂するかがわからない。


 今現在、サラスと二人っきりで勉強をしているのでどうにか席を立たなければならない。
 わたしは少しモジモジさせサラスにお願いする。

「サラス、裁縫のアイディアは出ましたので一度書き留めてきてもいいかしら?」
「……かしこまりました。すぐに戻ってきてくださいね」


 女の子だけの隠語で要件を伝えて、わたしは一度ヴェルダンディを護衛に付けてレイナの部屋へと入った。


「はぁ……、あまり乗り気ではありませんが仕方ありませんね。このような変わった魔道具があるなんてね」


 レイナはため息を吐いて手に持っている杖を見る。
 クロートが作ったらしく、わたしの髪の毛と魔力があればそっくりな姿に変えられるとのことだ。
 わたしは自身の髪の毛を数本切ってから杖に魔力を注ぎ込んだ。
 持ち手の上に小さな宝玉があり、そこに髪の毛を触れさせると吸い込まれていった。
 すぐにレイナに渡した。

「水の神 オーツェガットは踊り手なり。我の姿を変えたまえ」


 レイナが詠唱すると一瞬でわたしと瓜二つな姿となった。
 髪の色まで全く同じなのでこれはすごいものだ。
 杖の宝玉にヒビが入ってしまい、この魔道具はもう使えなくなった。
 効力がすごい分、高価な宝玉を使っても一度しか使えないのでまだ量産が難しくまたクロートでないと製法もわからない。

「姫さまが二人も。レイナ、あなたは一生その姿になりなさい。あぁ、姫さまぁあ」
「なるわけないでしょ!」


 ラケシスは何やら感激に体を震わせて自分の世界へと入ってしまった。
 一体何を想像しているのか時々顔を赤らめている。

「本当にそっくりですね。これなら下手なことをしなければサラスにもバレないでしょう」
「バレた時のことを考えると恐ろしいですが、頑張って演じてみせます。それではわたくしがマリアさまの服に着替えますね。一応下級貴族が着るようなドレスを用意しましたので、不快でしょうが我慢してください」


 レイナにはわたしの普段着用のワンピースに着替えてもらった。
 髪飾りやネックレスの類も魔法がかかっていないものを身につけてもらい、完全にわたしが目の前にいる。
 準備が終わり、ヴェルダンディに外の様子を確認させてから外へ出た。
 すでにクロートも部屋の前まで来ていたようだ。

「おお、本当にそっくりだ。その魔道具本当にすごいもんだな」
「ヴェルダンディ、クロート、姫さまへ指一本触れさせてはなりませんからね」


 ラケシスも一緒に行けないのでどうにか苦渋の選択をして二人にわたしの安全を任せる。
 もうすでに馬車を近くに待たせているようなので、わたしは先に馬車へと向かう。
 少し待つとヴェルダンディもやってきた。


「ルキノは許可してくれたのですね」
「はい。マリアさまから用事を頼まれていると言ったら少しの間だけ代わってもらえました」
「結構、それでは行きましょう」


 クロートが従者にお願いしてカジノをやっている場所へ連れていってもらう。
 王国院から街も近いためすぐにたどり着いた。
 見た目は貴族用に建てられた高級ホテルに近い。
 賭博場と聞いていたのでもっと小汚い地下室とかで行なっていると思っていたが、どうやら堂々と店を構えているようだ。
 わたしは髪色ですぐにバレてしまうため、金の髪をしたウィッグを被り普通の貴族として入店することにする。
 クロートとヴェルダンディも一応下級貴族の護衛ということになっているので、安そうな鎧を着て、黒い髪のかつらを被ってわたしの側にいるとのことだ。
 本来カジノは違法である。
 それは平民に限ってであり、貴族用のカジノが別にあるのでそちらに関しては国へ届けていれば合法らしい。
 王都にあるカジノはほとんど非合法組織とのことだ。
 一度クロートがお店の前にいる従業員に話をして、しばらくすると中から小太りのおじさんがニタニタした顔でこちらに媚びへつらう。


「これはこれはよくおいでくださりました、レイチェルさま。わたくしめはここの支配人をしております、バラガンと申します」


 レイチェルはわたしの偽名だ。
 適当に付けた名前だが、流石に数の多い下級貴族の名前なんぞ覚えていないので問題ないはずらしい。
 相手も全くこちらに気づいていない。
 わたしは扇子で口元を隠していたが扇子を閉じて素顔を見せた。

「今日はここで楽しい遊びができると聞いて来ました。さあ、案内してくださいまし」

 わたしの顔を見て、支配人の顔が驚きで目を見開かれる。


「これほどお美しい御令嬢は初めて見ました。本来は中級貴族さま以上でないと入れないVIPルームへとご紹介いたします」
「まあ、嬉しいです。楽しみにさせていただきます」


 わたしが歩くたびにカジノ内の騒めきが止まっていき、一人また一人と視線がわたしに集まってくる。
 後ろを付いていくヴェルダンディとクロートは辺りを警戒しながら、クロートがわたしに耳打ちをした。

「どうやら姫さまの顔に見覚えがあるものはいないみたいです。ですがお気をつけください、ここの裏を仕切っているのは中級貴族ですが欲にまみれた方と聞いております。姫さまの美しさに乱心されるかもしれないのでご注意よ」

 わたしは他に気取られないように小声で了承を告げた。
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