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第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

シュトラレーセとのお茶会

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 ラナとアリアは緊張した様子でバラ園へと入ってくる。
 侍従を二人だけ連れてわたしが座っているテーブルへ向かってきた。


「今日はお招きいただきありがとうございます。マリアさまとレティアさまのご厚意は大変嬉しく思います」
「わ、わたくしもお誘いいただきありがとうございます。どうかよろしくお願いします。

 ラナとアリアは礼儀正しくお礼を言う。



「よく来てくださいました。さあ楽しいお茶会なのでそんな緊張せずゆっくりお話ししましょう」

 一礼してラナとアリアは椅子に座る。
 ディアーナがわたしのカップに紅茶を注いだ後、二人にカップを置いて紅茶を注いでいく。
 わたしがまず紅茶を飲むと続けてラナとアリアも口にする。


「美味しい……」

 アリアが口にしてすぐに感想を漏らした。
 そこでハッとなり、口を塞いで謝罪をする。
 かなり緊張しているようだが、紅茶で少しは解れたようだ。
 わたしが愛飲する紅茶を二人とも美味しそうに飲んでくれて嬉しく思う。



「美味しいものに美味しいといっていいのですよアリアさん。飲んだことのない味でしょ?」
「はい、いつも飲んでいる紅茶より香りもよくて美味しいです。これはどちらの紅茶ですか? 」
「パラストカーティですよ」


 わたしの言葉にピクッとアリアとラナの動きが止まる。
 まじまじとその紅茶を再度見る。
 どうしてもパラストカーティは悪評の方がひどいため、流通もあまりよろしくない。
 そのせいで赤字を少しでも軽くするため、質のいい物はジョセフィーヌが率先して買い取っているのだ。



「パラストカーティにもいい物はありますわよ」
「そうですね、少し頭が固くなっているようです。どの土地も特産はありますもの。再認識しました」
「そこまで深く考えなくても大丈夫ですわよ。ちゃんとパラストカーティのお菓子は美味しくないですから」


 ラナとアリアはフッと笑う。
 今回の本題は魔法祭についてだが、まずはおしゃべりを楽しんでもいいだろう。

「アリアさん、わたくしの妹が同い年ですの。ぜひ仲良くしてください」
「そ、そんなレティアさまと仲良くなんてそんな畏れ多いことなんか……」
「わたくしも是非お友達になっていただきたいです。それにお姉さまを超える魔力をお持ちとか」


 わたしのプライドに些細な傷が入ったが、まあいいでしょう。
 しかし、アリアは少し顔を暗くする。
 昨日のことを思い出したのだろう。
 レティアもしまった、と思ってわたしに目を向ける。
 妹の期待に応えないといけないと、わたしはアリアに声をかける。

「アリアさん、あまり気にしなくて大丈夫ですよ。あれは事故だったのですから」
「ですが、この国の宝たるマリアさまを危うく殺めてしまうところだったのです。もしそうなったらと思うと」
「もしそうなっていたら、シュトラレーセは地図から消えていましたでしょうね」


 ラケシスの無慈悲な言葉にアリアが肩を震わせる。
 ラケシスを止めようとかと思ったが、ラケシスは特に蔑むような目はしていない。
 ラケシスに一旦任せることにしよう。


「ですが、今回はそうはなりませんでした。今回は公になっていませんし、姫さまからも箝口令が敷かれていますので、そのことを知っているものはごく一部です。姫さまはあなたを罰するつもりはありません。自身を卑下することは姫さまの考えを否定するに同じこと。それがあなたの償いなのですか?」


 ラケシスの言葉を受け止めて、アリアはやっと闇を抜けた。
 ラナはアリアの肩に手を乗せる。


「アリア、救われたのなら返しなさい。それがシュトラレーセの女です。それと二度と人前で涙を見せてはいけません。シュトラレーセの女ならね」
「大変失礼しました。今後はマリアさまのために誠心誠意領主の娘として仕えます」
「ええ。でもせっかくのお茶会ですから、今は楽しくお喋りをしましょう」


 そこからシュトラレーセの流行りの服装やお菓子の話をした。
 レティアも同い年の子と話せるのが嬉しいのか、色々な質問をアリアにしていた。
 少し遠慮がちだったアリアも少しずつレティアと打ち解け始めていた。
 だいぶ話し込んで、夕日が空を赤くしていく。
 わたしは十分ゆったりできて、気持ちよくこの会を終わらせようとした。

「マリアさま、まだ本題が終わってませんよ」
「……わかっておりますよ、レイナ」


 ……危ない、危ない。


 さすがはレイナ。
 わたしの考えをすぐに読み取ってくれる。
 ラナとアリアに今回呼んだ主旨を伝えなければならない。
 そのためにまずはこの会を締める。


「では、ラナさん、アリアさん、楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそ、緩やかな時間をありがとうございます」
「大変幸せな時間をありがとうございます」


 全員が椅子に座ったままお辞儀をしてこの会は終了となった。
 そして、わたしは姿勢を正すと全員が真似て姿勢をピンと張る。

「では本題に入りましょう。ラナ・シュトラレーセ、わたくしは今年は季節祭で総合優勝を目指すつもりです。そのためにあなた方に正式に協力を要請します」
「もちろんわたくしどもは協力させていただきます。ですが、公式にする場合には今回マリアさまに行った罪状が公になりますが、いかがいたしましょうか」


 ジョセフィーヌの領地と上位のシュトラレーセが共同で魔法研究を行うのは、シュトラレーセにとってあまりに利益が少ないと周りからは見えてしまう。
 まず周りからは五大貴族の圧力によって命令されたと感じるだろう。
 そうなれば反発が生まれる可能性がある。
 そのための手札はクロートからもらっている。

 ……優秀ね。
 いつの間にお父様と相談していたのだろう。

 わたしはレイナに伝えて、数枚の羊皮紙をラナへと渡す。

「今回はジョセフィーヌも共同研究に参加します。その際の資金とこれまでの研究成果の一部の権利を貸し出します。そして国王に領土発展のために特例を申請します。これはシルヴィ・ジョセフィーヌの御意志ですので、許可もあります」
「そこまで本気で領土を発展させるおつもりなのですね。そこまで踏み切ったジョセフィーヌを尊敬いたします」

 今回の特例は、簡単にまとめると、一時的にジョセフィーヌの領地内の税の比率を低くする代わりに、数年後には前以上の税の比率となる諸刃の剣。
 もし領土発展がうまくいかなければ、担保として用意した土地を国王へ献上しなければならない。
 発展を前提とした制度のためだからだ。


「では我々は研究成果をすべてお見せします。これを我々の責とさせていただきます」

 本来ならば魔法等の研究は領土の財産となるので、あまり他領へと見せたくない。
 研究内容があまり世には出回らないのは取引の材料となる。
 それはジョセフィーヌの領土も同じ。
 ジョセフィーヌの領土は五大貴族が治めるだけあって、上位領地以上の資金と研究成果がある。
 だがスヴァルトアルフは全ての領土が高水準のため、発展速度はジョセフィーヌの比ではない。
 その一つであるシュトラレーセから研究の手伝いをもらえるのは、かなりの進歩が見込まれる。


「ええ、ありがとうございます。では、今後ともよろしくお願いします。お互いの領土の発展のために」
「はい、お互いの領土の発展のために」

 こうして今日のお茶会は終わった。
 その後は文官たちが頭を合わせて考え、三領土への通達がなされた。
 忙しなく全員が動き始め、わたしは決裁の書類にサインする。

 そして五日後に三領土との交流を目的としたパーティをジョセフィーヌの後宮で執り行った。


 今後のジョセフィーヌからの課題の発表をして、季節祭優勝を目指すことは全領土の共通認識となった。
 そこでマリアの特別補佐隊、別名水の女神の発足を発表。
 学園内でマリアの補佐をしてもらう代わりにこちらも報償を出し、わたしの準側近という立場にするというものだ。
 爵位は関係ないということを見せるため、三人のパラストカーティの下級貴族への任命式も執り行ったことで今回の話に現実味を持たせた。
 他にもさまざまな発表をして少しでもこちらに協力するのが利益があるかをアピールした。
 わたしの側近達も情報を欲しがる者達に情報を流していく。
 まずは各領土から十人前後の下級、中級貴族を中心に水の女神への加入があった。
 パラストカーティだけは上級貴族の加入が三人とこちらへの忠誠を示した。

 そして魔法祭が始まる前に今後の課題を知るためにシュトラレーセと模擬戦"マンネルハイム"を行うことになった。
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