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第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

わたしの可愛い妹レティア

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 夕食の時間を伝える六の鐘が鳴り響き、大広間に新入生たちが入ってくる。
 部屋の壁際に料理が並べられて、自由に好きなものを食べられる。
 小さな丸いテーブルが所々置かれて、飲み物やお皿を置くこともできる。
 最初の挨拶があるため部屋の前方側から学年順に並ぶ。
 新入生たちは浮き足立って私語が多いが、先輩たちが率先して注意したり、新入生の階級が高い者に促した。
 頃合いを見て私はステージの上に立つ。


「みなさん長旅お疲れ様です。まずはご入学おめでとうございます。初めて親から離れ、不安が多い毎日になると思いますが、ここでの行いが将来を左右するということを胸に刻み、この院で貴族として研鑽を積んでください。上の立場の者は下の者の扱いを下の立場の者は上の者への敬意の払い方を学んでください。この院を卒業した後も役に立つと思いますので、上級生の方々もサポートを忘れずに行ってください。みなさんがこの国を発展してくれるのを心よりお楽しみにしています。ではグラスをお持ちください。我らの母たる光の神デアハウザーの新しき子たちに繁栄と約束を!」
「繁栄と約束を!」


 一斉にグラスを飲み干し、高々にグラスを掲げて、魔力を天へと放出する。
 黒色の薄い光が天井へと上がっていく。
 そのまま食事への開始の合図となった。
 朝の奉納も神へのためだが、今のは特定の神へお気持ち程度の魔力を感謝として捧げる。
 だから魔力の消費も少なく、挨拶などでも用いられる。
 私だけ光が周りになく、自分の手を見つめる。

 ……わたしだけなんで奉納できないんだろう。


 聖杯に奉納することはできるが、特定の神への奉納はなぜかできない。
 これまでの歴史を見ても例がなく、どうすることもできない。
 魔法の扱いをもっと練習すればできるかもしれないと文官たちも言っていた。
 少し仲間外れの気分だが、聞き覚えのある可愛いらしい声が聞こえてくる。

「お姉様、本日はご挨拶お疲れ様です。わたくし冬の間しかお姉様とはご一緒できなかったので、お姉様がいらっしゃいます王国院が待ち遠しかったです。会えるのが夢だけでないのがこれほど嬉しいことはありません」
「レティア! 長い旅で体調崩しませんでしたか? 寂しくならなかったですか?」

 妹のレティアが手を合わせて頬に付けて、喜びの気持ちを表す。
 レティアの可愛いらしい顔を見てすぐに気分は回復する。
 すぐにレティアの虚弱さを思い出して、体調を確認するがレティアはクスッと笑う。


「お姉様、心配しすぎです。わたくしももう十歳ですよ。側近たちが心を配ってくれますのでそこまで心配はいりません。それよりわたくしはお褒めのお言葉を頂きたいです」

 レティアの頬がプクッと膨れた。
 レティアの側近からは労いの言葉を言って欲しいといわれたが、完全に頭から飛んでいた。
 わたしは自分の天使の頭を撫でるとレティアの機嫌も良くなっていく。

「そうね。レティアは初めての長距離でも文句一つ言わなかったと聞いています。さすがはわたくしの妹です」


 ……やっぱりわたしの妹が一番可愛いですわ。

「そういえばお姉様の衣装は素敵ですね。わたくしもお姉様とお揃いの衣装を着たいです」
「ならレティアにもわたくしの専属の仕立て屋を紹介致しますね。リムミント、レティアの側近に教えて差し上げてください」
「かしこまりました」


 まだ来たばかりのレティアでは伝手がないため、専属を決めるのは難しい。
 そのためわたしの専属を共有して、いずれ自分の好みに合う専属を見つけて契約する。
 リムミントがレティアの側近と話をしに行った時に下僕が若い男性を連れてわたしに近付き二人とも跪く。
 男性はレンズまで黒い眼鏡を付けており表情は見えないが、何か不思議な雰囲気を持っている。
 突出しているのは髪色が下僕と同じ貴族特有の金髪ではなく、わたしと同じ領地の魔力の色である青の髪だ。
 それはわたしと同じ魔法の才を表す。
 周りの人達も髪の色が変わるほどの魔力の持ち主なんぞわたしくらい見たことがないため、辺りが騒つく。
 だれもこの人物に心当たりがないようだ。


「マリア様、教師として参りましたクロートのご紹介に参りました。ただいまお時間よろしいでしょうか」
「ええ、構いません」
「お時間いただきありがとうございます。ご紹介いただきました、本日より教師としての任を承りましたクロートと申します。幾千の運命が紡がれることにより、今日の出会いとなりました。我らの指導者であり、生物の母である水の神オーツェガットに感謝を捧げます。水の神と同じ感謝を我が主人にも捧げることをお許しください」
「……水の神オーツェガットに感謝を。そしてあなたの忠誠もしかと受け取りました。では顔をお上げください」


 わたしとクロートは互いに魔力が天井へと登る。
 光の神への奉納はできないが、水の神ならば奉納できる。
 火と風の神も奉納が出来るのは確認している。
 普段なら光の神への言葉が挨拶の定型句で、他の神の挨拶は習っても普段使わないので忘れていたが、クロートはしっかりと覚えているようだ。
 わたしも奉納出来るため、少し嬉しい。
 わたしの許可を得てクロートは顔をあげると息を呑むのがわかった。


「いかがいたしました?」
「いえ、お噂以上にお美しいため目を奪われました。姫様の美しさには必ずしも清き者だけが惹かれるわけではありませんから、自衛のためにも誠心誠意魔法を学ぶお手伝いをさせていただきます」
「クロートはこの髪の通り魔法の才があります。マリア様の魔法の訓練にこれ以上適している者はいないかと思います」


 自分以外に髪が変色している者を見たことがなかったが、これならわたしも安心して魔法の訓練をできる。
 下僕は中級貴族のため、その親族ばかりがわたしの側近として選ばれるのは僻みの対象となる。
 しかし直にその髪の色を見てしまえば、納得せざるを得ない。
 だがそれでも満足できない者が側近の中でさえいる。

「異議あり!」


 いきなりの大きな声にビクッと震えてしまう。
 その声は護衛騎士のセルランから発せられた。
 セルランの顔は今まで見たことがないほどクロートに敵意を見せている。
 クロートはセルランを冷ややかに見ている。
 不穏な空気が漂い、周りの人も何があったのかとこちらの話を窺っている。


「どうしたのですか、セルラン」
「どう考えてもおかしいからです。髪が変色する魔力なんて、マリア様がいなければこれまでだって迷信だと言われてたくらいです。それなのに中級貴族からそんな人間が生まれるわけがない。今なら恥をかかずにこの場から去れますよクロート」


 セルランはクロートへきつい口調で教師を辞めるように言う。
 もともとセルランは下僕が側近入りするのも難色を示していた。
 セルランはわたしを心配するばかりにわたしのことになると少し視野が狭まる。
 しかし、クロートは特に気にせず、わたしに明日の訓練のことを告げて去ろうとする。

 ……いや、あなたはまだ去らないでよ!

 わたしと同じことを思ったのか、セルランがクロートの肩を掴み、逃げるな臆病者と引き止める。
 クロートはわかりやすくため息を吐いて、セルランに社交的な笑みをうかべる。


「これはセルラン、わたしのことでありましたか。しかしこれはシルヴィ・ジョセフィーヌのお決めになったこと。当主の命令に異議を唱えるのなら罰せられるのはあなたですよ?」
「そなた、中級貴族の分際でわたしに刃向かうつもりか。おい、下僕。お前は分かっているのだろうな。お前の身内がわたしの気分を害そうとしているぞ。マリア様はお優しいからお前のような無能でも使ってもらえる。今こそ忠義に応えるべきではないか」


 暗にお前が辞めるように言えということだ。
 下僕はあたふたしている。
 しかしそれでもクロートは落ち着いている。
 もう歓迎の催しもめちゃくちゃになっている。
 レティアも「どうしましょう、お姉様」と顔を蒼白にして慌てている。
 わたしはレティアのためにも仲裁に入る。


「二人ともやめなさい! セルラン、あなたが心配してくれる気持ちは嬉しいですがこれはもう決まったことです。これ以上は命令違反として罰します」
「大変申し訳ございません」


 セルランが詫びてその場は収まった。
 そのまま歓迎の催しも続けられたが、セルランはずっとクロートを見ている。
 クロートは特に何も思わず、食事を続けている。


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