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第四章 側仕えは剣となり、嫌われ貴族は盾になった

側仕えと一騎当千の弟 レーシュ視点

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「お前はここに入れ!」


 ドンっと背中を押されて俺は牢屋の中へ入れられた。
 強く押されたせいで思いっきり床に体を打った。
 痛みに体が慣れている頃には既に神官は居なくなっていた。

「覚えておけよ、冴えない顔の神官め」


 結局は俺もコランダム同様に投獄された。
 エステルを殺したという神使へ強い怒りを露わにしたことで、危険人物としてしばらくは監禁されることになったのだ。


「くそ、あいつが死ぬわけないだろ……止めればよかったか……」


 神使とラウルがエステルを殺そうとすることは予想外だった。
 せっかく護衛騎士が二人も付いているのに、神使が相手では貴族が逆らえるはずがない。
 だがどうでも良くなってきた。
 先鋭の神国の騎士達であろうともで一万の魔物を討伐なんて出来るわけがないのだ。
 オリハルコン級の実力があるラウルが一騎当千できるとしても、残りの数を雑多な兵だけで倒し切るわけがない。

 目の前の牢屋では意気消沈した男がいた。

「お前のせいで俺の女が死んだのに、どうして生きているんだ、コランダム? エステルはお前が内通していた邪竜教を庇ったのに、お前はただ落ち込んだフリか」


 コランダムは何も答えずに、俺をチラッと見たあとに視線を下に向けて床を見た。
 苛立ってくるが、こんな死んだ顔をした男に何を言っても俺の溜飲が下がることはない。
 ふと隣から急に大声が聞こえた。

「おい、まさかあんたがエステルが仕えているお貴族様か!」

 隣の房から聞こえてきたため、俺は鉄格子越しに隣を見ると、平民の冒険者らしき男がこっちへ手を振っていた。
 しかしながら俺に冒険者の知り合いはいなかった。


「誰だ、お前は?」
「俺はオルグだ! エステルが前に居たヒヒイロカネのリーダーだ!」
「なに!?」


 エステルが前にヒヒイロカネに所属していたことは、本人から直接聞いている。
 冒険者の中で集団では最強と呼ばれるヒヒイロカネ。
 しかしどうしてここにいるのだ

「なぜ捕まっているんだ?」
「エステルが神国の英雄様に攻撃されていたから援護したんだが、エステルが居なくなってからは全く歯が立たなくてな」


 ラウルの実力は近隣諸国の人間の中では五本の指に入るため、負けたとしてもオルグが弱かったわけではないだろう。
 もう一人の女性が顔を出した。

「ねえ、お願い! 早くしないとエステルちゃんが死んじゃうの!」
「そうだ! ここをどうにか出られないか!」

 一瞬、自分の耳を疑った。
 俺は聞き返す。

「どういうことだ? エステルは生きているのか?」
「ああ! 俺の加護で途中まで追えたんだが、距離が離れたせいで見えなくなっている。だが相棒のホークがずっと追いかけているはずだ! こっちに戻ってこないということは生きている証拠だ!」


 詳しく聞くと、この男は加護を持っているようで、動物の目を借りたり意思疎通が出来るらしい。
 急にホッと気持ちが落ち着く。
 あいつが無事なら良かったと俺の生きる気力が湧いてきた。


「あの娘が生きているからなんだというのだ……加護を失ってからは弱くなったのだろう? 槍兵の勇者に手も足も出ないのなら、到底陸の魔王に敵うわけがない」


 目の前から暗い声が聞こえてきた。

「どうせ全てが終わる……もう時期、ベヒーモスが……」
「おい、どういうことだ?」
「邪竜に魔力を奉納しなければ怒った陸の魔王がやってくる。そうなれば誰にも止められない……コランダム領だけではなく、ローゼンブルクもそのまま終わってしまうんだ」
「なん、だと? おい、何がこれまであったんだ! 全部話せ!」


 コランダムは冥土の土産にと全てを話した。
 邪竜に魔力を捧げることで、ここから退いたことを。
 そして邪竜教の信者たちが魔力を捧げなくなれば、近い未来に陸の魔王がやってくることを。


「っち! これほど長い時間があったのにも何もしなかったのか!」
「お前に何が分かる……私だってどれほど悩んだか……」


 勝手に自暴自棄になっているこの男に腹が立ってきた。
 しかし今はそれどころではない。
 エステルが生きているのなら早く捜索隊でも出して見つけなければならない。


「くそっ、あともう少し時間があればベヒーモスなんぞ、エステルが倒したというのに、くそ神官どもめ。勝手に希望を潰そうとしやがって!」
「……なんだと?」


 コランダムがガシャンッと鉄格子へぶつかってきた。

「本当にベヒーモスを倒せるというのか?」

 先ほどまで絶望しかけていた男とは思えないほど、コランダムの目は希望を見出していた。

「当たり前だ。だがそのためにはあいつを見つけ出して加護を返さんといかん」
「加護を返す?」

 コランダムが聞き返してきた時に、階段を降りてくる音が聞こえた。
 神官がやってきたかと静かにしようとした時、俺の入っている鉄格子のドアが開いた。
 いつの間にか目の前にローブを身に纏った小さな女の子がいる。
 ヴィーシャ暗殺集団の最強の長だ。


「助けに来た。連絡が無かったから」
「ちょうどいいタイミングだ。エステルの場所が分かる奴らもちょうどいる。ヴァイオレット、そこの冒険者たちも出してやれ」
「分かった」


 目の前から少女が消えると、隣の鉄格子の鍵が開く音が聞こえた。

「なんだ!? 勝手に鉄格子が開いたぞ!?」
「ほら、オルグ! 早く逃げるわよ!」

 流石はヴィーシャの当主だ。
 ヒヒイロカネの冒険者にすらその姿を視認させていない。
 牢屋の外に出て、エステルを探し出せる可能性が高いオルグたちに直接お願いする。

「お前たちにエステル捜索を依頼したい。金はいくらでも出す」
「そんなのいらね──いてぇ! 叩くんじゃねえ、ルーナ!」
「馬鹿! せっかく貰えるんだから貰っておきなさいってエステルちゃんにも言われたでしょ!」


 喧嘩を始めてしまったため、「エステルの友人なら別に構わん。後で好きな額を言え」と今は時間を優先した。
 ただオルグが不思議そうに尋ねてきた。

「ところでどうやってエステルの加護を戻すんだ? フェニルに渡したんだろ? まだ眠っているんじゃないのか?」
「心配はいらん。もうすでに目を覚ましている」

 俺は階段から降りてくる少年へ目を向けた。

「もしかしてフェニル……なのか?」
「嘘……大きくなっている! 病気は大丈夫なの?」

 前とは比べものにならないほど加護によって成長した少年が、昔の知り合いへ語りかけた。

「オルグさん、お姉ちゃんを頼みます。“一騎当千”の加護で僕が時間を稼ぎます」

 そこにいるのは加護で苦しんでいた少年ではない。
 立派な剣聖の弟だった。
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