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第二章

第四話「クルト。やめてくれ……私を煽ってくれるな」 ①※

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「ん……は、ふ……っぁ、う」
「は、ぁあ……クルト……クルト」

 クルトとディートリヒの唇は深く重なっている。舌はまだ入ってこない。ディートリヒは口唇だけを使ってクルトの唇を食むのだ。応えていくとちゅっと軽い水音が鳴る。ディートリヒは唇の保湿に蜂蜜の入ったリップを使っているらしく、匂いだけがあった。
 ディートリヒの左手が下着のウエストにあてがわれる。ディートリヒのよくできた指や手が上にあると綿の下着も絹のベールのように錯覚するのだ。貝細工そのものの爪が乗った指先がすべり落ち、後を追うように白い生地が裂かれた。ディートリヒの唇がそっと離れ、右手はゆっくりと開かれていき、クルトの性器はまじまじと観察された。

「光栄だよ。偉大な芸術品を手に取るような心持ちだ」
「は……そりゃどうも」

 自分に好意を抱いていない男からの心のこもらない口説き文句というのは……たいへんに腹が立つ。クルトは一つの知見を得た。

「クルトのここの皮膚の色は――君の肌に1滴の血液を落としたような色合いだ。薔薇の蕾のごとき先端も愛くるしい。感触はなめらかなビロードそのもので私の手になじんでくる」

 ディートリヒにさすられると陰茎がわずかに固くなる。クルトの包皮はまた張ってきた。血管が浮かぶ兆しをみせている。クルトが熱い息を吐くとあごを大きな手が捕らえにきた。ディートリヒの舌が唇に触れ、ほのかにのぞく前歯をつつく。クルトが口を開ければすぐに侵入してきた。ディートリヒの舌は歯列の裏を探っては上あごに伸びる。クルトは舌の動かし方がわからないのでしたいようにさせていた。技量を身につける必要もある。

「クルト。ん、う……歯は陶磁器のようだな。ふっ……いつまでも、味わっていたい」

 たまにクルトの舌をディートリヒの舌がかすめていく。上あごと舌への接触はぞわぞわとした気持ちよさを生む。クルトの陰茎は硬さを徐々に増し、亀頭も濡れていく。

「は、んんっ、あ……キスも、好きだ……っぅあ」

 クルトは粘膜を潤す唾液をどうすべきか迷った。そのうちにディートリヒは歯の複雑さを堪能し終えたらしい。厚みがあるのに柔らかい舌がクルトの舌をさらう。ディートリヒの舌がうごめいてクルトの舌の裏を包みこんでくるのだが、先ほどより気持ちがよくない。

「クルト。舌は力を入れずに、柔らかく使うんだ」
「へいへい」

 助言に従ってもコツがつかめず苛立ちのほうが大きくなっていく。ディートリヒはジャケットの懐からなにかを取り出し、顔を遠ざけてからそれを口に含んだ。唇が重なり、なにかがクルトの口に入ってくる。甘くてつるりとした、蜂蜜味の飴玉だった。舌の上で転がすとディートリヒの舌が裏面をくすぐる。飴の甘さもあって体がほぐれるような快感が生じた。舌は徐々に進んでクルトの舌の付け根までたどり着く。付け根を押されると喉の奥から性感がこみ上げてきた。思わず舌を止めるとディートリヒの舌がぬるりと動いて飴玉は奪われてしまう。

「んっ、返せ……」

 クルトがディートリヒの顔を押しやってから飴玉を含む口もとをいじると、ディートリヒは勝ち気そうに目を細めた。唇を開けて舌の上の飴を見せつけてくる。飴玉よりもその唇のほうが甘そうだった。ラズベリーのムースみたいな色とつるりとした質感、マシュマロよりもむっちりとした感触。クルトがこぶりな唇から薄い舌をのぞかせれば、ディートリヒは誘われたように寄ってくる。

「奪い返してやるから、早く来いよ」

 クルトは口を大きく開いた。ディートリヒのたれた目尻はさらに溶ける。長いまつ毛を寝かせ、クルトの口に舌の先だけを入れてきた。飴はこの奥だ。クルトが舌を伸ばすとディートリヒは引っ込める。クルトの舌が舌先に追いついてちょんと触れるとディートリヒは先端を丸めて飴を隠した。クルトはディートリヒの舌の裏を攻める。舌の表は質の良いブラシで撫でられる快さをクルトにくれた。舌の裏は肉感というほかない。みずみずしくて弾力があってとにかく熱い。触れられると快感が通う神経を優しくこすられる心地がした。触れるとその神経を爪弾かれる荒々しさが生まれる。クルトは息をつまらせ、目もつむった。心臓が高鳴って体内の空洞に振動が伝わっていく。

「はっ、ん……あ、ぁ、うう……うあっ!」

 ディートリヒがいきなり右手をすべらせた。包皮が柔らかく動かされて裏筋もほんの少しだけ伸びて縮む。けして痛くない。クルトに快楽しか感じさせないという手つきだ。

「や、やめろ、ぐ、ぅう……くぅ、んッ」

 クルトの鈴口に雫が作られるとディートリヒは察して裏筋に指を伸ばしてきた。触れるその手前に指先を置く。ディートリヒは髪の毛一筋ほどの距離をあけ、敏感なその上で指をひらめかせた。クルトが悶えると雫を壊して尿道部の割れ目に塗り込んでくる。

「ぅあ、ん、は、ああ……はあ、んぅ、テメエ……んっ」

 クルトが文句を唱えるようとすると、ディートリヒの口が封じにきた。ぬるりと飴が渡されてディートリヒが笑う。指先は油断なく亀頭の粘膜に置かれていた。

「クルト。気持ちが良くてキスが続かないのはわかるが、このままだと明日の朝を迎えても君の好きな”もういっぺん”は訪れてくれないよ」

 ディートリヒはクルトのキスがそれなりになるのをじっくりとは待たないようだ。口調は軽く、声の響きもゆったりとしているが、瞳の底にギラリとしたものがある。ディートリヒの蜂蜜をながしこんだ眼球は、獲物を待つ獣の苛立ちがこもったものに変化していた。
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