騎士の鑑と呼ばれる侯爵令息はひねくれ強気すぎ騎士の嫌がる顔が生きがいらしい

千鶴

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第二章

第二話③※

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 王都は早朝から雨に包まれている。ディートリヒは2人乗りの車を用意させていた。雨は魔法で弾けばいいし、行き先は宿舎からたいして離れていない。子供のように心配されて苛立ちを感じる。だがクルトは抑えた。なにせ美味なチョコレートのあとに甘美な肉体を味わえる可能性があるのだ。ディートリヒの機嫌を損ねないほうがいい。
 車内は静かだ。雨が車の屋根を叩く音も聞こえない。クルトはディートリヒの向かい合わせに座っている。ディートリヒはときおりクルトの顔色をうかがってくる。

「なんだよ」

 あまりジロジロ見られるのは苦手だ。しかし、ここは余裕を見せておきたい。クルトが微笑を作るとディートリヒは頬を上気させた。

(いける……いける! ライガとハオシェはやめとけとか言ってきたが……いける! いけるぞ、これは!)

 懸念はディートリヒの出方だ。乳首と前立腺をどう禁ずるかだ。胸のほうは自分で触ってみたがくすぐったいだけで気持ち良くならなかった。前立腺は魔法を使ったら挿れてやらないと言いくるめばなんとかならないか。
 クルトはディートリヒのあだっぽくすらある姿に笑みを深くした。



「クルト」

 クルトはディートリヒが差し出した手を使って馬車から降りる。手も強く払ったりはしない。丁寧にそっと抜き去った。ご機嫌取りの一環だ。
 クルトは庭に好みのハーブを見つけて立ち止まる。素朴な草花に囲まれた館は、赤い屋根の大きなお家といった風情だ。出迎える使用人も少ない。

(ローズマリーはあるな。ローズヒップ持ってけねえかな。女の子にあげたら……うひひ)

 幼い頃のクルトは肌によいハーブがあると薬師に聞いて買ってもらっていた。ハーブは薬や茶、チンキなどに形を変えて近隣のお店のお姉さまがたの手元へ行く。

「クルト。そこは雨が当たるかもしれないよ」

 門から玄関扉まで屋根があるというのに、どうやって。クルトは言葉を飲みこんで微笑みに変えた。ディートリヒはまた赤くなった顔をそらす。

(チョロい! 昨日からのコイツはなんかチョロい……いけるいける!)

 館の内側も素朴な印象だ。素朴なのは見た目だけだろう。床材はどれも木目がそろっているし、布のたぐいは目が詰まっていて艶がある。
 ディートリヒはカウチソファを手で示した。座面の高さはディートリヒに合わせたものらしい。クルトは仕方なく浅く腰掛けた。ディートリヒが隣に来たが、クルトと同じく浅く腰掛けたというのに足を持て余している。

「クルト。ほら……」

 ディートリヒはわずかに硬い微笑を自分の右ももに向けた。乗れということらしいが、いかに図太さを得たクルトでも、使用人の目は気になる。宿舎では月華騎士の対等な同輩だと主張できるが、ディートリヒの――というよりフォン・ローゼンクランツ家所有の館でははばかられた。
 クルトがしぶると使用人はティーセット一式と〈黒い庭〉の包みを置いて静かに消える。右ももに腰を据えたが膝の上より安定感がない。

「開けてみるかい?」

 クルトが包装紙と絹のリボンを見つめるとディートリヒがささやいた。紙には白と黒で庭が描かれている。竹と牡丹が特徴的だ。リボンは深い赤色で、食欲を掻き立てる。破らないよう包みを外し、黒一色の蓋を開ければ白い箱に6つのプラリネが収まっていた。上と下で形が違うので2種3個ずつ入っている。

「俺が2個ずつ。お前はひとつずつ食べてろ」

 クルトは口の中によだれをあふれさせた。するとディートリヒは笑い声を立てる。

「すべてクルトのものだよ。お土産にクッキーの詰め合わせもある」
「おい……この前の酒みたいなのは入ってねえだろうな」

 話がうますぎる。クルトの警戒心が目覚めた。

「そんなことをしたら……店の名に傷をつけてしまう。さすがに、しないよ」
 
 クルトは上の丸いプラリネを口に入れる。ディートリヒの貴族としての分別を信じた。
 ベリーが合わさってお互いの良さを引き立てている。蜂蜜も軽めの味わいで、チョコレートの酸味と花の香りを邪魔しない。なにより口溶けがいい。とろけるくせに喉に張り付かず、するりと腹に落ちてきた。クルトは一旦、焙煎した麦の茶を含む。優しくて落ち着く味わいだ。
 次は三角錐のプラリネ。こちらは歯応えがあった。ナッツと松の実はさまざまな食感が楽しめる。香ばしく、滋養を感じさせる甘さ。わずかに感じる渋み。こくのある胡麻の蜂蜜がぴったりだ。それらを包むチョコレートはまろやかで、こっちは中身を味わいきったところで溶ける。

(うまい……うますぎる)

 ディートリヒを丸め込んだあとに堪能して、そのときにわけてやってもいい。クルトはカップを置いてディートリヒに話しかけた。

「お前。体を使わせるって言っただろ。今使わせろ」

 こういうものは強く押すに限る。

「今? 椅子になっているじゃあないか」
「そうじゃねえよ……お前の尻に挿入させろって話」

 ディートリヒは告げたクルトの腹に手を伸ばしてきた。

「触んな。くすぐってえだけで胸はもう気持ちよくない。前立腺に魔法も使うな」

 だがディートリヒの手は胸元まで伸びてくる。クルトは腹が立ってきた。手を叩くのをなんとか我慢する。もう少しでヤレるかもしれないのだ。

「クルトは自分より技量の劣る傀儡師に、マナ回路を掌握されたいと思うのか?」

 ディートリヒの声には自信や威厳が満ちている。頼りなさや心細い感じは微塵もない。クルトの脳裏に突如浮かんだのは、弱ったフリで天敵を欺く鳥の姿だ。顔から血の気が引く。

「クルトが胸で気持ちよくなれなかったのは……技量と経験がないからだろう?」
「ぁあ゛? なめてんだろ……酒のせいだろ、酒の!」
「それなら触ってもかまわないだろう?」
「は! やってみろよ……このウスノロデカブツ!」

 クルトは煽られると口を止められなくなる。周囲の人々はディートリヒも含めて大体知っている。ディートリヒはクルトのシャツの裾を手際良く乱して手を差し込んできた。焦らすように乳輪をもまれるとクルトの乳頭は硬さを帯びていく。自分でいじったときとは違う。胸から体の奥へほのかな快感が染み込むのだ。

「ん、は……ふ、ぅ……この、くらいで」
「本当に? 君はまっすぐで正直な男だが……この愛くるしい尖りから得る快感にはそうではない」

 ディートリヒの指の中で尖らされ、鋭敏になった乳首が撫で上げられた。快感が神経に押し込まれ体の中を駆けぬける。

「っは、ンぁ……変な触りかた、や、やめろっ、あ、あ……」
「クルトは下側がとても弱い。あの夜で私も学びを得たよ」

 ディートリヒに押せば通れそうな気配はない。頑強で堅牢な要塞のようなマナの波動をクルトはまともに浴びた。
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