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第一章
第五話②
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ディートリヒはなかなか答えを返さない。目線だけ向けてうかがうと、ディートリヒはいきなり背を向けた。そして顔を覆う。
「く、ふふっ……」
ディートリヒは耐えきれないというように笑ったのだ。クルトの顔や頭は毛穴が開いて汗が次々ふきでてくる。触れたら火傷しそうなほど熱くなった。胸の奥はつららで刺されたようだし、腹の中はぐるぐる蠢いている。クルトの羞恥と怒りは限界を越えた。どんな感情も限界を越えると体や頭は考えることができなくなる。
「ハハっ。もしかして怒っているのか、クルト? 私が今はそうではないから。ふ、ククク……」
クルトは向き直ったディートリヒの股間を黙って見つめた。兆しが一切ない。そうだ。自分が性的欲求を煽るわけがない。ディートリヒが興奮していないなら何よりだ。しかし釈然としない。
「じゃあなんでだ! このクソ! 理由があったら触っていいワケあるかッ……このウスノロデカブツ!」
「目的?」
ディートリヒはとぼけた顔をする。美形だからこの表情でも間抜けに見えない。だからクルトはさらに悔しくなる。
「クルトのさまざまな愛くるしい姿を拝むこと?」
「逆に聞くな! テメエ……遊んでたな? やっぱ本性クソだろ! 気持ち悪い遊びで触ってんじゃねえ!」
跳ね起きて指を突きつけると、ディートリヒは悪い顔をした。酒場で美女たちをはべらして、男たちから妬みの眼差しで刺されまくっている女たらしそのものだった。
「おあいこだろう? クルトの目線だってほとんど触れているようなものだ。俗な言葉で表すと」
やめろ。クルトの顔から血の気が引いて脂汗がにじむ。
「視姦。君はいつも私のことを目や頭で犯している。私の……私の体に好意がある」
クルトの呼吸はしばし止まった。恥はクルトの時間だって止めてしまう。すごすごと膝を抱えて座り、顔を伏せる。
「お前のマナや魔力や中身が好きなわけじゃ……」
「クルト」
「いや、触ってねえし俺は……俺のがマシだろ」
「クルト」
「ほっとけよ……」
「クルト」
「うるせえ……」
「クルト」
「しつけえな……」
クルトがのろのろと顔を上げると、ディートリヒはひざまずいた状態から状態を倒し、首筋を差し出している。手は床の上に置かれ、手のひらを空に向けていた。和合神へ捧げる祈りの姿であり、人に向ければ恭順の現れとなる。
「騎士クルト。私の謝罪を受けていただけますか」
ディートリヒ・フォン・ローゼンクランツ公子が一介の平民に向けるべきものではない。クルトの胸はざわめいた。古い古い時代に描かれた、騎士王物語の一場面のようだったのだ。辺境の羊飼いが剣と師を得て、王国に降りかかる災いをすべて跳ね除け、最後は時の騎士王からこの祈りを受ける。
クルトは服や靴を投げ捨て、頭からリネンや毛布を被った。広いベッドに潜り込むと紅茶と花の匂いに迎えられた。
「クルト。謝罪と私の話を」
「人の話を聞けってか? ……それでどうなる」
ディートリヒの声がはっきり聞こえない。クルトは耳に届きにくいほうがいいような気がした。
「人の話に耳を傾ければ、無駄な軋轢も減るはずだ。クルトは今のままでいい。誰にも屈さない姿は美しい。他者を傷つけずにそうあるのなら――もっとだ」
「考えてやるよ」
ディートリヒは声にも存在感がありすぎる。今は普通の男の声だ。無駄な妬みも抱かないでいられる。クルトはゆっくり目を閉じた。
「私の寝台で過ごすのか?」
「ああ゛? 詫びがわりによこせっての」
「私は構わないが」
寝台がきしむ。ディートリヒはリネンを引っ張ってクルトのそばで寝ようとしていた。
「テメエは床で寝とけ!」
ディートリヒの平民みたいな笑い声が聞こえてきた。クルトはゆっくりと目を閉じる。
◇ ◇ ◇
窓の外で夜行性の鳥が鳴いている。風はない。クルトは眠れないでいた。珍しく苛立ちはないのだが、下腹部が熱くて重い。クルトはむらむらしていた。原因は携帯用の薄い寝具を敷いて、床の上で寝ている。
クルトは腹を撫でられたり、あやされたりして気持ちよかったりはしない。
ディートリヒの手がどけられて寒くなったからって、惜しくなったりはしていない。
ディートリヒの体をめちゃくちゃにする妄想はよくするが、好意はいらない。
自分だけ興奮していて悔しく思ったりしていない。
達せなかったのを残念だと感じては、いない。
クルトはなにも惜しんでいない。ただ少し快感が残っていて、強くなってきているだけだ。
「おい、寝てんのか?」
ささやくような声は鳥の声にまぎれる。クルトは寝台から音もなく降りてディートリヒの胴を跨いで立った。黒い麻製の下着だけをまとっている。
「おい」
ディートリヒは反応しない。むらむらに触発されてクルトに苛立ちが湧いてきた。苛立ちは胸でなく、下腹部に集まる。正確にはその下、足の付け根に。
「触ったんなら触られてはじめておあいこって言うんじゃねーのか? 反論しねえなら……」
クルトはニタリと笑ってディートリヒの寝具を剥ぎ取った。ディートリヒの太ももの上に足を広げて座り込む。ディートリヒは唖然とした顔で動きを止めていた。動きがないのはディートリヒのせいというより、クルトのせいだ。ディートリヒのマナ回路はよく知っている。すぐに掌握できた。
「く、ふふっ……」
ディートリヒは耐えきれないというように笑ったのだ。クルトの顔や頭は毛穴が開いて汗が次々ふきでてくる。触れたら火傷しそうなほど熱くなった。胸の奥はつららで刺されたようだし、腹の中はぐるぐる蠢いている。クルトの羞恥と怒りは限界を越えた。どんな感情も限界を越えると体や頭は考えることができなくなる。
「ハハっ。もしかして怒っているのか、クルト? 私が今はそうではないから。ふ、ククク……」
クルトは向き直ったディートリヒの股間を黙って見つめた。兆しが一切ない。そうだ。自分が性的欲求を煽るわけがない。ディートリヒが興奮していないなら何よりだ。しかし釈然としない。
「じゃあなんでだ! このクソ! 理由があったら触っていいワケあるかッ……このウスノロデカブツ!」
「目的?」
ディートリヒはとぼけた顔をする。美形だからこの表情でも間抜けに見えない。だからクルトはさらに悔しくなる。
「クルトのさまざまな愛くるしい姿を拝むこと?」
「逆に聞くな! テメエ……遊んでたな? やっぱ本性クソだろ! 気持ち悪い遊びで触ってんじゃねえ!」
跳ね起きて指を突きつけると、ディートリヒは悪い顔をした。酒場で美女たちをはべらして、男たちから妬みの眼差しで刺されまくっている女たらしそのものだった。
「おあいこだろう? クルトの目線だってほとんど触れているようなものだ。俗な言葉で表すと」
やめろ。クルトの顔から血の気が引いて脂汗がにじむ。
「視姦。君はいつも私のことを目や頭で犯している。私の……私の体に好意がある」
クルトの呼吸はしばし止まった。恥はクルトの時間だって止めてしまう。すごすごと膝を抱えて座り、顔を伏せる。
「お前のマナや魔力や中身が好きなわけじゃ……」
「クルト」
「いや、触ってねえし俺は……俺のがマシだろ」
「クルト」
「ほっとけよ……」
「クルト」
「うるせえ……」
「クルト」
「しつけえな……」
クルトがのろのろと顔を上げると、ディートリヒはひざまずいた状態から状態を倒し、首筋を差し出している。手は床の上に置かれ、手のひらを空に向けていた。和合神へ捧げる祈りの姿であり、人に向ければ恭順の現れとなる。
「騎士クルト。私の謝罪を受けていただけますか」
ディートリヒ・フォン・ローゼンクランツ公子が一介の平民に向けるべきものではない。クルトの胸はざわめいた。古い古い時代に描かれた、騎士王物語の一場面のようだったのだ。辺境の羊飼いが剣と師を得て、王国に降りかかる災いをすべて跳ね除け、最後は時の騎士王からこの祈りを受ける。
クルトは服や靴を投げ捨て、頭からリネンや毛布を被った。広いベッドに潜り込むと紅茶と花の匂いに迎えられた。
「クルト。謝罪と私の話を」
「人の話を聞けってか? ……それでどうなる」
ディートリヒの声がはっきり聞こえない。クルトは耳に届きにくいほうがいいような気がした。
「人の話に耳を傾ければ、無駄な軋轢も減るはずだ。クルトは今のままでいい。誰にも屈さない姿は美しい。他者を傷つけずにそうあるのなら――もっとだ」
「考えてやるよ」
ディートリヒは声にも存在感がありすぎる。今は普通の男の声だ。無駄な妬みも抱かないでいられる。クルトはゆっくり目を閉じた。
「私の寝台で過ごすのか?」
「ああ゛? 詫びがわりによこせっての」
「私は構わないが」
寝台がきしむ。ディートリヒはリネンを引っ張ってクルトのそばで寝ようとしていた。
「テメエは床で寝とけ!」
ディートリヒの平民みたいな笑い声が聞こえてきた。クルトはゆっくりと目を閉じる。
◇ ◇ ◇
窓の外で夜行性の鳥が鳴いている。風はない。クルトは眠れないでいた。珍しく苛立ちはないのだが、下腹部が熱くて重い。クルトはむらむらしていた。原因は携帯用の薄い寝具を敷いて、床の上で寝ている。
クルトは腹を撫でられたり、あやされたりして気持ちよかったりはしない。
ディートリヒの手がどけられて寒くなったからって、惜しくなったりはしていない。
ディートリヒの体をめちゃくちゃにする妄想はよくするが、好意はいらない。
自分だけ興奮していて悔しく思ったりしていない。
達せなかったのを残念だと感じては、いない。
クルトはなにも惜しんでいない。ただ少し快感が残っていて、強くなってきているだけだ。
「おい、寝てんのか?」
ささやくような声は鳥の声にまぎれる。クルトは寝台から音もなく降りてディートリヒの胴を跨いで立った。黒い麻製の下着だけをまとっている。
「おい」
ディートリヒは反応しない。むらむらに触発されてクルトに苛立ちが湧いてきた。苛立ちは胸でなく、下腹部に集まる。正確にはその下、足の付け根に。
「触ったんなら触られてはじめておあいこって言うんじゃねーのか? 反論しねえなら……」
クルトはニタリと笑ってディートリヒの寝具を剥ぎ取った。ディートリヒの太ももの上に足を広げて座り込む。ディートリヒは唖然とした顔で動きを止めていた。動きがないのはディートリヒのせいというより、クルトのせいだ。ディートリヒのマナ回路はよく知っている。すぐに掌握できた。
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