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第一章
第三話①※ 「ほらクルト。愛らしく色づくここをもう一度見るんだ」
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ディートリヒの部屋は多少広い。血筋もそうだが、巨大な体のためでもあろうか。ディートリヒは縦にも横にもたくましく、恵まれた体格揃いの月華騎士団でも目立つ存在だ。
部屋の中はディートリヒと似た匂いがする。より蠱惑的で、クルトの皮膚をいやでも粟立たせた。クルトは膝をすり合わせる。性器に生じた感覚が体の奥へと引かれ、息は速く浅くなる。
「俺を……どうする気だ。殴ったって、謝んねえぞ……」
クルトの声はどうしても震える。ディートリヒからの応えはない。笑ってもいない。ベッドはシーツがピンと張っている。目の詰まった織地は真っ白で、ディートリヒのために用意されたと一目でわかった。フォン・ローゼンクランツ家への媚を感じなくもない。
ディートリヒはシーツとクルトを交互に見ていたが、やがて唇の片端をわずかに上げた。そしてクルトを丁寧に横たえる。服や髪の乱れは素早く整えられ、手足は閉じて揃えられた。
「クルト。この夜で1つ。1つだけでいい。身につけるんだ」
「な、にをだ」
「他者の言葉に耳を傾けることを」
ディートリヒがクルトのすぐ横に片膝を置いた。かがみ込んでクルトの襟に指で触れる。クルトのシャツは留め具ではなく紐で閉じられていた。ディートリヒの指が今度はそこへ飛んだ。
その指は長くて太い。だが無骨な印象はない。指は優雅に動いて軽い調子で紐を外していく。クルトは口を開くことすらできない。冷たい汗が流れていく。
「いい体験だと言ったはずだよ」
クルトの胸からヘソが空気にさらされる。室温は快適だ。しかし体の末端が冷えて仕方がない。クルトは今にも鳴りそうな歯を食いしばった。ディートリヒの指がクルトの鎖骨のくぼみにあてがわれる。
「クルトがーー」
指は、わずかに隆起する胸板の谷間、縦に割れた腹の線をなぞって降りてくる。ついでヘソの穴に入った。ディートリヒの指先は火でも点っているのか。かき混ぜられると腹の下、体の中央が熱くる。熱は体を一巡りして足の付け根へ少しずつ送られていった。
「クルトが腹の奥で味わう経験。天上で神の光輝を受ける歓びは、筆舌に尽くしがたいそうだ。それを地上で感じられる。幸せだろう?」
ディートリヒの指が離れてもクルトは動けない。会話も瞬きもできず、滴る汗に顔をしかめた。
「ほら、クルト。悦楽の高まりとともに体に刻みつけようじゃあないか」
「や、やめ……ろ」
ここまで言われれば酒を帯びた頭でもわかる。貧民街には男や女以外の私娼がいた。騎士と従者の間では雌雄問わずよくいる。
ディートリヒはクルトを組み敷くつもりだ。
(お前が男役なのかよ! いや、俺相手じゃ勃たねえから……勃つヤツなんていねえだろ! 大丈夫だ、尻は。ケツの穴は……)
腕も足も震えるだけでろくに動かない。口も喉がしまってなにも言えない。クルトは自分を醜男だと思っている。それは正しいはずだ。ギョロ目の貧相なチビ――それが自分だ。周囲の評価は聞きたくなかった。どうせ同じなのだから。自分の外観が誰かの情欲を掻き立てるはずがない。だからこんな状況の対処法は身につけていない。
(いや、そこじゃねえ! そもそも、俺に興奮してるわけじゃねえんだ! 俺のクソな言動に我慢しきれなくて――へし折られて、叩き潰される!)
性欲が無くても勃たせることはできる。それが人体だ。クルトの顎が細かく開閉して、歯と歯が何度もぶつかった。体は鋼のように硬く、鉛のように重い。クルトの意思に反して簡単に震えるくせに、思い通りに動いてくれない。マナは精神の均衡を失って乱れていた。
「クルト。子猫のような愛くるしい顔が歪んでしまったな……怖がらなくていい」
(愛……んなわけあるか! やっぱ正気じゃねえ!)
叫びたいのに胸が詰まる。寝台にディートリヒが乗ってきた。重みで寝具が沈み、クルトの両足が広がる。クルトは両膝の裏を簡単に捕まえられてしまった。震える足が持ち上げられて、こわばる胸に膝がつく。ディートリヒが目を細め、クルトに覆い被さった。そしてクルトの目をのぞく。ディートリヒの口からは爽やかな香りがした。クルトの頭のなにかが切れた。
美しいとは恐ろしい。
ディートリヒはきっと作り物だ。花弁のような唇や、その向こうの真珠のような歯に、さらにその奥のビロードのような舌は作り物に違いない。なのになぜ動くんだ。顎は名匠が削り出したものだ。そもそも体の輪郭全てがそうだ。筋肉の膨らみもだ。形のよすぎる喉骨が上下に滑らかに動いている。穏やかで甘く、低いけれど聞き取りやすい声が落ちてくる。――かつて受けた宗教美術史の授業。クルトが唯一好きだった座学だ。懐かしい。喉骨は、降臨を焦った神使の賜物だ。聖なる桃を丸ごと呑んで、種だけ裔に残ったのだと教えられた。
部屋の中はディートリヒと似た匂いがする。より蠱惑的で、クルトの皮膚をいやでも粟立たせた。クルトは膝をすり合わせる。性器に生じた感覚が体の奥へと引かれ、息は速く浅くなる。
「俺を……どうする気だ。殴ったって、謝んねえぞ……」
クルトの声はどうしても震える。ディートリヒからの応えはない。笑ってもいない。ベッドはシーツがピンと張っている。目の詰まった織地は真っ白で、ディートリヒのために用意されたと一目でわかった。フォン・ローゼンクランツ家への媚を感じなくもない。
ディートリヒはシーツとクルトを交互に見ていたが、やがて唇の片端をわずかに上げた。そしてクルトを丁寧に横たえる。服や髪の乱れは素早く整えられ、手足は閉じて揃えられた。
「クルト。この夜で1つ。1つだけでいい。身につけるんだ」
「な、にをだ」
「他者の言葉に耳を傾けることを」
ディートリヒがクルトのすぐ横に片膝を置いた。かがみ込んでクルトの襟に指で触れる。クルトのシャツは留め具ではなく紐で閉じられていた。ディートリヒの指が今度はそこへ飛んだ。
その指は長くて太い。だが無骨な印象はない。指は優雅に動いて軽い調子で紐を外していく。クルトは口を開くことすらできない。冷たい汗が流れていく。
「いい体験だと言ったはずだよ」
クルトの胸からヘソが空気にさらされる。室温は快適だ。しかし体の末端が冷えて仕方がない。クルトは今にも鳴りそうな歯を食いしばった。ディートリヒの指がクルトの鎖骨のくぼみにあてがわれる。
「クルトがーー」
指は、わずかに隆起する胸板の谷間、縦に割れた腹の線をなぞって降りてくる。ついでヘソの穴に入った。ディートリヒの指先は火でも点っているのか。かき混ぜられると腹の下、体の中央が熱くる。熱は体を一巡りして足の付け根へ少しずつ送られていった。
「クルトが腹の奥で味わう経験。天上で神の光輝を受ける歓びは、筆舌に尽くしがたいそうだ。それを地上で感じられる。幸せだろう?」
ディートリヒの指が離れてもクルトは動けない。会話も瞬きもできず、滴る汗に顔をしかめた。
「ほら、クルト。悦楽の高まりとともに体に刻みつけようじゃあないか」
「や、やめ……ろ」
ここまで言われれば酒を帯びた頭でもわかる。貧民街には男や女以外の私娼がいた。騎士と従者の間では雌雄問わずよくいる。
ディートリヒはクルトを組み敷くつもりだ。
(お前が男役なのかよ! いや、俺相手じゃ勃たねえから……勃つヤツなんていねえだろ! 大丈夫だ、尻は。ケツの穴は……)
腕も足も震えるだけでろくに動かない。口も喉がしまってなにも言えない。クルトは自分を醜男だと思っている。それは正しいはずだ。ギョロ目の貧相なチビ――それが自分だ。周囲の評価は聞きたくなかった。どうせ同じなのだから。自分の外観が誰かの情欲を掻き立てるはずがない。だからこんな状況の対処法は身につけていない。
(いや、そこじゃねえ! そもそも、俺に興奮してるわけじゃねえんだ! 俺のクソな言動に我慢しきれなくて――へし折られて、叩き潰される!)
性欲が無くても勃たせることはできる。それが人体だ。クルトの顎が細かく開閉して、歯と歯が何度もぶつかった。体は鋼のように硬く、鉛のように重い。クルトの意思に反して簡単に震えるくせに、思い通りに動いてくれない。マナは精神の均衡を失って乱れていた。
「クルト。子猫のような愛くるしい顔が歪んでしまったな……怖がらなくていい」
(愛……んなわけあるか! やっぱ正気じゃねえ!)
叫びたいのに胸が詰まる。寝台にディートリヒが乗ってきた。重みで寝具が沈み、クルトの両足が広がる。クルトは両膝の裏を簡単に捕まえられてしまった。震える足が持ち上げられて、こわばる胸に膝がつく。ディートリヒが目を細め、クルトに覆い被さった。そしてクルトの目をのぞく。ディートリヒの口からは爽やかな香りがした。クルトの頭のなにかが切れた。
美しいとは恐ろしい。
ディートリヒはきっと作り物だ。花弁のような唇や、その向こうの真珠のような歯に、さらにその奥のビロードのような舌は作り物に違いない。なのになぜ動くんだ。顎は名匠が削り出したものだ。そもそも体の輪郭全てがそうだ。筋肉の膨らみもだ。形のよすぎる喉骨が上下に滑らかに動いている。穏やかで甘く、低いけれど聞き取りやすい声が落ちてくる。――かつて受けた宗教美術史の授業。クルトが唯一好きだった座学だ。懐かしい。喉骨は、降臨を焦った神使の賜物だ。聖なる桃を丸ごと呑んで、種だけ裔に残ったのだと教えられた。
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