騎士の鑑と呼ばれる侯爵令息はひねくれ強気すぎ騎士の嫌がる顔が生きがいらしい

千鶴

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第一章

第二話①「いけない子だなぁ…クルトは。男は胸の飾りで…乳首でそう感じたりしない」

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「王国に注ぐ和合神の加護に感謝の祝杯を!」

 第五中隊隊長が音頭をとった。世界を照らす太陽の日差しと月の光は、人々の希望であり支えである。どちらの神も顔を2つ持っていなさって、子供であって老人である。男であって女である。富めるもので、貧しいもので、病めるもので、健やかなるものであり――。とにかくいろんなお姿でご光臨めされるのだ。父が2人、母が2人、あるいはそれ以上の家庭があるのは神がそうあられるからであった。

「魔力の源たる陽光に祝杯を!」
「マナを清める月光に祝杯を!」

 勝利の興奮から冷めていない騎士たちの声が続く。それがおさまって一瞬しんとなる。そして宴の間が一気にやかましくなった。
 月が少し高くなった頃。酔っぱらう騎士たちを縫ってクルトは逃げ回っている。案の定、ディートリヒ相手に騒ぎを起こしたのだ。

「うっせぇ! ウスノロデカブツがちんたらしてて欲しくなさそうだから、かわりに飲んでやってんだよ!」

 クルトは棚の上へ身軽に飛び乗った。小柄だから建材との隙間に潜れている。ニタニタ笑うと酒瓶を一気にあおった。子供の手の中に収まるような大きさとはいえ、2本目である。
 第五中隊の面々に与えられた酒はたいへん希少らしい。この大きさで上等な葡萄酒2ダースに値すると説明されていた。そんな珍しいものをディートリヒに飲ませるのは癪だ。飲んだ経験もきっとある。   
 くれぐれも1本だぞ、と中隊長は言っていたような気もする。中隊長は口やかましく、話が説教じみて長い。クルトは話半分に聞き流していた。
 ハーブのほかにスパイスが入っているのか、異国の情緒がある甘さだ。青りんごのような香りもしていて、適度に飲みやすい。クルトは心の奥から燃えてきた。

「痴れ者め! それはディートリヒ様への褒章だろうが!」
「大したことしてねぇのに手柄面! それも……デカブツのケツに付いて回るだけの無能が喧伝かぁ?」

 発火にまかせてハイマンを煽りたおしていく。ディートリヒ命のハイマンの顔色はどす黒くなった。青い目は吊り上がり、銀の髪も魔力の影響で逆立っていく。

「この、人形遣いが! もとを辿れば閨を保たせる遊び女ではないか!」
「騎士らしくない酷~い毒だなァ……そういうことは陰で囁けよ。騎士じゃなくて貴族だから一般常識を知らない? ディートリヒさまは教えてくれないのか? かわいそうに」

 クルトを諌める声が騎士たちから上がった。だがクルトは聞かない。傀儡師の祖が娼妓なのは本当のことだ。クルトの母も大して変わらない。けれどクルトは違った。

「ローゼンクランツ公子はお前のことを庇っただろう」

 年嵩の騎士たちからも、ついに仲裁が入った。それが一番気に入らないのだ。クルトの怒りに火を注ぐ言葉だった。クルトの体に怒りと酔いが回っていく。跳ねて逃れて、クルトはハイマンをとことん小馬鹿にしてやった。

「俺が、守っていただきたいですって言ったってのか? ありがとうございますって頭を下げるとでも?」
「言わせておけば……!」

 ハイマンが詰め寄ろうとした瞬間、ディートリヒがクルトの背後に現れる。動きを予想され、クルトは盛大に舌を打った。

「感謝されたくてやったわけではない! クルトが……仲間が傷を負うのが耐えられないんだ。我が事のように苦しくなる」

 ディートリヒはクルトの肩に手を置いた。いかにも労りと心配りが込められている。これに女も男もころっといくのだ。胸が焼けて胃がムカついた。クルトには得られない。人々の尊敬も、ディートリヒの清い慈しみも。クルトの緑の目がギラギラと光り、頭に血が昇っていく。ディートリヒの脛にクルトの踵が勢いよくぶつかる。そうやってクルトはディートリヒの手を振り払った。
 

「やめろ! 勝手に触んな!」

 クルトは全身を使って叫んだ。ディートリヒの表情が少し変わった。寂しさを漂わせている。クルトはディートリヒのたくましい腕に触られるのが苦手だ。自身の矮小さ突きつけられるようで耐え難い。守られるべき存在だと言われているみたいで、心がささくれる。

「人心掌握は貴族のお家芸だもんなぁ……同情しているふりがお得意のようでなによりですよ。青薔薇の公子さま!」

 ディートリヒが人々を守って戦う姿はそう讃えられていた。ローゼンクランツの威光を示すため、王国のあらゆる場所で咲く青い薔薇。まるでその申し子だと。
 お前はそれは功名心だ。親切心ではない。暗になじると、ディートリヒはせつなげに目を閉じた。周囲が静まる。ハイマンですらそうだ。ほかの騎士どもも悲しげな顔だ。思い思いにディートリヒを見つめている。気遣いにあふれた空気だ。クルトは腹が煮えて仕方がなかった。

「同情を集めるほうが得意か? ハッ!」

 ディートリヒの下腹へ向けてクルトは拳を振るう。ディートリヒは手のひらでそれを軽く受け止め、クルトから顔を背けた。今度は無表情になったハイマンが拳を振り上げる。周りの騎士らは慌ててハイマンを取り押さえた。ハイマンのためにである。クルトの悪態は宴の間の隅まで届いたようだ。小隊長らも立ち上がった。
 不意にクルトが斜めに傾いだ。クルトは机に手をついて、なんとか倒れないようにしている。体がぶるぶる震えていた。
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