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第一章

第一話②

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「毎度毎度! 俺のことをガキかなんかのように扱ってんじゃねえよ! ウスノロデカブツ!」

 そしていつの間にか握った左手剣の柄で、ディートリヒの兜を勢いよく打った。

「クルトを守護するのが私の役目だ」
「俺が立つのにも助けを必要とするような赤ん坊にでも見えたわけだ……なめてんのか?」
「違う。好意を持ってるから体が動いただけだ!」
「好意~? 気持ち悪ぃ……俺にケツでも掘られたいって?」

 傷つけても保たれる親身さはクルトの胸をかきむしる。厄介者に協調性を抱かせて、騎士たちの連帯感を高めたい。おおかたそんなところのはずだ。なにせディートリヒは英雄の末裔、フォン・ローゼンクランツ侯爵家ご自慢の末子である。クルトをうまく馴らせればディートリヒの名だって上がる。
 沸き立つ感情に任せ、クルトは続けざまに柄を落とした。小柄な体格からは刺すような怒気が放たれている。ほかの騎士が静止に入らなければディートリヒは気を失っていただろう。
 ディートリヒはふらふらと立ち上がり、全身鎧を脱ぐための呪文を唱える。鎧の中からは恵まれた筋骨を備える美丈夫が現れた。背丈は立ち並ぶ騎士たちより頭一つは高い。筋肉そのものが優れた甲冑のようで、鎧を脱いでも印象はさほど変わらなかった。品のある美しい顔立ちだ。暗褐色の短髪は柔らかく巻いていて艶があり、優しげなたれ目はあまやかな琥珀色をしている。この容姿で騎士の中の騎士みたいな仕草を繰り出し、令嬢や夫人を惹きつけてしまう。ディートリヒの目は戦闘の後だというのに穏やかだった。
 クルトも着脱のための呪文をつぶやく。肩まで届く砂色の髪を軽く束ねている。髪の手入れが雑なために、すさんだ印象が強い。つり上がった三白眼は強い緑で毒々しさを漂わせている。筋肉は薄くないが、小柄さもあって魔人と戦う騎士としては頼りない。頭2つ分は小さいクルトがディートリヒにつっかかると、妙齢の女性たちは眉をひそめる。恐れ知らずで滑稽に見えるのだ。

「なんだよ、ケンカでも売ってんのか? お役目に忠実な騎士さまが!」

 クルトがにらむのに対し、周囲の騎士はいつでも止められるよう構えの姿勢を取った。ピリピリとした魔力を放つクルトに、ディートリヒが一歩近づく。

「クルト。私はいつだって君と言い合いをしたくはない。親しむことはできないだろうか」 
「あぁ? 親しむぅ? ハッ! 甘ったるいお言葉をどうも……反吐が出る」 

 クルトのあまりの言いように、場の緊張が高まった。貴族出身の騎士はおおむねディートリヒに心酔している。彼らは剣呑な空気をまとった。

「貴様ッ! この下卑で愚劣な人形遣い風情が……騎士としてあるまじき物言いから矯めてくれるわ!」

 クルトの同輩である騎士が剣を抜いた。貴族騎士らを束ねる男だ。名はハイマン・フォン・ゾイゼ。神経質そのものの容姿をしている。ハイマンはディートリヒのことが大好きでたまらない。クルトは薄く笑う。

「これは無礼をば。卑賤の身ゆえ、ローゼンクランツ仕込みの礼儀作法が咄嗟に出てこないのですよ。まあ、魔人討伐に欠かせない傀儡師を人形遣いと呼んではばからない貴殿は……子悪党仕込みの汚ねえしゃべりをベンキョーしたほうがいいんじゃねえの? ほら、今から叩き込んでやっからよ! ありがたがれよ、クソが!」
「口を開けることすらできない体に仕立ててやろうか?! 月のない夜はせいぜい背後に気をつけるがいい!」
「ハイマン、よせ! クルトも彼を刺激しないでくれ!」

 ハイマンのクルトに対する敵意は破裂寸前だ。クルトがさらにつつこうとしたとき、大きな魔力が発生した。魔法の力で書かれた魔法円が空間に現れる。最も近くにある月華騎士団の営巣地と空間がつながったのだ。救護の騎士が状況を確認しだす。それを皮切りに、クルトは舌を打って背中をディートリヒに向ける。そのまま魔法円の向こうへと歩みを進めた。ディートリヒは前に回ってクルトへ腕を広げる。止めたつもりなのか。

「クルト。私は君のことを嫌っていない」
「あぁ? 変態かよ、このデカブツが」
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