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討伐戦に参加することになっちゃいました

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 陽佑は自分以外に何もない黒一色の闇の世界をひたすら落下していた。
 チュートリアルで3つの能力について説明された後、唐突にこの闇の世界に放り出されたのだ。
 これが本当にチュートリアルの続きなのか疑問に思った。
 だがどうすればよいか判断がつかずこの状況に流される。
 すると下の方に白い点が見え始めた。

(はあ、やっと出口なのかな)

 陽佑はこの落下する感覚がすぐに終わってほしいと、すがるような思いでその点を見つめた。
 徐々に小さかった点は大きくなり、今度は白一色が視界を埋め尽くす。
 そして、落ちる速度が徐々に減速していき、地に足がつかない浮遊した状態で止まった。

(次はどうなるのかな)

 また先程のようにひたすら下に落とされるようなことにならないように願いながら、陽佑は待つことにした。



「ここは船の上?」

 白一色の空間が突然がらりと変わり、陽佑は船の船尾デッキに投げ出された。
 そこは白い大きな船の上で、おぼろげな記憶の中、海上保安庁の船だったはずと思い出す。
 その船はエンジンの駆動音を轟かせ、波を裂きながら力強く突き進んでいた。
 そして船の周りには青い空と海がどこまでも広がっており妙な開放感があった。
 陽佑は状況がつかめずにキョロキョロと首をめぐらす。
 すると、いきなりエンジンの音に負けないぐらいの怒声が陽佑にふってきた

「何をボケっとしているんだ! 遅れてきたんだったら走って整列するんだ」
「はいぃ!?」

 後ろを振り向くとそこには先程怒鳴ってきたであろう海上保安庁の服を着こみ左胸にトランシーバーを下げたオジサンがいた。
 そのおじさんは陽佑を厳しく睨みつけて、早くしろと無言の圧力を放っていた。
 そして海保の人の前には陽佑と同い年ぐらいの3人のハンターが整列し、こちらを責めるような目で見つめていた。
 陽佑は何が起きているのか判断がつかなかった。
 ただ言われるままに3人のハンターの右手側に整列する。
 すると海保の人からゆっくりとした厳しい声で注意された。

「逆だ」
「はい!」

 陽佑は嫌な汗が背中に流れるのを感じる。
 急いで左手側に立ち3人のハンターにならい背筋を伸ばす。
 陽佑が並び終わるのを待ってから、海保の人が緊張しつつもはっきりとした声で状況を説明しはじめた。

「これより我々は今日の午前中に発見された魔獣、シーウルフ1体を討伐する」

 そこで陽佑はここがチュートリアルの一環(仮想現実空間)ではなく、討伐戦の現場(リアル)であることに初めて気づく。
 あまりに意外な展開にどうすべきか困惑する。
 だが海保の人はそんな陽佑の戸惑いなど気付かずに説明を続けた。

「本来シーウルフは群れで行動するが、このシーウルフは群れから逸れたらしく1体だけで行動している。これを好機と捉え群れに合流される前に、この1体を討伐する。またこのシーウルフは進路を日本本土に向けているため、魔獣災害を起こさせないためにも確実にここで仕留める必要がある」

 そこで説明が一段落したらしく間が空いた。
 陽佑はその間を利用して怒られないかおびえながら挙手をして、自分の疑問をたずねてみることにする。

「すみません」
「質問は最後にして欲しいのだが」
「あの、すぐに確認したいことがあるんですけど」

 海保の人は不機嫌そうに顔を歪めながら黙って話の続きを促した。
 そんな海保の人の変化に陽佑は内心びくびくしながら、必死に言葉をつむぐ

「僕はチュートリアルを受けてて、これからハンターの心得を教えてもらえるはずだったんですけど……」
「チュートリアル?」

 海保の人はそんなはずはないと陽佑に疑問の視線を向ける。
 だがそこに連絡が入ってきたようで、海保の人が顔をトランシーバーに近づけた。
 海保の人はトランシーバーからの言葉を信じられない感じで、眉間に皺を作りながら驚愕している。
 そして、ランクD-というのは本当ですか、とたずね返していた。
 トランシーバーが何事かを返答した後に、海保の人はゆっくりと陽佑に戸惑った表情を向ける。

「本当にチュートリアルを受けている途中なのかね?」
「はい、そのはずですけど」
「名前を聞いてもよいかね」
「相川陽佑ですけど」

 そこで海保の人たちを含め3人のハンター達にも動揺が広がった。
 海保の人は目を見開きながら驚愕して反応できないでいる。
 3人のハンター達は陽佑を見ながら小声で何かを話し合っていた。
 陽佑はなぜ自分の名前でこんなにも注目が集まるのかわからず首をかしげる。

「あの、僕の名前がどうかしましたか?」
「いや、君の名前が有名人と全く同じだったから少し戸惑っただけだ。気にしなくていいよ」

 そして少し待ってほしいと言ったあとに、海保の人はこちらに背中を向ける。
 トランシーバーと小声でやり取りをしているようだが、陽佑からは何を言っているか伺えなかった。
 しばらくするとやり取りが終わったようで、海保の人が陽佑の方に改めて向き直る。

「陽佑君、先程説明した通り我々はこれからシーウルフの討伐を行う」
「はい」
「我々には君を強制的に送り返す権限はない。だがチュートリアルもまだ終えていない君は、ここで戻るべきだと私たちは思う。そこで君の意思を確認したい」
(これはつまり僕が参加したいって言ったら、討伐戦に出ていいってことかも!)

 陽佑はテレビで活躍していたハンター達を思い出す。
 彼らと自分はそんなに年が離れていないはずだが立派に戦えていた。
 ならば自分も同じことができてもおかしくはないはずだ。
 それに魔獣に負けたとしてもハンターは死ぬことはないのだから、そんなに気負う必要もない。
 陽佑は思わぬチャンスに内心ウキウキする。
 しかしそれを海保の人にさとられないよう丁寧に答えた。

「確かにまだ何もできないのですが、それでも先輩たちの活躍を見て学べることはできると思うんですよ。だから後方から見ているだけでも良いので参加したいのですが、よろしいでしょうか」
(それでもし先輩たちが討ち漏らすようなことがあったら、僕が参戦しても大丈夫なはず!)

 その言葉を海保の人は感情を表情に出さず、黙って聞く。
 そして、わがままを言っている子に優しく言い聞かせる父親のように、ゆっくりといやに落ち着いた雰囲気で口を開く

「相川君、親しい人が魔獣の被害にあったことはあるかい」

 海保の人は陽佑の心を見透かしているようにじっと見つめてきた。
 陽佑はその行動に静かでありながら圧迫してくるような雰囲気を感じる。
 その重圧の中で、いいえ、と絞り出すように一言答えた。

「君はとても幸運だね。普通は最低でも知り合いの1人は被害にあっているんだ。特にこの世界に転移した直後は酷かった。今でこそ発生場所の抑制と予測が可能になり、被害が激減しているがね」

 陽佑は知人に一人の割合という、具体的な数字に愕然とする。
 そのことについてアニーキーからも少し聞かされていたが、そこまで酷いとは思っていなかったのだ。
 海保の人は陽佑が理解したことを確かめながら話を進める。

「だが激減したからと言って被害が無くなったわけではない。本来ならこの魔獣災害は自衛隊と警察組織で対応すべきだが、我々では手が足りず君たちハンターの力を借りざるえなかった。警察組織からの正式な依頼という形で」

 そこで海保の人はいったん言葉を区切りゆっくりと続きを話す。

「つまり依頼を受けた君たちには魔獣災害予防のために、我々警察組織と協力して魔獣を倒さなければならない責任があるんだ」
「責任?」
「そうだ、万が一魔獣を取り逃がし、知らない誰かに被害が出ないようにする責任がね」

 陽佑はそこで怖ろしくなる。
 もし自分が取り逃がした魔獣が誰かに怪我を負わしたら、その時何かできるのだろうかと。

(いや、何もできるはずがない! だって本当の僕は起きたばかりで歩くことすら困難なんだから。直接あやまりに行くことすらできない)

 海保の人は陽佑の変化に気づきながらも言葉を止めなかった。

「それにハンター達も絶対に安全というわけではない」

 陽佑は驚愕し海保の人の顔を見る。
 しかし海保の人は怯えさせるために、嘘を言っているような様子はない。
 こちらを気遣いながらただひたすら真摯に事実を伝えようとしている。
 陽佑はそのことを相手の表情から読み取った。
 どういうことなのか理解するために、じっと海保の人に視線を向け続けるように促した。

「ハンターも中で操作しているのは人間だ。肉体に影響が出なくても、見聞きしていれば精神的な影響は受ける。だから魔獣に攻撃された時の衝撃や仲間が魔獣に傷つけられた時のショック、その場に偶然居合わせてしまった被害者の叫び声。それらトラウマのせいで鬱になってしまうこともあるんだ」

 陽佑は頭を強打されたようなショックを味わう。
 ハンターとして活動している間は絶対に安全だと思っていた。
 だが実際には精神的なダメージまでは防げず、そのせいで倒れた人も出ているという。
 その事実に怖ろしくなり、知らずに一歩下がってしまう。
 海保の人は心配げに陽佑を見つめながらもさらに続ける。

「そして我々警察組織も安全ではない」
「ええ? オジサンたちも」
「そうだ。我々はマテリアルプロジェクターを現場まで運び、機械の動作に支障が出ないよう維持しなければならない。またハンター達の精神に過度な負荷がかかる事態が起きた時に、強制的にログアウトさせる役目もになっている。そのため最前線で機械とハンター達を見守らなければならない。そして最前線にいるということは魔獣にも襲われる危険があるということだ」

 陽佑は今日何度目かのガツンと頭を殴られたようなショックを受ける。
 自分たちが安心して戦えるように、それを支えてくれている人たちがいることを初めて知った。
 そしてその人たちは自分たちの代わりに命をかけてくれている。
 その衝撃で何も言葉を発することができず、ただ黙って話を聞くことしか出来なかった。

「ハンターとはいえ一般人だ、一般人の心を危険にさらすわけにはいかない。だから我々が代わりに命をかける。我々が命をかけて安心して戦える環境を作っているんだ。そんな中で君たちは魔獣と対峙することになる。そのことを分かったうえで危険を覚悟し、責任をもって戦える。そう言えるかね?」

 陽佑はその問いかけにすぐに答えられず、黙りこんでしまう。
 命をかけて自分たちを支えてくれる警察組織の人。
 精神的ダメージによる危険。
 そして、魔獣を倒さなければならない責任。
 それらが自分の両肩にプレッシャーとしてのしかかってくるのを感じた。

(そんな重圧に負けずに魔獣と戦えるだろうか?)

 容易に答えを出せない難問に押しつぶされそうになる。
 そこであることに気が付く。
 自分が好きな特撮ヒーロー達も同じような状況のはずだと。

(地球の運命を左右する重責、負けたら全てを奪われる危険、命を賭けて支えてくれる博士や師、これ全部同じだ)

 つまりこの重圧を感じながら戦うのはヒーローとしては必要なことなのだと気づく
 背負えるかどうかではなく、背負わなくてはならないのだ。
 そうでなくては自分が憧れているヒーローには成れない。
 陽佑はいつの間にかうつむいていた顔を上げ、海保の人を力強く見つめ言葉を発する。

「戦えます」
「……なぜそう言いきれるのかね」
「たしかにオジサンが言ったことは今初めて教えられたことばかりです。それでもちゃんと剣を振るえます。誰かを悲しませないために勇気をもって、支えてくれる人たちの期待に応えられます。だから僕を信じてください。お願いします!」

 陽佑はそう言って頭を勢い良く下げる。
 海保の人はしばらく陽佑を凝視した後に頷いた。

「わかった。後方で見ているだけでよいのなら参加を認めよう」
「本当ですか!」

 陽佑は勢いよく頭を下げながらお礼を言った。
 そして飛び跳ねほどに喜んだ。
 横を見ると先輩たちが拍手を送りながらこちらに笑みを向けていた。
 陽佑は先輩たち一人一人にハイタッチしながら、喜びを分ちあった。
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