21 / 21
理想の街
しおりを挟む
2024年9月25日。
石川光太郎(いしかわ・こうたろう)は、妻の麗子(れいこ)と先月生まれたばかりの娘である梨花(りんか)と共に、近所のスーパーへ出かけた。普段は車で買い物に出かけるのだが、9月も終盤を迎えてすっかり涼しくなったため、ベビーカーを押しながらゆっくりと歩いている。
「梨花、見える?大きな公園だよ。大きいお兄ちゃんたちが野球をしてるね」
麗子は、ベビーカーで眠る梨花に優しく声をかけた。
「うおお!取れるだろ今のは!」
「ごめーん!もう一回!」
この辺りで一番大きな公園の中を通るのが、徒歩でスーパーへ向かう際の近道だ。
夏休みが終わってからは、毎日16時ごろから公園のグラウンドで大きな声が聞こえる。
「家まで届いてたのはこの子達の声だったのか。元気だなぁ」
光太郎たちは6月にこの住宅街のある通葉市西井戸町(つばし・にしいどちょう)に引っ越してきたばかりで、毎日聞こえる声がどこから届いているのかは全く知らなかった。引越しして2ヶ月で梨花が生まれたため、落ち着いて近所を散策することもできず、今日ようやく転居後初めての散歩の機会を得たのだ。
「立派じゃないか。こんなに大きな公園があれば、遊ぶところには困らないな」
梨花の健全な成長を期待してこの街に移り住んだ光太郎は、大きなグラウンドとどこまでも続く広い空を見つめながら言った。
「あー、うぅ」
「あら、梨花も大きな公園があって喜んでるわ。大きくなったらここでお友達と遊びたいって言ってるのよきっと」
麗子がニコッとするのを見て、梨花もぎこちなく笑った。
鳥の鳴き声と虫の声、そして子どもたちが公園で遊ぶ声だけが聞こえる、静かな住宅街。
特に大きな用事もなく、まったりと歩くだけ。
「過ごしたかった休日」が、ようやく手に入ったような気がした。
「都会の雑多になんて、二度と触れるもんか」
この街に引っ越してくる前、光太郎と麗子は通葉市の中心地である「通葉口町」に住んでいた。
「通葉電鉄」の複数の路線が乗り入れる大きな駅を中心とした大きな街である通葉口町。
百貨店やショッピングモールをはじめ、プロ野球チームやプロバスケットボールチームの本拠地もある。
中心地から徒歩で5分ほどのところにはたくさんのマンションがあり、光太郎と麗子も結婚して以来そこで暮らしていた。
「ねぇ、前に住んでたところとは全然違って、本当に静かね」
麗子は、通葉口町に住んでいた時には出したことのない穏やかな声で光太郎に言った。
光太郎は、ただ頷いた。
便利ではあったが、夜中まで車や電車の音や酔っ払いの声が聞こえっぱなしの「眠らない街」。全てのことが徒歩圏内で事足りたあの街から、車がなければどこへも行けないような住宅街に移り住んだ理由を、ゆっくり噛み締めながらベビーカーを押す。
(キィーン)
「うわぁぁぁ、ごめんなさーーい!」
野球をしている少年が放った打球が、光太郎の目の前に落ちてきた。バックネットはちょうど光太郎たちがいるのと反対側にある。超特大ホームランだ。
光太郎はボールを拾い上げ、全力で投げ返した。
石川光太郎(いしかわ・こうたろう)は、妻の麗子(れいこ)と先月生まれたばかりの娘である梨花(りんか)と共に、近所のスーパーへ出かけた。普段は車で買い物に出かけるのだが、9月も終盤を迎えてすっかり涼しくなったため、ベビーカーを押しながらゆっくりと歩いている。
「梨花、見える?大きな公園だよ。大きいお兄ちゃんたちが野球をしてるね」
麗子は、ベビーカーで眠る梨花に優しく声をかけた。
「うおお!取れるだろ今のは!」
「ごめーん!もう一回!」
この辺りで一番大きな公園の中を通るのが、徒歩でスーパーへ向かう際の近道だ。
夏休みが終わってからは、毎日16時ごろから公園のグラウンドで大きな声が聞こえる。
「家まで届いてたのはこの子達の声だったのか。元気だなぁ」
光太郎たちは6月にこの住宅街のある通葉市西井戸町(つばし・にしいどちょう)に引っ越してきたばかりで、毎日聞こえる声がどこから届いているのかは全く知らなかった。引越しして2ヶ月で梨花が生まれたため、落ち着いて近所を散策することもできず、今日ようやく転居後初めての散歩の機会を得たのだ。
「立派じゃないか。こんなに大きな公園があれば、遊ぶところには困らないな」
梨花の健全な成長を期待してこの街に移り住んだ光太郎は、大きなグラウンドとどこまでも続く広い空を見つめながら言った。
「あー、うぅ」
「あら、梨花も大きな公園があって喜んでるわ。大きくなったらここでお友達と遊びたいって言ってるのよきっと」
麗子がニコッとするのを見て、梨花もぎこちなく笑った。
鳥の鳴き声と虫の声、そして子どもたちが公園で遊ぶ声だけが聞こえる、静かな住宅街。
特に大きな用事もなく、まったりと歩くだけ。
「過ごしたかった休日」が、ようやく手に入ったような気がした。
「都会の雑多になんて、二度と触れるもんか」
この街に引っ越してくる前、光太郎と麗子は通葉市の中心地である「通葉口町」に住んでいた。
「通葉電鉄」の複数の路線が乗り入れる大きな駅を中心とした大きな街である通葉口町。
百貨店やショッピングモールをはじめ、プロ野球チームやプロバスケットボールチームの本拠地もある。
中心地から徒歩で5分ほどのところにはたくさんのマンションがあり、光太郎と麗子も結婚して以来そこで暮らしていた。
「ねぇ、前に住んでたところとは全然違って、本当に静かね」
麗子は、通葉口町に住んでいた時には出したことのない穏やかな声で光太郎に言った。
光太郎は、ただ頷いた。
便利ではあったが、夜中まで車や電車の音や酔っ払いの声が聞こえっぱなしの「眠らない街」。全てのことが徒歩圏内で事足りたあの街から、車がなければどこへも行けないような住宅街に移り住んだ理由を、ゆっくり噛み締めながらベビーカーを押す。
(キィーン)
「うわぁぁぁ、ごめんなさーーい!」
野球をしている少年が放った打球が、光太郎の目の前に落ちてきた。バックネットはちょうど光太郎たちがいるのと反対側にある。超特大ホームランだ。
光太郎はボールを拾い上げ、全力で投げ返した。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
まりもってぃー様
コメントありがとうございます!
実際に自分が体験したことをもとに書いたお話は、友情を扱うことが多いですね。
生活しててあらすじを突然思いつくことがあるのですが、それは大体バッドエンドになっております。
随時更新いたしますので、また読んでいただけたら嬉しいです。