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昔の自分は身を助く

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「お前、男と一緒に歩いてるの見たぞ」

「違うの、あの人は会社の先輩で、たまたま駅で会ったからお話してただけで…」

「うるさい!許さねえからな。もう別れてやる」


2017年7月。
奈落の底に落ちてしまったような暗い顔をしながら、夜道を歩く女性がいた。
彼女の名は小野寺澪(おのでら みお)。ラジオ局に勤めるとても明るい女性。
であったが、その明朗快活な姿は今はどこにもない。つい5分ほど前に彼氏に浮気を疑われ、一方的に別れを告げられてしまったのだ。

「はあ…彼には人間性に問題があったとはいえ、本気で好きだったのになあ」

澪の元彼は非常に束縛が強い男で、男性の連絡先をすべて消すことを強要したり、
一緒に住んでもいないのに毎日帰宅時刻を報告させたりと、澪を監視するような行動が多かった。友人からは別れるよう再三注意を受けていたが、それでも澪は彼の顔がドストライクということで交際を続けていたのだ。

「もお、これからどうしたらいいのよお…」

澪はどうすることもできず、藁をも掴む気持ちで母に電話した。

「もしもし、お母さん。彼氏に振られちゃった…。どうしよう…」

「とりあえず帰っておいで。少しはリラックスできるでしょう。一人暮らしも大変だもんね」

「うん。そうする。明日の午前中に帰るね」







「ただいまあ」

「澪!お帰り。お腹すいたでしょ。お昼ご飯できてるわよ」

澪は久々に入る実家に荷物を置き、ダイニングテーブルに座った。

「いやーなんかもう悪いこと続きだわ。振られるし、仕事もなんかうまくいかないし。なんか悪い霊でも憑りついてんのかねえ」

澪は完全に生気を失った目をして、低い声で言った。

「まあそんな時期もあるわよ。年がら年中うまくいきっこないんだから。それにあんたまだ仕事初めて3ヶ月しか経ってないんだから、まだまだこれからよ」

「ゲストのお爺さんとかね、会社のおじさんたちとなかなかうまくコミュニケーションがとれないの。気分がなかなか乗らないしもう嫌になっちゃう」

澪は母に延々と愚痴を言い続けた。そのマシンガントークはある種ラジオ局の勤務に向いているとも言えるが、あまりにも話題が暗すぎる。

「ちょっと倉庫覗いてくるー。急に昔の写真見たくなっちゃった」

澪は自宅の庭にある倉庫へ向かった。精神的にしんどくなってしまうと、人は過去を振り返りたくなるのだろうか。

「たしかこの辺にアルバムが…、あれ、こんなのあったっけ?」

澪はまったく見覚えのないアルバムを見つけた。表紙はピンクで重厚で、今までなぜ気付かなかったのか分からないほどの存在感がある。開くと、今まで見たことのない写真がずらっと並んでいた。

【1994年9月22日、澪誕生】
【1995年3月30日、初めての寝返り】

そこにはたくさんの写真とともに母のコメントが細かく記されていた。母がマメな性格だとは知っていたが、まさかこんなこともしているなんて。

【1997年10月20日、近所のおじさんたちに囲まれる。笑顔を振りまきみんなメロメロ】
10人ほどのおじさんが笑顔の澪の周りに集まり、ニヤニヤしている写真がアルバムに収められていた。

「昔はおじさんにモテてたんだ私。今は全然相手にされないのに…。そうか、とにかく笑顔を振りまいたらなんとかなるかも」

澪は過去の自分の写真を見て、今抱えている悩みが少しだけ解決したような気がした。その後も幼い自分の写真と母のコメントを見ることでかなり気持ちが楽になった澪。

「このアルバム凄いなあ…あれ、もう一冊あるぞ」

澪が手に取ったのは幼稚園の卒園アルバムだった。澪が通った2年間の写真がたくさん並べられている。

【きくぐみさん クラスしゃしん】

澪のクラスの写真だ。澪は幼いころの自分を見て、あることに気が付いた。ほとんどの写真で、同じ男の子が隣にいるのだ。しかも隣にいるだけでなく、手をつないだり、抱き合ったりしている。

「やだ、何してんの昔の私。で、この子誰なんだろう?」

澪は全員の名前と顔写真が記されたページを見た。

【つつごう ゆうじろう】

「ええええ、うそでしょ…!」

つつごうゆうじろう。澪は驚きを隠せなかった。澪の勤めるラジオ局には、同姓同名の筒香悠次郎というスタッフがいるのだ。筒香という苗字は非常に珍しく、たまたま苗字も名前も同じだったっということはないだろう。確実に同一人物である。
悠次郎は澪と同期入社で、爽やかで高身長なイケメンである。入社してから数ヶ月間澪には彼氏がいたため特に気に留めることはなかったのだが、幼少期にイチャイチャしていたということを知って急に彼のことが愛おしく感じられるようになってきた。

「え、同じ幼稚園だったの…。あんな写真見せられたら、意識しちゃうじゃん…」







「おはようございまーす」

翌週、澪はいつものように出社した。

「小野寺さん、おざーっす」

悠次郎が少しぶっきらぼうな挨拶をする。

(すごくドキドキする…。ダメ、好きになっちゃってる…)

あの写真の一件以来、澪の頭の中は悠次郎でいっぱいだ。彼氏に振られた心の傷は、完全に澪の中から消え去っていた。
実家にあったあのアルバムは、澪の悩みを解決したようだ。
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