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島の掟
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高津島。通葉市の南の海に浮かぶ小さな島である。島民は500人ほどで、小学校が一つ、中学校が一つ。そして高校も一つある。小さな島の小さな高校だが環境がよく、本土からフェリーに乗って通ってくる生徒も多い。
◇
2017年4月8日。
6年生になって初めて登校した山本友紀(やまもと ゆき)はゆらゆら波打つ海面を窓越しに見ながら、ゆっくりと学校の階段を登る。
新学期とは言っても、1学年20人しかいないこの小学校ではクラス替えのワクワクはない。5年生の時と全く同じメンバーで、小学生最後の1年間が始まるのだ。
「おはよ!」
友紀はいつものように大親友で隣の家に住む松田麻美(まつだ あさみ)に挨拶をした。麻美は読書が大好きで、毎朝7時50分に登校して、小説を読んでいる。
いつもなら今どのような本を読んでいるかをキラキラした目で説明してくれるのだが、今日の麻美は友紀の方を見ることも全くせず、読書を続ける。
「ねぇ、麻美!おはよ!」
全く反応がない。麻美は険しい表情でぴくりとも動かず、背筋をピンと伸ばして活字を見つめ続ける。
(あれ、おかしいな…)
今まで麻美に無視されたことなど一切なく、戸惑う友紀。友紀は内気で、生まれた時から毎日のように遊んでいた麻美以外に話す相手はいない。麻美との会話がないということは、友紀にとっては社会との分断すら意味する。
(私たち、何かケンカしてたっけ…?)
思い返しても全く心当たりがない。
麻美は一体どうしてしまったのか。
「はい、席についてー」
友紀が春休み中の記憶を必死に辿り麻美が怒っている理由を考え始めた時、担任の浦沢新之助が教室に入り、教卓に大量の書類を置いた。
「えー!また担任浦沢先生なの?」
クラスのメンバーは、4年連続で担任が変わらないことに文句を言った。
「うるさい、こんな小さな学校なんだから仕方ないだろ。出席取るぞ」
浦沢先生はクラスのメンバーの名前を呼ぶ。
「谷口さん、山﨑さん…。よし、全員いるな」
(あれ、私まだ呼ばれてないのに…)
友紀は浦沢先生に自分の名がまだ呼ばれていないことを告げようとしたが、浦沢先生だけでなくクラスのみんなも全く疑問に思わない。
ずっと友紀が出席番号の最後だということは、幼い時から同じ屋根の下で学んできたクラスメイトたちなら当然知っているはずなのに、誰も言わない。
友紀はただならぬ雰囲気に飲まれ、声を出すことができなくなった。
◇
「ねぇ、おじいちゃん。今日ね、学校でみんなに無視されたの。先生も出席を取ってくれなくて」
友紀は祖父の善吉(ぜんきち)に言った。
「なに、そんなことがあったのか…。ついに我が家にもきてしまったようじゃの」
善吉の顔は穏やかで、全てを知っている様子だった。
「おじいちゃん、何か知ってるの?!教えてよ!ねぇ!」
温厚な友紀は、人生で一番大きな声を出して善吉に詰め寄る。
「友紀。よく聞くんじゃ。これはな、『擬似神隠し』じゃよ」
「擬似…神隠し?」
友紀は初めて聞く言葉にきょとんとした。
「13年に一回、ある一家が選ばれて『そもそも存在しないかのような扱い』をされるんじゃ」
友紀は全く状況を理解できずに、ただ善吉の目を見つめる。
「理由は諸説ある。もっとも有力なのが、江戸時代の話じゃ。厄介な町人がいたらしいんじゃがな…」
善吉によると、以下の理由で「擬似神隠し」が行われるようになったとのこと。
1838年、今の通葉市西井戸町あたりに、ある厄介な町人がいた。
彼は周辺住民に対し騒音を起こしたりゴミを投げつけるなど子どものような悪戯をし、住民たちは辟易していた。
そこでなんとかならないものかと考えたのが「擬似神隠し」である。
その町人は重要な役人であり、住民は彼と会話をすることは逃れられなかったのだが、ある勇気ある若者が「あいつを今後ずっと無視しよう」と彼に内緒でみんなに提案したのだ。
無視された町人はあまりに居心地が悪く、遠くの街に夜逃げをし、町には平和が訪れた。
これが数年の間に高津島にも伝わったのだが、町から町へ伝承される間に「誰でもいいから定期的に『擬似神隠し』をすれば良いことが起きる」という、なんとも出鱈目な内容になってしまったのだ。
「そんなことがあったのね…」
友紀は呆れた顔で畳に寝転がった。
「どこの誰を『擬似神隠し』に遭わせるのかを決めるのは、代々高津村長の島岡さんのお宅なんじゃ。13年に一度、島岡さんから擬似神隠しに遭うことが決まった人以外全員に連絡がいく。簡単に言うと『あいつを無視するぞ』と」
「わぁ、ひどいね…」
「今回はそれが友紀だったということじゃ。悲しいが、我々はもう抗えない」
「いつまでこんな仕打ちが続くの?」
友紀は半泣きで善吉に質問する。
「ワシが把握している中では、『擬似神隠し』が終わってその人の扱いが元に戻った例は一度もない。みんな居心地が悪くなり、島の外へ引っ越すんじゃよ」
「そ、そんなの理不尽よ!なんとかしてやめさせないと」
◇
6月10日。
島民全員に、手紙が送られた。
「私島岡英二郎は、家族と共に島外へ引っ越しすることになりました。今後の村長の業務は村役場で数名が代行し、8月に村長選挙を行います」
友紀が無視されることを覚悟でクラスメイトにメッセージを送り、島岡家へ「擬似神隠し」をやってやろうと皆を誘ったのだ。
その働きかけは瞬く間に島全体に広がり、島民は村長一家を完全に無視した。
居心地が悪くなった島岡家は、遠く離れた地へ引っ越ししていき、計13回、169年に渡る「擬似神隠し」は幕を閉じた。
◇
2017年4月8日。
6年生になって初めて登校した山本友紀(やまもと ゆき)はゆらゆら波打つ海面を窓越しに見ながら、ゆっくりと学校の階段を登る。
新学期とは言っても、1学年20人しかいないこの小学校ではクラス替えのワクワクはない。5年生の時と全く同じメンバーで、小学生最後の1年間が始まるのだ。
「おはよ!」
友紀はいつものように大親友で隣の家に住む松田麻美(まつだ あさみ)に挨拶をした。麻美は読書が大好きで、毎朝7時50分に登校して、小説を読んでいる。
いつもなら今どのような本を読んでいるかをキラキラした目で説明してくれるのだが、今日の麻美は友紀の方を見ることも全くせず、読書を続ける。
「ねぇ、麻美!おはよ!」
全く反応がない。麻美は険しい表情でぴくりとも動かず、背筋をピンと伸ばして活字を見つめ続ける。
(あれ、おかしいな…)
今まで麻美に無視されたことなど一切なく、戸惑う友紀。友紀は内気で、生まれた時から毎日のように遊んでいた麻美以外に話す相手はいない。麻美との会話がないということは、友紀にとっては社会との分断すら意味する。
(私たち、何かケンカしてたっけ…?)
思い返しても全く心当たりがない。
麻美は一体どうしてしまったのか。
「はい、席についてー」
友紀が春休み中の記憶を必死に辿り麻美が怒っている理由を考え始めた時、担任の浦沢新之助が教室に入り、教卓に大量の書類を置いた。
「えー!また担任浦沢先生なの?」
クラスのメンバーは、4年連続で担任が変わらないことに文句を言った。
「うるさい、こんな小さな学校なんだから仕方ないだろ。出席取るぞ」
浦沢先生はクラスのメンバーの名前を呼ぶ。
「谷口さん、山﨑さん…。よし、全員いるな」
(あれ、私まだ呼ばれてないのに…)
友紀は浦沢先生に自分の名がまだ呼ばれていないことを告げようとしたが、浦沢先生だけでなくクラスのみんなも全く疑問に思わない。
ずっと友紀が出席番号の最後だということは、幼い時から同じ屋根の下で学んできたクラスメイトたちなら当然知っているはずなのに、誰も言わない。
友紀はただならぬ雰囲気に飲まれ、声を出すことができなくなった。
◇
「ねぇ、おじいちゃん。今日ね、学校でみんなに無視されたの。先生も出席を取ってくれなくて」
友紀は祖父の善吉(ぜんきち)に言った。
「なに、そんなことがあったのか…。ついに我が家にもきてしまったようじゃの」
善吉の顔は穏やかで、全てを知っている様子だった。
「おじいちゃん、何か知ってるの?!教えてよ!ねぇ!」
温厚な友紀は、人生で一番大きな声を出して善吉に詰め寄る。
「友紀。よく聞くんじゃ。これはな、『擬似神隠し』じゃよ」
「擬似…神隠し?」
友紀は初めて聞く言葉にきょとんとした。
「13年に一回、ある一家が選ばれて『そもそも存在しないかのような扱い』をされるんじゃ」
友紀は全く状況を理解できずに、ただ善吉の目を見つめる。
「理由は諸説ある。もっとも有力なのが、江戸時代の話じゃ。厄介な町人がいたらしいんじゃがな…」
善吉によると、以下の理由で「擬似神隠し」が行われるようになったとのこと。
1838年、今の通葉市西井戸町あたりに、ある厄介な町人がいた。
彼は周辺住民に対し騒音を起こしたりゴミを投げつけるなど子どものような悪戯をし、住民たちは辟易していた。
そこでなんとかならないものかと考えたのが「擬似神隠し」である。
その町人は重要な役人であり、住民は彼と会話をすることは逃れられなかったのだが、ある勇気ある若者が「あいつを今後ずっと無視しよう」と彼に内緒でみんなに提案したのだ。
無視された町人はあまりに居心地が悪く、遠くの街に夜逃げをし、町には平和が訪れた。
これが数年の間に高津島にも伝わったのだが、町から町へ伝承される間に「誰でもいいから定期的に『擬似神隠し』をすれば良いことが起きる」という、なんとも出鱈目な内容になってしまったのだ。
「そんなことがあったのね…」
友紀は呆れた顔で畳に寝転がった。
「どこの誰を『擬似神隠し』に遭わせるのかを決めるのは、代々高津村長の島岡さんのお宅なんじゃ。13年に一度、島岡さんから擬似神隠しに遭うことが決まった人以外全員に連絡がいく。簡単に言うと『あいつを無視するぞ』と」
「わぁ、ひどいね…」
「今回はそれが友紀だったということじゃ。悲しいが、我々はもう抗えない」
「いつまでこんな仕打ちが続くの?」
友紀は半泣きで善吉に質問する。
「ワシが把握している中では、『擬似神隠し』が終わってその人の扱いが元に戻った例は一度もない。みんな居心地が悪くなり、島の外へ引っ越すんじゃよ」
「そ、そんなの理不尽よ!なんとかしてやめさせないと」
◇
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「私島岡英二郎は、家族と共に島外へ引っ越しすることになりました。今後の村長の業務は村役場で数名が代行し、8月に村長選挙を行います」
友紀が無視されることを覚悟でクラスメイトにメッセージを送り、島岡家へ「擬似神隠し」をやってやろうと皆を誘ったのだ。
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