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川原で拾った辞書
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2018年9月26日。
中学1年生の石川規広(通称:ノリ)は、1歳の愛犬わさびと共に散歩をしていた。昨日まで秋が来る気配など全くなかったが、今日はいつもより涼しい。季節の移ろいを示す爽やかな風が、わさびの耳を靡かせた。
「ワンワン!」
「おお、どうしたんだよわさび」
わさびは突然ノリを引っ張り、いつもの散歩道とは違う方向へ走り出した。ノリには従順で滅多にわがままを言わない「優等生」のわさびが、こんなことをするのは珍しい。
「あ!わさび!待てよ!」
ノリはわさびのリードを離してしまった。普段であればわさびは、リードを持たなくてもノリの横をぴょんぴょん跳ねながらついてくる。なのに今日はな何か様子がおかしい。
「ワンワン!」
彼女が騒ぎ立てる場所に行くと、ノリは太い本のようなものを見つけた。
「なんだこれ。ゲームの攻略本か?」
ノリはその本のような物体を手に取った。表紙はかなり綺麗で、ここで一夜を過ごしたようには到底思えない。ついさっき捨てられたようだ。
背表紙には聞いたことも見たこともない会社名が印刷されている。中を開くと、それは国語辞典であった。
【東】①四方の一つ。日の出る方。東方。⇔西。
どうやら、至って普通の辞書であるようだ。ノリは小学4年生の学校の国語の授業以来久々に見る国語辞典に懐かしさを感じ、川原のど真ん中で立ちながら更に読み進める。わさびは「任務完了!」と言わんばかりに、ノリの足元でくつろいでいた。
【危機】大変なことになるかもしれない危うい時や場合。危険な状態。
適当に調べた言葉も、特に変なところはない。やはり、誰かが買ってすぐに落としてしまっただけの、なんの変哲もない辞書なのだろうか。
「そういえばテレビってどんな感じで載ってるのかな」
ノリは特に何も考えず、とっさに思いついた言葉を頭に浮かべて辞書のページをめくる。
【テレビジョン】画像を電気信号に変換し、電波・ケーブルなどで送り、画像に再生する、かつて昭和から平成にかけて普及した放送・通信の方式。
「あれ?『かつて』ってなんだ…?」
ノリは何かおかしいと感じて、誰も見ていないことを確認してその辞書を懐に隠し持ち去った。少し速足で向かった先は、幼馴染の大森光二の家だった。
「光二!ちょっと面白いもの拾った!入れてくれ!」
「なんだよノリ、どうしたってんだ」
光二が訝しげに玄関のドアを開けるや否や、ノリは座り込んで話を始めた。
「これなんだけどさ」
「どう見たって普通の辞書じゃん。見たことも聞いたこともない出版社のやつだけど」
光二の表情は依然曇ったままだ。それに構わず、ノリは【テレビジョン】のページを見せた。
「どうだ光二、おかしいだろ」
「ん、『かつて』?テレビって今もみんな見てるだろ。今だってばぁちゃんがリビングで見てるよ」
光二は、英語の問題でよく出題される「間違っている箇所を指摘して正しく直しなさい」の答えを見つけたかのような顔をしている。
「これはもしかして…ノリ、他のやつも調べてみようぜ」
光二も、脳内でノリと同じ仮説を立てているようだ。
次に2人が調べ始めたのは「野球」である。
【野球】バットとボールとグローブを使い、1チーム10人で行うスポーツ。
「ほら、やっぱりそうだ、野球って今は9人でやるもんだろ」
2人は同時に全く同じ長い言葉を発した。
【平和】遠い昔に失ったものの象徴。
「確信した。絶対そうだ」
光二は辞書の一番最後のページを確認した。
「2218年9月 初版発行」
更に2人は「ゆ」のページを調べていく。
◇
【湯剥き】料理で、トマトなどに熱湯をかけたり熱湯に浸したりして表皮をむくこと。
【湯剥き】の次の単語は、【湯文字】であった。
現代の辞書には無数に載っている【夢】という漢字がつく言葉が、まるまる抜けていたのだ。
(劇中に登場する辞書内の文面は、広辞苑第七版を引用・または参考にしております)
中学1年生の石川規広(通称:ノリ)は、1歳の愛犬わさびと共に散歩をしていた。昨日まで秋が来る気配など全くなかったが、今日はいつもより涼しい。季節の移ろいを示す爽やかな風が、わさびの耳を靡かせた。
「ワンワン!」
「おお、どうしたんだよわさび」
わさびは突然ノリを引っ張り、いつもの散歩道とは違う方向へ走り出した。ノリには従順で滅多にわがままを言わない「優等生」のわさびが、こんなことをするのは珍しい。
「あ!わさび!待てよ!」
ノリはわさびのリードを離してしまった。普段であればわさびは、リードを持たなくてもノリの横をぴょんぴょん跳ねながらついてくる。なのに今日はな何か様子がおかしい。
「ワンワン!」
彼女が騒ぎ立てる場所に行くと、ノリは太い本のようなものを見つけた。
「なんだこれ。ゲームの攻略本か?」
ノリはその本のような物体を手に取った。表紙はかなり綺麗で、ここで一夜を過ごしたようには到底思えない。ついさっき捨てられたようだ。
背表紙には聞いたことも見たこともない会社名が印刷されている。中を開くと、それは国語辞典であった。
【東】①四方の一つ。日の出る方。東方。⇔西。
どうやら、至って普通の辞書であるようだ。ノリは小学4年生の学校の国語の授業以来久々に見る国語辞典に懐かしさを感じ、川原のど真ん中で立ちながら更に読み進める。わさびは「任務完了!」と言わんばかりに、ノリの足元でくつろいでいた。
【危機】大変なことになるかもしれない危うい時や場合。危険な状態。
適当に調べた言葉も、特に変なところはない。やはり、誰かが買ってすぐに落としてしまっただけの、なんの変哲もない辞書なのだろうか。
「そういえばテレビってどんな感じで載ってるのかな」
ノリは特に何も考えず、とっさに思いついた言葉を頭に浮かべて辞書のページをめくる。
【テレビジョン】画像を電気信号に変換し、電波・ケーブルなどで送り、画像に再生する、かつて昭和から平成にかけて普及した放送・通信の方式。
「あれ?『かつて』ってなんだ…?」
ノリは何かおかしいと感じて、誰も見ていないことを確認してその辞書を懐に隠し持ち去った。少し速足で向かった先は、幼馴染の大森光二の家だった。
「光二!ちょっと面白いもの拾った!入れてくれ!」
「なんだよノリ、どうしたってんだ」
光二が訝しげに玄関のドアを開けるや否や、ノリは座り込んで話を始めた。
「これなんだけどさ」
「どう見たって普通の辞書じゃん。見たことも聞いたこともない出版社のやつだけど」
光二の表情は依然曇ったままだ。それに構わず、ノリは【テレビジョン】のページを見せた。
「どうだ光二、おかしいだろ」
「ん、『かつて』?テレビって今もみんな見てるだろ。今だってばぁちゃんがリビングで見てるよ」
光二は、英語の問題でよく出題される「間違っている箇所を指摘して正しく直しなさい」の答えを見つけたかのような顔をしている。
「これはもしかして…ノリ、他のやつも調べてみようぜ」
光二も、脳内でノリと同じ仮説を立てているようだ。
次に2人が調べ始めたのは「野球」である。
【野球】バットとボールとグローブを使い、1チーム10人で行うスポーツ。
「ほら、やっぱりそうだ、野球って今は9人でやるもんだろ」
2人は同時に全く同じ長い言葉を発した。
【平和】遠い昔に失ったものの象徴。
「確信した。絶対そうだ」
光二は辞書の一番最後のページを確認した。
「2218年9月 初版発行」
更に2人は「ゆ」のページを調べていく。
◇
【湯剥き】料理で、トマトなどに熱湯をかけたり熱湯に浸したりして表皮をむくこと。
【湯剥き】の次の単語は、【湯文字】であった。
現代の辞書には無数に載っている【夢】という漢字がつく言葉が、まるまる抜けていたのだ。
(劇中に登場する辞書内の文面は、広辞苑第七版を引用・または参考にしております)
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