9 / 25
8. シーズン初戦③
しおりを挟む
2回表。サタンズは4番の田中由美子から攻撃が始まる。笑顔でロジンバッグを触り、マウンドであどけない表情を見せる未央奈。練習試合とはいえ、プロ相手に緊張した様子が全くないところは、さすがインターハイ優勝投手である。緩やかに吹く春の風が、未央奈のポニーテールを揺らした。
「もう一回三者凡退!いくよー!」
智子の声は、即戦力として期待される大卒ルーキー由美子と未央奈への歓声に掻き消された。由美子は女子野球関東六大学リーグで新記録となる打率.467を記録し、2019年のワールドカップにも大学生として唯一選出され、昨年のインカレでも日本一に輝いた。
この対戦はインターハイ優勝投手対インカレ優勝チームの4番打者という、ファンにはたまらない戦いなのだ。
第1球、110km/hのストレートが内角低めに外れる。未央奈の直球としてはかなり遅い。この異様ともいえる雰囲気に少し動揺してしまったのだろうか。2球目も外角へ外れ、カウントは2-0。先ほどの笑顔とは打って変わって、未央奈の表情から焦りが見てとれた。そして3球目。
(カキィン)
打球は高々と上がり、ライトスタンドの防球ネットへあっという間に突き刺さった。投じたのは彼女の決め球であるスライダー。甘く入ってしまったわけではない。外角の厳しいところに決まっていたのだが、あまりにも軽々とスタンドへ持っていかれてしまった。由美子は全く表情を変えずにダイヤモンドを一周する。
(高校の時はあの球ヒットにされたことすらなかったのに…)
呆然と立ち尽くす未央奈。彼女は何が起こったか全く理解できない様子だ。動揺してしまったのか、この後も3安打を浴び、このイニングは2失点。打たれたのは全てスライダーだった。自信を持って投げ込んだ決め球をいとも簡単にホームランにされ、深く落ち込む未央奈。高校時代は多少甘くても打たれることはほとんどなかったが、女子プロ野球リーグは高校生がそう簡単に通用する世界ではなかった。高校生No.1投手といえども、プロ選手との実力差は大きかったようである。
「未央奈!大丈夫だよ、まだ2点じゃん。この後抑えたらいいの!打たれて覚えることもあるし」
智子が未央奈とハイタッチ。今季29歳になるベテラン捕手は、彼女の心中を察して優しい言葉をかけた。
「はい、高校の時はあのコースのスライダー打たれたことなくて。プロって怖いなって思って腕振れなかったです」
未央奈は続く3回も2失点を喫し、3回8安打4失点でマウンドを下りた。残念ながらほろ苦いデビューとなったが、アウトを取った時の明るい表情は祥子にかなりの好印象を与えた。
「未央奈、いい笑顔だったわよ。今日は結果は気にしなくていいわ。少しでもプロの勝負を楽しんでもらえたらと思ったの。初回はスライダーもしっかり決まってたし、OKよ」
祥子が未央奈を呼び、今日の投球を労った。確かに打たれはしたが、未央奈はマウンド上では不安そうな表情も見せず、むしろプロの雰囲気を楽しんでいるようにも見えた。実力差があることは否めなかったが、高校生の時以上に野球に集中できる環境に身を置いたこと自体に喜びを感じ、ホームランを打たれて以降はマウンドでも自然に笑顔が出たようだ。
「打たれましたけど、自分がプロに入ったんだなっていう実感がだんだん湧いてきて楽しくなっちゃいました。スライダーの球威が課題やって分かりましたし、これから一つずつクリアしていきたいです。次は絶対0点に抑えて見せますよ」
未央奈はへこたれずに自分の乗り越えるべきことを冷静に分析し、次回の登板にも意欲を見せた。
「未央奈!ちょっといいかな?今日のピッチングのお話しよっか」
次は智子が未央奈を呼び寄せ、今日の投球の反省を行った。
「技術的な部分に関して言うと、スライダーの曲がりがちょっと早かったかなって思った。ブルペンではもっとバッターに近いところで急激に曲がるようなイメージだったけど…。実際に打者と対戦すると腕が振りにくかったのかも」
練習試合とはいえプロ初登板。さすがのインターハイ優勝投手でも、緊張しないわけがない。
「正直ものすごく緊張しました。こんなプレッシャーの中で野球をしたことなかったんで…。でも途中からは楽しんで投げられた気がします」
「そうね。ホームランを打たれてからはすっきりした表情だったわね。あと、私もスライダーに固執しすぎてサインだし過ぎたかな。もっと真っすぐで押せたかも」
今日のプレーをしっかり分析し、次回の登板につなげようという智子の熱い気持ちを受け、未央奈の表情も引き締まった。
「もう一回三者凡退!いくよー!」
智子の声は、即戦力として期待される大卒ルーキー由美子と未央奈への歓声に掻き消された。由美子は女子野球関東六大学リーグで新記録となる打率.467を記録し、2019年のワールドカップにも大学生として唯一選出され、昨年のインカレでも日本一に輝いた。
この対戦はインターハイ優勝投手対インカレ優勝チームの4番打者という、ファンにはたまらない戦いなのだ。
第1球、110km/hのストレートが内角低めに外れる。未央奈の直球としてはかなり遅い。この異様ともいえる雰囲気に少し動揺してしまったのだろうか。2球目も外角へ外れ、カウントは2-0。先ほどの笑顔とは打って変わって、未央奈の表情から焦りが見てとれた。そして3球目。
(カキィン)
打球は高々と上がり、ライトスタンドの防球ネットへあっという間に突き刺さった。投じたのは彼女の決め球であるスライダー。甘く入ってしまったわけではない。外角の厳しいところに決まっていたのだが、あまりにも軽々とスタンドへ持っていかれてしまった。由美子は全く表情を変えずにダイヤモンドを一周する。
(高校の時はあの球ヒットにされたことすらなかったのに…)
呆然と立ち尽くす未央奈。彼女は何が起こったか全く理解できない様子だ。動揺してしまったのか、この後も3安打を浴び、このイニングは2失点。打たれたのは全てスライダーだった。自信を持って投げ込んだ決め球をいとも簡単にホームランにされ、深く落ち込む未央奈。高校時代は多少甘くても打たれることはほとんどなかったが、女子プロ野球リーグは高校生がそう簡単に通用する世界ではなかった。高校生No.1投手といえども、プロ選手との実力差は大きかったようである。
「未央奈!大丈夫だよ、まだ2点じゃん。この後抑えたらいいの!打たれて覚えることもあるし」
智子が未央奈とハイタッチ。今季29歳になるベテラン捕手は、彼女の心中を察して優しい言葉をかけた。
「はい、高校の時はあのコースのスライダー打たれたことなくて。プロって怖いなって思って腕振れなかったです」
未央奈は続く3回も2失点を喫し、3回8安打4失点でマウンドを下りた。残念ながらほろ苦いデビューとなったが、アウトを取った時の明るい表情は祥子にかなりの好印象を与えた。
「未央奈、いい笑顔だったわよ。今日は結果は気にしなくていいわ。少しでもプロの勝負を楽しんでもらえたらと思ったの。初回はスライダーもしっかり決まってたし、OKよ」
祥子が未央奈を呼び、今日の投球を労った。確かに打たれはしたが、未央奈はマウンド上では不安そうな表情も見せず、むしろプロの雰囲気を楽しんでいるようにも見えた。実力差があることは否めなかったが、高校生の時以上に野球に集中できる環境に身を置いたこと自体に喜びを感じ、ホームランを打たれて以降はマウンドでも自然に笑顔が出たようだ。
「打たれましたけど、自分がプロに入ったんだなっていう実感がだんだん湧いてきて楽しくなっちゃいました。スライダーの球威が課題やって分かりましたし、これから一つずつクリアしていきたいです。次は絶対0点に抑えて見せますよ」
未央奈はへこたれずに自分の乗り越えるべきことを冷静に分析し、次回の登板にも意欲を見せた。
「未央奈!ちょっといいかな?今日のピッチングのお話しよっか」
次は智子が未央奈を呼び寄せ、今日の投球の反省を行った。
「技術的な部分に関して言うと、スライダーの曲がりがちょっと早かったかなって思った。ブルペンではもっとバッターに近いところで急激に曲がるようなイメージだったけど…。実際に打者と対戦すると腕が振りにくかったのかも」
練習試合とはいえプロ初登板。さすがのインターハイ優勝投手でも、緊張しないわけがない。
「正直ものすごく緊張しました。こんなプレッシャーの中で野球をしたことなかったんで…。でも途中からは楽しんで投げられた気がします」
「そうね。ホームランを打たれてからはすっきりした表情だったわね。あと、私もスライダーに固執しすぎてサインだし過ぎたかな。もっと真っすぐで押せたかも」
今日のプレーをしっかり分析し、次回の登板につなげようという智子の熱い気持ちを受け、未央奈の表情も引き締まった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる