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朝焼けの修道女。

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嵐の後とは思えない、穏やかな海を見ながら一人の女性が城の近くの浜辺を歩く。

手には、朝の作業のための道具が入ったバスケットが握られ、
白いフリルのついたささやかな帽子を被り、
黒い修道着は足の先ギリギリまで隠れる、慎み深い様相であった。

黒い髪をひっつめにして、薄茶色の瞳は琥珀色のようであった。

造作は飛びぬけて美しい訳ではないが、美しい部類の小ぶりな口と、小ぶりな目。

顔は小さく、口元の黒子が儚げな印象を与えていた。

「今日は浜辺で清掃をしなければ行けないから。
浜辺のゴミを集めたら小屋までもって行って、次は・・・・。」

ポケットのメモ書きを見ながら、スケジュールを確認していた。

ゴッツ。と、足元に何かがぶつかり、前のめりに転びそうになった。
何とか押しとどまり、足元の物体を確認した。

浜辺に打ち上げられていたのは、傷だらけの男の人魚だった。

「・・・人??・・人ではない・わ・・・。魚の・・ヒレが生えている・・。」

傷だらけの身体と浅い呼吸音・・。

大きな驚きで目を見張った。

「人魚・・?!男性の人魚・・なの?」

その女、名はラウラ。
近くの修道女であった。

本来なら、この国の王子であるフィヨルドを助けて介抱をする予定だった修道女である。


ザザン・・。ザザザン・・・。
打ち寄せる波の側。

心細い表情でそっと、呼吸音を確認する。

「・・・・息はある・・。大変、すぐに助けなければ・・・!!」

すぐに踵を返したラウラは、小屋へと走った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


カチャカチャ・・。

朝の普段通りの朝食風景の中、首にスカーフをぐるぐる巻きにしたフレイア
は無表情で食事を取る。

その異様さに、エレーネやクラウスは突っ込めずにチラチラ彼女を見ながら
各々が、手を動かしていた。

<ぐるぐる巻きのスカーフ?・・変だわ。・・・聞いては駄目かしら?>

エレーネはものすごーく違和感のあるスカーフを見て、聞きたくて仕方が無かった。


<・・・不自然すぎる。・・・昨夜は無かったのに・・。怪我でもしたのか?>

クラウスも不自然なスカーフにばかり目が行ってしまうのだった。



「フレイア、真冬でもないのにどうしたの??首にそんなにスカーフなんて巻いて。
何か隠したい物でもあるのかなー?」

にこやかな笑顔で、フィヨルドがフレイアの側で問いかける。

明らかに今、ムカッ。とした表情を浮かべたフレイアは

「何でもありません。蚊が多くて困りました・・・。しつこい蚊がいたのです。」

しかめっ面で、不愛想に答えると「・・心配だな。見せて?」

身を乗り出して首筋のスカーフに手をかけた。

「グサッ!!!」

フォークをフィヨルドの手に突き刺し、

「あ、また蚊がおりました!!間違いました、すみません!」

と謝ってない顔で、フィヨルドを睨んだ。


<ああ、きっとフィヨルド様が・・。悪戯したんだわ!!まさか・・・。>

ニヤニヤした眼でエレーネは好奇心一杯の目を向ける。


<フィヨルドが・・・。どうせ、手を出そうとして失敗したのだろう・・。馬鹿すぎる・・。>

呆れた顔のクラウスが、静かにパンをちぎって食べている。


「痛いよ、フレイア!!あんなに仲良くなったのに、この仕打ちは酷いんじゃないか?」

「仲良くなった覚えも、なるつもりもございません!!
・・・ご馳走様でした!!」

朝から恥ずかしい思いをしたフレイアは、すこぶる怒っていた。

早々に朝食会場から退出してしまったのであった。

「フィヨルド・・・。あれはめちゃくちゃ怒っているぞ・・。どうするんだ?」

「もう、時と場所と体裁を考えて手を出さないと、乙女に恥をかかせてしまいますよ!?」

全く違う感想にびっくりしているフィヨルドは、コホンと姿勢を正した。

「うん。・・やりすぎたかも・・。謝ってくる。」

そう言って、フィヨルドも食事を中断し、急いで退出した。

残ったクラウスと、エリーネは気まずそうに黙々とお茶を飲んでいたのであった。



フレイアは城の廊下を歩いていると、前から王と王妃がこちらへ歩いて来ていた。

一週間前に外遊から帰られたと聞いていたが、初めて挨拶をするので立ち止まり、脇によって礼を取った。

「あら!!貴方・・・。フィヨルド様のお友達ですね?」

笑顔の王妃の対応に私は戸惑った。

「はい、お初にお目にかかります。フレイアと申します。フィヨルド様とクラウス様には
お命を助けてもらって、こうやって今もお世話になってしまっております・・。」

ペコリと頭を下げる。

「確かに美しい娘だな。金色の髪と、海のような瞳。
歌も美声であったな。
是非、また披露してくれ・・・。」

にこやかな対面に拍子抜けをしてしまっている私だった。

・・・確か、王妃様って継母でフィヨルド様のことを良く思ってはいないようだと
伝え聞いていたんだけど・・。

何だろう、この違和感・・。

「父上、義母上、すみません。フレイアが足を止めてしまったようで・・・。」

「あら・・・フィヨルド様・・?昨晩は大嵐に会われたとか。
・・・お怪我などは大丈夫でしたか?」

王妃様が扇を開いて、目を大きく見開き、様子を確認するような視線を向けている。

「・・・この通り、お蔭様で何事もございませんでした。神のご加護に感謝するばかりです。」

王子様らしい、爽やかな笑みを浮かべていた。

「そうか・・。良かった・・。
どうしても妃から、お前の誕生日は毎年海で行っているのだから
今年もマルガレーテにお前の成長を見せてやるべきだと説かれてな・・。
お前も皆も、無事で帰ってくれて何よりだ・・!!」

王は嬉しそうに笑った。

フィヨルドは一瞬、鋭い目を王妃に向けた。
私もその瞬間を見逃さなかった・・・。

陸での宴を退けたのは、王ではなく、王妃だったの・・・。
何故・・・マルガレーテって・・誰?


やはり、この二人の関係性はただ事ではないのだと肌に感じたのだった。

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