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第(3/7)話: 赤い砂漠とレジスタンス
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クロスボーンズグレイブヤード
CROSSBORNS-GRAVEYARD
第(3/7)話: 赤い砂漠とレジスタンス
「ねえママン、これ見てよ」
ミーシャとかいう名前の女がぼくに薄桃色のドレスを着せて方々見せびらかしている。
頭の上には花びらとリボン、最悪だ。
「あらら、こんなにオメカシしちゃって!可愛いじゃない」
お茶会に興じていたミーシャの母は小馬鹿にしたようにプププと笑い、娘の着せ替え人形と化したぼくを鼻であしらう。
だけどぼくはこれ以上の屈辱を五万と知っていた。
「じゃあそのままの格好で、お買い物でも行きましょうか」
ここに至るまでぼくはずっと黙ったままでいる。
命令に従えばよいのが奴隷の仕事で、自分の意見を求められることがなかったからだ。
「あの子、あなたからのプレゼントを気に入ってくれたみたいね」
本人のいない夜、ぼくは彼女の両親がプールサイドで寛いでいる姿を見た。
「高くついたが、ミーシャが元気でいてくれるならそれでいい」
水面に浮かぶ真ん丸お月様を眺めながら、ワイングラス片手に風を浴びる至福のひととき。
同じ風、生ぬるい風がぼくの側にも吹いてくる。
ああ、そうさ。
ミーシャが幸せなら、それでいい。
生きていられるなら、どんな扱いでも構わない。
「駄目なの!」
ミーシャはすぐに癇癪を起こす。
「駄目ったらダメ!もうだめ・・・!」
学校から帰ってきて、家族のいる前では笑っていた癖に。
部屋に入ってくるなり窓辺のテディベアをぼくに投げつけて地団駄を踏む。
「あんたのせいよ!あんたなんかがいるからあたしがこうなるのよ!」
言い掛かりだ。
でもぼくは怒らない。
「何とか言いなさいよ!」
歳はそれほど離れてはいないけれど、こんな時ぼくは姉のヨルゲンを思い出す。
それは顔面に銃弾を受けて倒れた哀れな姿ではなくて、
反抗的で、でもぼくには優しくて、そんなことを認めるのが恥ずかしくて、だから結局突っ張ることになってしまった生前のヨルゲンだ。
「この!この!この!この!」
泣きじゃくりながらミーシャはぼくをコテンパンに殴り、蹴る。
華奢な身体から繰り出される暴力は、何の痛みも伴わない。
「こんなことされて、あんたどんな気持ちなの・・・」
ミーシャは外で何を言われ、何をされたんだろう。
「こんな目に遭って、どうやって生きていられるの?」
ぼくは思わずミーシャの身体を、自分の胸に引き寄せた。
暖かい息と胸の鼓動を分かち合う。
「ふん、」
とミーシャ。
「奴隷の癖に、優しいのね」
それからミーシャは心を許して、ぼくに何でも打ち明けるようになる。
だからぼくも彼女のことを信用して、友達になることを誓ったんだ。
「いいこと、私とあなた、2人だけの秘密よ」
主人と奴隷が仲良くするのは対外的には御法度だ。
でないと構築された暗黙のヒエラルキーが崩れてしまう。
だけど、どんな物事にも例外はある。
「パパは、まったく違う動物だって力説するけど、ユスフあたしは信じてるわ。あなた、元々はあたしと同じ人間なんでしょ?」
当たり前だ。
でもミーシャにはその当たり前のことが分からない。
「君の父さんは、ダーウィニストなんだよ」
適者生存の淘汰論。
そして自分たちこそが選ばれし種なのだと説く過激な思想家。
兄のヒョードルがこの手の話に精通していたから、ぼくも少しだけ理解している。
「パパの部屋を見たことはある?」
ホテルのスイートルームみたいに豪華絢爛な内装で、いつもワーグナーが流れている。
それ以上深入りしたことはない。
「あたし、見たの」
今日は日曜日だからゴルフに行っているはずだ。
ぼくらは手を繋ぎ、嘘と欺瞞の巣窟へと足を踏み入れる。
「毎日パパが何処へ出掛けて、夜な夜な何をやっているのか」
ミーシャはポケットから真鍮の鍵を取り出した。
「これは複製品。パパが留守のあいだにマスターキーを持ち出して、奴隷小屋の鍵だと言って街の鍵屋に作ってもらったのよ」
両開きのドアをせいの!の掛け声で手前に引く。
アンティークの、繋ぎ目のない大きなテーブルが目を惹いた。
「地図がある」
無造作に広げられた手書きの地図。
「この真っ赤なバッテンは何の印かしら?」
それは市街地を遠く離れた荒野に広く分布している。
宝の場所を示すマークではなさそうだ。
地図の脇には怒りに任せて突き立てたとおぼしきナイフがあった。
赤い印からは禍々しい敵意が感じ取れる。
「引き出しが空いてる・・・」
丁寧に仕分けされたファイルキャビネット。
ミーシャがごそごそと探って、1つの資料を取り出した。
「なんてこと!」
恐れていた通りだった。
「ユスフ、これ・・・」
個人情報を纏めた秘密の文書、そこにはユスフのフルネームと家族構成などが事細かに記されている。
「てことは他の人の情報も」
兄は何処にいる?
「あった!」
ヒョードルのファイルには、あの禍々しい赤い印が付けられていた。
[ヒョードル・ヴァン・クリストフ]
指定テロリスト集団:赤い砂漠、中核メンバー
状態:ミルグラム収容所(無期限収監)
年齢:28才
「生きてるんだ!」
ぼくはそれだけで有頂天になって、両親のファイルも探し始める。
[ヤン・A・クリストフ]
[ミランダ・F・クリストフ]
状態:死亡
がっくりと肩を落とす。
ミーシャがこちらを察して、慰めた。
「パパがこんなことに荷担していると知るよりもマシよ」
本当にそうだろうか。
ミーシャはずっと、このことを知っていたのではないだろうか。でなけりゃ・・・
「ミーシャ!」
部屋の入口に影が立っている!
「ママン!」
空気にビビビ!と緊張がはしる。
ママンと呼ばれた女は血相を変えて乗り込んできた。
「今度ばかりは!許しません!」
ミーシャはこの母親に支配されている。
怒鳴られて身体を縮めている。
窮屈なこの家に、閉じ込められている。
「パパに知られたらどんなことになるか!分かるでしょ!」
たぶんこの家の住人は《パパ》の影に脅えながら暮らしているのだ。
「どきなさい!」
ぼくは《ママン》とミーシャの間に立ち、事態の収拾を図らんとする。
「落ち着いて、ミセス・オルインピアダ」
名前を呼ばれて凍りつくママン。
きっとぼくが言葉を発したことそれ自体に驚いているんだ。
「あなただって、ここを覗かれたと知られることは避けたいはずだ。見て見ぬ振りをして通り過ぎる方が、監督責任を問われない。双方の為になるはずです」
ぼくは一方的に捲し立てて、捩じ伏せようと画策する。
「これにはあなたも、ミーシャも関わっていない。ぼくが1人でやったことです。ぼくが暴れて、襲われたのだと言えばいい。それで万事は解決です」
冷や汗を掻いているママンとは対照的に、ミーシャはぼくに食い下がる。
「何言ってるの?それってユスフ、あなたには、何の得もないじゃない!」
そうかもしれない。
でも今は、とてもそうとは思えない。
「ぼくにはどうしても、この部屋にある資料が必要なんだ」
敵の首を掻き斬るには、敵の懐を知らなければいけない。
赤い砂漠を味方に付けて、この不条理な世の中を浄化するんだ!
「そんなこと・・・」
ミーシャは叫ぶ。
「あたしは認めない!」
ぶすり。
背中を刺されてぼくは倒れる。
振り向くと血に濡れたナイフを持ったミーシャの母親がいた。己のしたことに慟哭している。
「私がしたことは、正しいのよミーシャ。・・・暴れ回った奴隷を諌めて、始末した・・・ただそれだけのことじゃない・・・」
ぼくは意志の力だけで立ち上がり、ずるり、足を滑らせながらも身体を起こす。
「ミーシャ、資料だ」
今更有無など言わせない。
「早く!」
威圧の力でミーシャは動く。
自分の意思とは無関係に、カバンを開けて大事な資料、地図、写真の束などを詰めていく。
「できたわ、これからどうするの?」
背中の傷は思ったよりも深い。
本来ならば直ぐにでも病院に行って治療をしてもらいたい。
「手を貸してくれ」
歩き出す為に、肩を借りる。
「あなたたち、こんなことをして、無事に逃げきれるはずがない」
既に生き延びることを諦めてしまった《ママン》が言う。
「だからってもう、他に選択肢はないわよね」
本棚を退かすと、抜け道があった。
「いきなさい。後は私がどうにかします」
ぼくは全てを理解して、ミーシャを促す。
「行こう」
グズるミーシャ。
こんなところで!
「やだ・・・やだよお、ママン・・・」
資料が消えたことを知ったら《パパ》どころか《お上》が黙っちゃいないだろう。
「2人で世界を変えるのよ!」
犠牲を払うだけの価値はある。
「行くぞミーシャ!ここで逃げなけりゃ、全部が台無しになるんだぞ!」
ミーシャの母が流した涙を忘れはしまい。
それは雑じり気のない涙だったはずだ。
「ごめんね、ママン」
これで見納め。
ぼくの背中をミーシャが縫って、下手くそだったから後で膿んだけれどその時は助かった。
それからぼくはカバンの中身をガサガサと漁って、焚き火の揺らめく灯りを頼りにテロリストのリストをむさぼり読む。
馴染みのない名前ばかりで、読み方が分からないものも多々あった。
「ユスフ」
書物から顔をあげると、目の前にミーシャの顔が見える。
神妙な面持ちで焔にあたっている。
「やっぱりあたし、帰らなきゃ」
これから世界を変えようという時に、何を言っているのだ。
「帰るところなんか、ありゃしない」
漸くぼくの気持ちが分かったか。
いいや、そうではないらしい。
首を横に振るミーシャ。
「でもやっぱり、逃げるなんて間違っている気がしてならないの」
だったらミーシャは用なしだ。
「じゃあ、ここでお別れだな。きっかけを作ってくれてありがとう」
これからぼくは、赤い砂漠のメンバーを訪ねて、それから・・・
「それだけ?」
世の中、そんなに淡白にいくわけがない。
「ああ、お別れだ」
顔を背け、身支度を始めたミーシャをぼくは一度だけ引き留めた。
「何?あたしはもう用なしなんでしょ?後は勝手にあなたの思うように」
唇を、唇で塞ぐ。
遠くでフクロウの鳴く声が聞こえた。
「離れていても、気持ちは変わらない」
その場限りの約束をする。
ミーシャは左腕で唇を拭いた。
「さよなら」
そうして、そのまま離れ離れ、14年の歳月が流れる。
【つづく】
次回予告!
ミーシャは大人になり、治安当局の元で奴隷狩りを遂行する。
一方、赤い砂漠を率いる若頭となったユスフは、当局に対して全面戦争を宣言する!
追う者と追われる者の心理とは?
次回『見えない敵意』
・・・子どもたちは皆、オトナになる!
CROSSBORNS-GRAVEYARD
第(3/7)話: 赤い砂漠とレジスタンス
「ねえママン、これ見てよ」
ミーシャとかいう名前の女がぼくに薄桃色のドレスを着せて方々見せびらかしている。
頭の上には花びらとリボン、最悪だ。
「あらら、こんなにオメカシしちゃって!可愛いじゃない」
お茶会に興じていたミーシャの母は小馬鹿にしたようにプププと笑い、娘の着せ替え人形と化したぼくを鼻であしらう。
だけどぼくはこれ以上の屈辱を五万と知っていた。
「じゃあそのままの格好で、お買い物でも行きましょうか」
ここに至るまでぼくはずっと黙ったままでいる。
命令に従えばよいのが奴隷の仕事で、自分の意見を求められることがなかったからだ。
「あの子、あなたからのプレゼントを気に入ってくれたみたいね」
本人のいない夜、ぼくは彼女の両親がプールサイドで寛いでいる姿を見た。
「高くついたが、ミーシャが元気でいてくれるならそれでいい」
水面に浮かぶ真ん丸お月様を眺めながら、ワイングラス片手に風を浴びる至福のひととき。
同じ風、生ぬるい風がぼくの側にも吹いてくる。
ああ、そうさ。
ミーシャが幸せなら、それでいい。
生きていられるなら、どんな扱いでも構わない。
「駄目なの!」
ミーシャはすぐに癇癪を起こす。
「駄目ったらダメ!もうだめ・・・!」
学校から帰ってきて、家族のいる前では笑っていた癖に。
部屋に入ってくるなり窓辺のテディベアをぼくに投げつけて地団駄を踏む。
「あんたのせいよ!あんたなんかがいるからあたしがこうなるのよ!」
言い掛かりだ。
でもぼくは怒らない。
「何とか言いなさいよ!」
歳はそれほど離れてはいないけれど、こんな時ぼくは姉のヨルゲンを思い出す。
それは顔面に銃弾を受けて倒れた哀れな姿ではなくて、
反抗的で、でもぼくには優しくて、そんなことを認めるのが恥ずかしくて、だから結局突っ張ることになってしまった生前のヨルゲンだ。
「この!この!この!この!」
泣きじゃくりながらミーシャはぼくをコテンパンに殴り、蹴る。
華奢な身体から繰り出される暴力は、何の痛みも伴わない。
「こんなことされて、あんたどんな気持ちなの・・・」
ミーシャは外で何を言われ、何をされたんだろう。
「こんな目に遭って、どうやって生きていられるの?」
ぼくは思わずミーシャの身体を、自分の胸に引き寄せた。
暖かい息と胸の鼓動を分かち合う。
「ふん、」
とミーシャ。
「奴隷の癖に、優しいのね」
それからミーシャは心を許して、ぼくに何でも打ち明けるようになる。
だからぼくも彼女のことを信用して、友達になることを誓ったんだ。
「いいこと、私とあなた、2人だけの秘密よ」
主人と奴隷が仲良くするのは対外的には御法度だ。
でないと構築された暗黙のヒエラルキーが崩れてしまう。
だけど、どんな物事にも例外はある。
「パパは、まったく違う動物だって力説するけど、ユスフあたしは信じてるわ。あなた、元々はあたしと同じ人間なんでしょ?」
当たり前だ。
でもミーシャにはその当たり前のことが分からない。
「君の父さんは、ダーウィニストなんだよ」
適者生存の淘汰論。
そして自分たちこそが選ばれし種なのだと説く過激な思想家。
兄のヒョードルがこの手の話に精通していたから、ぼくも少しだけ理解している。
「パパの部屋を見たことはある?」
ホテルのスイートルームみたいに豪華絢爛な内装で、いつもワーグナーが流れている。
それ以上深入りしたことはない。
「あたし、見たの」
今日は日曜日だからゴルフに行っているはずだ。
ぼくらは手を繋ぎ、嘘と欺瞞の巣窟へと足を踏み入れる。
「毎日パパが何処へ出掛けて、夜な夜な何をやっているのか」
ミーシャはポケットから真鍮の鍵を取り出した。
「これは複製品。パパが留守のあいだにマスターキーを持ち出して、奴隷小屋の鍵だと言って街の鍵屋に作ってもらったのよ」
両開きのドアをせいの!の掛け声で手前に引く。
アンティークの、繋ぎ目のない大きなテーブルが目を惹いた。
「地図がある」
無造作に広げられた手書きの地図。
「この真っ赤なバッテンは何の印かしら?」
それは市街地を遠く離れた荒野に広く分布している。
宝の場所を示すマークではなさそうだ。
地図の脇には怒りに任せて突き立てたとおぼしきナイフがあった。
赤い印からは禍々しい敵意が感じ取れる。
「引き出しが空いてる・・・」
丁寧に仕分けされたファイルキャビネット。
ミーシャがごそごそと探って、1つの資料を取り出した。
「なんてこと!」
恐れていた通りだった。
「ユスフ、これ・・・」
個人情報を纏めた秘密の文書、そこにはユスフのフルネームと家族構成などが事細かに記されている。
「てことは他の人の情報も」
兄は何処にいる?
「あった!」
ヒョードルのファイルには、あの禍々しい赤い印が付けられていた。
[ヒョードル・ヴァン・クリストフ]
指定テロリスト集団:赤い砂漠、中核メンバー
状態:ミルグラム収容所(無期限収監)
年齢:28才
「生きてるんだ!」
ぼくはそれだけで有頂天になって、両親のファイルも探し始める。
[ヤン・A・クリストフ]
[ミランダ・F・クリストフ]
状態:死亡
がっくりと肩を落とす。
ミーシャがこちらを察して、慰めた。
「パパがこんなことに荷担していると知るよりもマシよ」
本当にそうだろうか。
ミーシャはずっと、このことを知っていたのではないだろうか。でなけりゃ・・・
「ミーシャ!」
部屋の入口に影が立っている!
「ママン!」
空気にビビビ!と緊張がはしる。
ママンと呼ばれた女は血相を変えて乗り込んできた。
「今度ばかりは!許しません!」
ミーシャはこの母親に支配されている。
怒鳴られて身体を縮めている。
窮屈なこの家に、閉じ込められている。
「パパに知られたらどんなことになるか!分かるでしょ!」
たぶんこの家の住人は《パパ》の影に脅えながら暮らしているのだ。
「どきなさい!」
ぼくは《ママン》とミーシャの間に立ち、事態の収拾を図らんとする。
「落ち着いて、ミセス・オルインピアダ」
名前を呼ばれて凍りつくママン。
きっとぼくが言葉を発したことそれ自体に驚いているんだ。
「あなただって、ここを覗かれたと知られることは避けたいはずだ。見て見ぬ振りをして通り過ぎる方が、監督責任を問われない。双方の為になるはずです」
ぼくは一方的に捲し立てて、捩じ伏せようと画策する。
「これにはあなたも、ミーシャも関わっていない。ぼくが1人でやったことです。ぼくが暴れて、襲われたのだと言えばいい。それで万事は解決です」
冷や汗を掻いているママンとは対照的に、ミーシャはぼくに食い下がる。
「何言ってるの?それってユスフ、あなたには、何の得もないじゃない!」
そうかもしれない。
でも今は、とてもそうとは思えない。
「ぼくにはどうしても、この部屋にある資料が必要なんだ」
敵の首を掻き斬るには、敵の懐を知らなければいけない。
赤い砂漠を味方に付けて、この不条理な世の中を浄化するんだ!
「そんなこと・・・」
ミーシャは叫ぶ。
「あたしは認めない!」
ぶすり。
背中を刺されてぼくは倒れる。
振り向くと血に濡れたナイフを持ったミーシャの母親がいた。己のしたことに慟哭している。
「私がしたことは、正しいのよミーシャ。・・・暴れ回った奴隷を諌めて、始末した・・・ただそれだけのことじゃない・・・」
ぼくは意志の力だけで立ち上がり、ずるり、足を滑らせながらも身体を起こす。
「ミーシャ、資料だ」
今更有無など言わせない。
「早く!」
威圧の力でミーシャは動く。
自分の意思とは無関係に、カバンを開けて大事な資料、地図、写真の束などを詰めていく。
「できたわ、これからどうするの?」
背中の傷は思ったよりも深い。
本来ならば直ぐにでも病院に行って治療をしてもらいたい。
「手を貸してくれ」
歩き出す為に、肩を借りる。
「あなたたち、こんなことをして、無事に逃げきれるはずがない」
既に生き延びることを諦めてしまった《ママン》が言う。
「だからってもう、他に選択肢はないわよね」
本棚を退かすと、抜け道があった。
「いきなさい。後は私がどうにかします」
ぼくは全てを理解して、ミーシャを促す。
「行こう」
グズるミーシャ。
こんなところで!
「やだ・・・やだよお、ママン・・・」
資料が消えたことを知ったら《パパ》どころか《お上》が黙っちゃいないだろう。
「2人で世界を変えるのよ!」
犠牲を払うだけの価値はある。
「行くぞミーシャ!ここで逃げなけりゃ、全部が台無しになるんだぞ!」
ミーシャの母が流した涙を忘れはしまい。
それは雑じり気のない涙だったはずだ。
「ごめんね、ママン」
これで見納め。
ぼくの背中をミーシャが縫って、下手くそだったから後で膿んだけれどその時は助かった。
それからぼくはカバンの中身をガサガサと漁って、焚き火の揺らめく灯りを頼りにテロリストのリストをむさぼり読む。
馴染みのない名前ばかりで、読み方が分からないものも多々あった。
「ユスフ」
書物から顔をあげると、目の前にミーシャの顔が見える。
神妙な面持ちで焔にあたっている。
「やっぱりあたし、帰らなきゃ」
これから世界を変えようという時に、何を言っているのだ。
「帰るところなんか、ありゃしない」
漸くぼくの気持ちが分かったか。
いいや、そうではないらしい。
首を横に振るミーシャ。
「でもやっぱり、逃げるなんて間違っている気がしてならないの」
だったらミーシャは用なしだ。
「じゃあ、ここでお別れだな。きっかけを作ってくれてありがとう」
これからぼくは、赤い砂漠のメンバーを訪ねて、それから・・・
「それだけ?」
世の中、そんなに淡白にいくわけがない。
「ああ、お別れだ」
顔を背け、身支度を始めたミーシャをぼくは一度だけ引き留めた。
「何?あたしはもう用なしなんでしょ?後は勝手にあなたの思うように」
唇を、唇で塞ぐ。
遠くでフクロウの鳴く声が聞こえた。
「離れていても、気持ちは変わらない」
その場限りの約束をする。
ミーシャは左腕で唇を拭いた。
「さよなら」
そうして、そのまま離れ離れ、14年の歳月が流れる。
【つづく】
次回予告!
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